056《伊立サッカーフェスティバル》
本編29
8月14日、火曜日。
あうせ夏まつり花火大会が開催された。
花火大会は20時から30分間。
この辺りでは最長を誇る。
会場の逢瀬漁港前・逢瀬多目的広場は、
マンションからは南に1キロ。
しかし、伊師一家はもういない。
小木津亜弥が710号室を呼びだす。
当然、反応はない。
亜弥は唇をかんだ。
別れの朝は、北バラキ市からは間に合う訳もなく、
見送りが出来なかった。
もっと林檎と、色々な事を語り合いたかった。
現実を認めたくなくて、すがる思いで尋ねてみた。
しかし彼女はもういない、認めざるを得ない。
「私はあの娘の力になれたのかな……」
後悔の念に苛まれながら、
友人の住んでいたマンションを後にする。
背後では次々に花火が打ち上がる。
今にも泣きだしそうな顔だった、
しかし、小木津亜弥は涙を流さない。
8月中旬、伊立サッカーフェスティバル。
大会1、2日目に市内各会場で4チームのリーグ戦が行われ、
その順位によって3日目に1位、2位、3位、4位、
それぞれの順位トーナメントが行われる。
朝8:30から17:30まで、
30分ハーフの試合が90分の間隔で行われる。
その前後にも一年生やセカンドチーム、
オープン参加高校の試合などが行われる。
3日目の順位トーナメントは、
1位トーナメントの決勝戦のみ、
会場を伊立さくら陸上競技場に移す。
空いた時間帯には参加校同士で自由に交流戦を行う。
大会4日目は完全に一日中交流試合となるので、
3日目からのオープン参加の高校も少なくない。
基本的に1日2試合はできるように配慮されていた。
運営は伊立高校サッカー部顧問会が主体になり、
伊立市サッカー協会が後援。
県サッカー協会審判部も研修の場として、
二~四級審判員を派遣していた。
三級審判員に認定されたばかりの晴貴は、
派遣審判員という形で大会1、2日目は、
A会場に常駐することになった。
3日目の順位トーナメントは伊立一高の成績次第で、
母校の試合にかかわらない会場に派遣される。
初日、A会場・伊立第一高等学校には5チームが集まっていた。
筑波嶺高校、男女川高校、
市内からバラキ師恩学園高等部と、
その姉妹校であるオープン参加の吉備師恩学園高等部。
晴貴がウォーミングアップを始めた。
第一試合の前に一高Bチームと吉備師恩学園の試合が行われている。
ゆっくりランニングをしてからストレッチ。
ゴール裏で短距離のダッシュを数本。
本部席に戻ると汗を拭い、
アンダーシャツを着替えた。
スポーツバッグからスマホを持ち出し、
試合球片手に本部席裏の中庭に移動した。
高鈴めぐみがピョコンと顔を出した。
吉備師恩学園中等部の三年生。
吉備師恩学園高等部サッカー部の新監督でもある父、
高鈴剣次に付いてきた。
剣次はJ2ゾンネンプリンツを退団してから、
故郷の私立校の教師として迎えられた。
教員免許は大学時代に取得している。
その経歴からサッカー部の顧問も務める。
めぐみは小柄で短めの髪は少し癖っ毛。
欧州プロチームのユニフォームに膝までのショートパンツ。
一見少年っぽい女の子。
チームの手伝いはしているが、
試合が始まればしばらくは暇だ。
一人で校舎の壁を相手にボールを蹴っていた。
晴貴の存在に興味を持った。
晴貴はスマホから音楽を流し、
曲に合わせてリフティングを始めた。
めぐみが一緒になって真似をする。
晴貴は身体を器用に用いてリフティングを続ける。
めぐみのリフティングは長く続かない。
晴貴はめぐみの気配に気づいた。
右足の甲と脛でボールをストンと挟み、静止させた。
めぐみが目を輝かせる。
晴貴が手招きをした。
めぐみは恥ずかしがって隠れる。
晴貴はリフティングを再開。
しばらくしてまためぐみが顔を出し、
リフティングの真似をする。
「一緒にやろうぜ」
ヘディングでボールをつきながら晴貴が声をかけた。
めぐみは驚いてまた隠れる。
次にめぐみが顔を出した時には既に晴貴の姿はなかった。
めぐみはフーッと息を吐いた。
聞きかじりの曲をハミングしながら、
一人でリフティングを始めた。
やがて女子マネージャーの大津優季と松平知が呼びに来た。
そろそろハーフタイム、手伝う事が山ほどある。
8月29日、月曜日。
夏季休業明け、第二回実力考査の一日目。
伊立第一高等学校の掲示板。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3年 伊師 葡萄 願いにより退学を認める。
2年 伊師 林檎 願いにより退学を認める。
バラキ県立伊立第一高等学校 校長 関 海平 印
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2年5組の教室、林檎の机は既に撤去されていた。
===================================
ウツクシマノリンゴトブドウハイジョカンリョウ、
ツギハナニシテアソブ、
===================================




