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052《A・I・A・O・U》

本編28

 見送りの友人たちは三々五々解散する。

「近くのファミレスが開いているよ」

 長島依子と沼尾柚亜が誘うと、

 皆ゾロゾロとついて行く。

 メールの続報では、

 高速バスの停留所通過時間まで流れていた。


 成沢遥香はスマホとにらめっこ、

 計算はでは間に合うはずだ。

「あのバカ、とうとうこっちには来なかったな」

 溜息を一つ洩らすと、自転車をこぎ出した。

「仕方ない、迎えに行くか」

 ファミレスを過ぎても先に進む遥香に、

 長島依子と沼尾柚亜が目をパチクリ。

 とりあえず近道の中央線を通って、

 高速バスを追い掛ける。

「いなかったらタダじゃ済まさないからな、バカ晴貴!」



 成沢遥香が伊師兄妹の高速バスを、

 自転車で追い掛けているらしい。

 情報は瞬く間に伝わった。


 山塙停留所付近で、

 前方遠くに高速バスを捕捉した。

 見送りの生徒が囃し立てる。

 給水ポイントのように、

 西津悠がペットボトルを差し出した。

 遥香はお礼を言ってありがたく受け取る。


 畑金停留所は登り坂だ、

 大きく引き離された。

 見送りから残った生徒たち、

 根岸桜芽が飲料を差し出す。

 ここでも遥香はお礼を言って受け取る。


 名石坂停留所では10分以上も遅れたが、

 野村寿里を含め野次馬は残っていた。

 差し出される飲料は3本。

「ハルカ~、ボアソルチ!」

「オブリガ~ド! こんなに飲めるか! 重い!」


 しかしそこから先は下り坂。

 関東平野の東の起点。

 遠くに紫峰・筑波山を望み、

 条件さえ整えば霊峰・富士山も見えるらしい。

「うっひゃ~!

 さすがは関東平野の始発点、気持ちい~い!」


 自転車は徐々に加速するが、

 遥香は後悔し始める。

 むき出しの自転車で、

 40キロオーバーは恐怖でしかない。

 道路の継ぎ目で自転車が跳ねる。

 ブレーキを強くかければ壊れそうだし、

 転倒したら一たまりもない。

「名石坂、チョ~怖いんですけど~!

 う~わ~、ブレ~キが~!」

 遥香の叫び声は風にかき消された。



 常磐高速道路、伊立南多田IC直前の中田内バス停。

「東京駅行き高速バス、定刻より5分遅れで出発します」

 アナウンスが流れ、ドアがゆっくり閉まり出す。

 駆けつけた見送りの女子たちが涙ながらに手を振り、

 車中から林檎がそれに応える。


「相賀君急いで!」

 多賀冬海の叫び声に、

 手を振る女子たちが一斉に振り向く。

 大田和町交差点の角で、

 冬海が両手を大きく右に振っている、

 バスは静かに、動き出した。

 冬海は何かを確認すると、

 トコトコとバス停に向かって走り出した。

 途中で足がもつれて転倒する。


 交差点をショートカットした相賀晴貴が、

 側道から飛び出してきた。

 状況を悟った女子たちは、

 半狂乱になってバスを呼びとめる。

 バスは車線変更を終え、徐々に加速、

 もう止まることはない。


 伊師林檎に叫びは届かなかったが、

 異変には気が付いた。

 女子たちの視線の先に、晴貴の姿を認めた。

「来てくれたんだ」

 自然に笑みがこぼれた。



 肩で息をしながら、

 晴貴は真っ直ぐ林檎を見つめた。

 もうお互いに、他のものは目に入らなかった。


 晴貴はぎこちなく、胸の前で両手の指先を揃え、

 親指と人差指でハートをかたどった。

 林檎はそれに応え、

 小指側を向けて、同じようにハートを示した。


 林檎の唇が、なめらかに動いた。

『A・I・A・OU、・AI・U・I』


 晴貴は母音の形を読み取った。

 林檎の声は確かに届いた。

 二人にはそれで十分だった。



 けたたましい自転車のブレーキ音と共に、遥香が到着した。

 立ち尽くしている晴貴にペットボトルを押し付ける。

「間に会ったか?」

 晴貴は頷いた。

「話はできたか?」

 晴貴は首を振る。

「そうか」

 遥香はペットボトルのふたを開け一口飲んだ。

「ほら」

 再び晴貴に押し付ける。


 晴貴は受け取って一気に飲み干した。

「傷心のおまえを迎えに来てやったんだ、

 アリガトウくらい言えよ」

「余計なお世話だ」

「フン、素直じゃないな。

 帰るぞ、自転車は貸してやる」

「え、ハル姉ェは走って帰るのか?」

「バカな、私は軽いから心配するな」

「へ?」

「ほら早く、わざわざ迎えに来て私は疲れた」

「え? え?」

「大丈夫だって、私の体重はリンゴ3個分だから」

「な? ハル姉ェ乗せて名石坂登るのか!

 林檎の3倍なら百キロ以上……」

「バカ言え、フルーツ3個分だ!

 つべこべ言わず、身体を動かせ青少年!」

「ヒデェ! 鬼だ!」


 ぼやきながらも晴貴は自転車の向きを変え、

 跨るとペダルに足を掛けた。

「ほら行くぞ」

「待てこら」


 慌てて遥香は荷台に横座りする。

「丁寧に扱えよ、私は壊れやすいのだ」

「よく言うよ、落っこちても知らん」


 遥香は自転車を漕ぎ出す晴貴の腰に手を回した。

「重っ!」

「うっさい!」


 長い坂に向かい、ゆっくり進み始めた。

「ハル姉ェ、自転車の二人乗りは交通違反だぞ」

「うっさい、青春タンデムは無敵よ!」


「意味分からん!」

「うっさい!」


「ダイエットしろ!」

「うっさい!」


「腹減った!」

「うっさい!

 奢ってやるからマックまで我慢しろ!」


「何キロ先だよ!」

「うっさい!」


「ARIGATOU!」

「う、うっさい!」


「DAISUKI!」

「うっさ……阿呆か~、キモッ!」



 ピンクとシルバーのツートン、

 西中郷の愛車が名石坂を登る。

 前方にふらふらと、登坂車線の路肩を走る自転車一台。

 若いカップルのタンデム走行。

「青春だね~」

「うん、青春だな~」

 西中郷素衣と高萩直は、冷やかしてやろうと窓を開け減速。


 カップルは口々に何か叫んでいる。

「タツキのエッグカレー!」

「中吉のビッグ餃子!」

「オキナの納豆炒飯!」

「カムインティーのチキンカレー!」

「霞堂のロールケーキ!」

「蘭珉の五目焼きそば!」

「白虎のタンメン!」

「味丘ラーメン!」

 食べ物のオンパレード、

 どれも伊立の地元グルメだ。


 助手席の高萩が気付く。

「ありゃあ、遥香と晴貴だ!」

「朝帰りか、許さんぞ、遥香!」

 加速して追い越しざまに二人で叫ぶ。


『大来軒の焼肉どんぶり!』


 晴貴は驚いて自転車がふらつく。

 遥香は即座に反応。

「それだ~。素衣お姉ちゃん、直お姉ちゃん、乗せて~」


 車は名石坂を登り切った所で停車していた。

 西中郷と高萩は車外でニヤニヤ。

 遥香が後部座席に潜り込む。

 一応4人乗りだが、

 自転車を積むスペースは存在しない。

 4キロ先のマックで待っているぞ!


 晴貴は置いて行かれた。

 そしてようやく辿り着いたファストフード店。

 遥香から事情を聴いたお姉さま達だったが、

 いつもと変わらぬ調子で晴貴をいじり倒した。

 自宅アパートまではここからあと5キロ、

 頑張れ晴貴。



 遥香の携帯には伊師葡萄からメールが届いていた。

『いろいろありがとう。

 高速に乗ったらすぐに林檎は眠ってしまった。

 我が妹ながら天使のような寝顔だ。

 やはり晴貴が正しかった。

 あいつだけが林檎の受けていた重圧を、

 正しく理解していたようだ。

 兄として恥ずかしい限りだが、

 後は任せろ、心配するな。

 逃げると決めた以上、

 全力で逃げ切って見せる。


 PS

 バレーボール部から情報が漏れていたようだが、

 犯人探しはするな。

 俺たちは前に進む』


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