050《晴貴のハグ》
番外編24
西中郷素衣が溜息をつく。
助手席の高萩直は務めて明るく言う。
「いまさらナニ怖気づいているの」
「だってさぁ~」
「岬先生の検診でも、私たちの身体は問題ないんだから」
「でもさぁ~」
「遅かれ早かれ、どうせいつかは会うんだから」
「そうは言ってもさぁ~」
「遥香も晴貴も気にしちゃいないよ」
「う~~~ん」
「会いづらいのはお互い様だよ、
変に意識しないでいつも通りでいいじゃない」
「でも、泣かれたらどうする?」
「誰が泣くのよ!」
「怒られたら?」
「何で怒られるの!」
「遥美たちにもさぁ~、言わなかったじゃない」
「分かってくれているよ」
「じゃあ~、笑われたらどうするの?」
「笑いで済んだら御の字じゃない」
「こんなに悩んだのに?」
「素衣、変だよ!」
「直は脳天気で良いな!」
「何よそれ?」
西中郷の愛車は、賀多駅前のロータリーを何周もしている。
伊立北部シュトゥルム独身寮の食堂。
「何て言えばいいのかな?」
「いつも通りでいいよ」
「何て言えばいいと思う?」
「何でもいいんじゃないか?」
「何て言うつもりなの、晴貴?」
「ハル姉ェ、そう意識しなくていいよ」
「薄情だぞ、オマエ!」
「何でそうなるんだよ!」
成沢遥香は難しい顔をして腕組み。
自分たちの誕生を祝いに来た二人が、
NCO臨界事故に遭遇してしまった。
先日のTV番組でカミングアウト。
健康への心配はないそうだが、
何と言って迎えたものか、思案中。
壁に留められたかつての実業団強豪チーム。
伊立北部(女子)の集合写真に遥香は問いかける。
ユニフォーム姿の素衣お姉ちゃんに直お姉ちゃん、
遥美母さんも、在りし日の貴美ママも20代前半。
お母さんは「心配ないよ」って言っているけど、
どんな顔をして会えばいいの?
ねえ、教えてよ貴美ママ……。
大好きな素衣お姉ちゃんと、直お姉ちゃんが、
あんな悩みをずっと抱えていたなんて……。
林檎の事を考えてのカミングアウトかな、
感謝しても、感謝し切れない。
到着予定時間を大幅に遅れても待ち続ける双子。
「二人が帰って来たわよ」
遥美母さんが元チームメートを先導。
食堂の遥香と晴貴は立ち上がる。
遥美母さんが二人の背中を押した。
高萩が口を開く。
「あ~、ただいま」
遥香がぎこちなく答える。
「素衣お姉ちゃん、直お姉ちゃん。
おかえりなさい……」
駄目だ、これ以上言葉が出てこない。
「遥香……、晴貴……。あの、その……」
高萩に隠れるようにしながら口ごもる西中郷。
「……」
晴貴は無言のまま歩み寄ると、
いきなり西中郷の腕を取り、強引に引き寄せ、
しっかりハグした。
西中郷はされるがまま。
晴貴の胸に顔を埋めると、肩を小刻みに震わせた。
「晴貴はイイ男になったな……」
そう言った高萩も、遥香としっかりと手を握り合っている。
「素衣の次は私の番だが、遥香はどうする?」
「遠慮しておきます」
「じゃあ、遥香の代わりで私が……」
笑顔で見守っていた遥美母さんが、悪乗りしてきた。




