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049《カミングアウト》

本編25

 ポンコツこと骨本勝征は、

 伊立第一高等学校サッカー部Bチームの控えディフェンダーだった。

 中肉中背で走力も技術も並。

 キック力とキックの正確性だけが取り柄。

 しかし時折、ミニゲームで驚くようなキレを見せた。


 一高の練習ではハンドボール用のゴールポストを設置して、

 2対2や5対5を頻繁に行っている。

 晴貴に言わせれば、

 明確な目的意識がなければ長くやるメニューではない。

 主将が作る日常の練習メニューに、

 プロのクオリティを求めるのは酷といもの。

 上っ面だけの真似事はできるが、

 正しくないトレーニングを長時間行っても効果は少ない。


 ペナルティーエリアを利用した2対2で、

 晴貴が骨本と対戦した時の事だ。

 ゴール前でボールを保持する相手選手。

 晴貴は中盤で展開を待つポンコツのマークに付く。


 骨本は左半身で晴貴を抑えながら、

 右手で右ひざを叩きボールを要求した。

 相手選手は右足めがけて強いパスを送る。

 ポンコツはトラップの寸前に晴貴に体をぶつけて牽制。

 パスは正確に届き、右足の内側で触れながら、

 左足を軸に体をクルリと反転させた。

 ボールは股下を通過し前方に流れ、

 骨本は晴貴を置き去りにして抜け出る。

 晴貴の味方選手も完全に虚を衝かれた、

 こんなにも簡単に晴貴が突破されるとは思っていなかった。

 ポンコツは無人のゴールにボールを流し込む。


 2対2は勝ち抜けで対戦相手が次々に入れ替わる。

 次の試合で勝ちぬけた晴貴は骨本の元に歩み寄る。

 黙って右手をかざすとポンコツはハイタッチで応じた。


 更に次の対戦での事。

 ポンコツが自陣ゴール前でボールをキープ。

 晴貴が間合いを詰める、

 今度は簡単には突破されないぞ。

 骨本は圧力を感じながら敢えて自らのゴール方向に向き直る。

 セオリーとは全く逆、

 自分から追い込まれた状況に陥った形だ。

 しめしめ、晴貴がここぞと体を寄せる。

 ポンコツは大きく右足でボールをまたぐ。

 見え見えのフェイントだった。


 晴貴はもちろん見ていた誰もが右への切り返しが予測できた。

 予測通りに骨本は右へ切り返したが、

 そこまでがフェイントだった。

 間髪を容れずに再反転し、

 右足でボールを左に押し出す。

 重心を右に移した晴貴は反応できない。

 思わずアッと声を出してしまった。

 ポンコツは鮮やかに左に抜け出し、

 ゴールまでの道筋が開けた。

 味方がパスを受けるために動き出す。

 相手ディフェンダーも慌ててマークに動く。

 骨本の正確なパスは、

 それをあざ笑うかのように味方の足元に届く。

 ディフェンダーが足を出せない絶妙な位置。

 簡単にゴールが決まった。


 正直、晴貴は舌を巻いた、

 これは伸ばすべき個性だ、誰も見ていないのか。

 確かにBチームの日常練習など、

 監督もコーチもそれほど関心を寄せていない。

 見ていたとしても果たしてその才能を理解できるかどうか。

 骨本は「ミニゲームのポンコツ」「ポンコツ日本代表」などと呼ばれている。

 ただの揶揄だとしか思われていなかった。

 このままここにいては日の目を見ることはないだろう。

 それでも骨本は毎日、毎日、淡々と練習メニューをこなしていた。



 荒川沖岬は最初、美人女医としてTVで取り上げられた。

 その美貌と毒舌、薄っぺらなセレブ感が時代にマッチした。

 荒川沖はバラエティー番組に呼ばれると、

 頭の回転の速さから重宝がられた。

 すぐに売れっ子になったが、

 医師としての仕事も大事にしたため、

 タレントとしてではなく、

 文化人としての扱いにこだわった。

 制作側からみれば安くつく。


 TV出演等のマネジメントを委託した事務所には、

 西中郷素衣と高萩直が所属していた。

 荒川沖はTVのイロハを二人から学んだ。

 その過程で、荒川沖vs西中郷&高萩には、

「セレブ女医vs脳筋体育バカ」の図式が構築された。

 荒川沖は嫌がったが、

 二人は「これでいいのよ」と気にする事はなかった。


 今では、西中郷&高萩はスポーツキャスターとして、

 確かな地歩を固めた。

 荒川沖は現役医師としての専門知識を活かした、

 コメンテーターの仕事も得た。

 しかし「セレブ女医vs脳筋体育バカ」の図式は消えることなく、

 今でも仲が悪いと思われている。

 その三人が久し振りに番組で顔を揃えた。

 タレントが人間ドックを受診し、

 スタジオでその結果を聞くという番組だった。

 若い番組スタッフは「犬猿の仲」の二組にやたらと気を遣う。


 前日も食事を共にして、打ち合わせは済ませている。

 荒川沖は「本気なの?」と何度も何度も確認していた。

 今回のカミングアウトはリスクが大き過ぎないか。

 家族や恋人には……。

 そこまで考えて気付いた。

 そう言えば荒川沖が今の事務所に所属した2000年頃。

『結婚目前にして青年実業家と別れた』

 と西中郷が報道されたのを覚えている。

 その時の気持ちに思いを巡らすと胸が締め付けられる。

 そして、悲劇は繰り返した。

『美島第一原発の事故は現在進行中だ』

 という二人の言葉に覚悟を決めた。

 それを受け止められるのは私しかいない。


 番組ディレクターにも、

 プロデューサーへも相談は済ませ、

 MCも大筋は理解。

 いつも通りに番組は進行し、

 タレントの診断結果に専門医が解説を加えて行く。

 深刻な症状はなく、

 小さな異変を面白おかしく膨らませながら番組は終盤に。


 大健康のお墨付きをもらった西中郷&高萩に、

 荒川沖が皮肉を言う。

 それが開始のサインだった。

 いつものバトルには発展しなかった。

 西中郷が突然泣き出し、高萩が寄り添う。

 困惑するアシスタントの女子アナ。

 事情を知らない出演者・スタッフにも緊張が走る。

 MCが優しく水を向ける。

 西中郷と高萩は途切れ途切れに告白した。


「私たちは1999年9月30日にバラキ県海東村にいました。

 高萩の当時の愛車、赤いシトロエン2CVで意気揚々とドライブ中」

「青信号の交差点でしたが、

 緊急車両が進入してきたので道を譲りました」

「救急車は目の前の事業所に入って行きます。

 何事かと興味を引かれて、

 しばらく野次馬状態でその場に留まっていました。

 そこがどんな施設なのか全く知りませんでした」

「フル装備の消防士のような格好をした人が、

 大勢いたので火事かなと思いました。

 次々と従業員のものと思われる自動車が出て行きます」


「そのうちの一台に乗った女性が私たちに気付き、

 窓から叫びました。

『何しているの! 早く行きなさい!

 ……すぐに逃げて!』

 車は急加速、

 彼女にとってはそう言うのが精一杯だったのでしょう」

「今にして思えば彼女が私たちにとっての救世主でした。

 そうです……。

 私たちはNCOの臨界事故に出くわしていのです」


 スタジオは静まり返った。

 荒川沖がスタジオの沈黙を破る。

「お二人の診断結果をもう一度私に見せて頂けますか……」

 スタッフが資料を荒川沖の元に届ける。


 隣の席の内科医と顔を寄せてカルテを見つつ、

 視線を二人に向けて質問する。

「それは時間にしてどれくらいでしたか」

「ほんの10分程度だったかと思います」

「今年は事故から17年目ですね、

 健康状態が悪化したような事はありますか」

「いいえ、いたって健康です。

 ただ何だか怖くて、

 ちゃんとした健康診断を受けたのは今回が初めてです」

 何も知らない隣の内科医も落ち着いてゆっくり尋ねる。

「今、何か気になる事はありますか、健康面でも、精神面でも」

「いいえ、特に気になる事はありません。

 強いて言えばご飯が美味しくて、

 体重がすぐに増えてしまうこと位です……」

 脱線しそうな西中郷の足を高萩が踏みつける。


 荒川沖が席を立ち、二人に歩み寄る。

「診断結果を見た限りでは、数値はすべて正常の範囲内です。

 先程の結論通り……」

 二人の席の横に着いた。

「でも、気になるのなら、

 一度、もっと詳しい検査を受けることをお勧めします。

 私の専門分野ですので、必ずやお力になれます」

 優しい目で西中郷&高萩を見守る。


「長い間、誰にも言えずに自分たちだけで悩んでいたのね。

 でももう大丈夫……」

 二人を交互にハグした。

「正しい知識を身につけて、一つひとつ、

 疑問を解決していきましょうね」

「よろしくお願いします」

 そして打ち合わせ通りに終了のサインを出す。

「済みません、一旦カメラを止めて頂けますか。

 既に私の患者たちのプライバシーが、

 必要以上にさらされています。

 私はそれを守らねばなりません」


 番組の映像はそこまで流され、テロップに切り替わった。

『本日の放送は、

 西中郷素衣さん、高萩直さんのご同意をいただき、

 主治医の荒川沖岬医師の指導の元、

 一部編集を加えて作成いたしました』

 そして改めてMCとアシスタントの女子アナの姿が映し出された。

「私達スタッフ一同は今回、

 この問題に大きな関心を持ちました」

「それは先の美島第一原発の事故にも、

 共通する問題を含んでいると考えたからです」

「目に見えない放射線・放射能の影響は、

 悪戯に不安を掻き立ててしまいがちです」

「正しい知識、正確な情報が何より必要です。

 しかし、現状はどうでしょうか」

「私達は無知を責めることはできません」

「しかし無知による偏見やイジメなどを、

 見過ごすこともできません」

「そこで私達スタッフは、

 放射能事故に関する特別番組を制作する事にしました」

「近々に皆様にお届けすることをお約束致します」


 番組は大きな反響を呼んだ。

 西中郷と高萩の元には、

 放送直後に成沢遥香からメールが届いた。

「素衣お姉ちゃん、直お姉ちゃん。

 私たちのためにごめんなさい。

 そして、林檎のためにありがとう」

 秋の特番も高視聴率を叩きだした。


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ウツクシマノ、ブドウトリンゴ、

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イシナゲテヤレ

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