037《魔法少女カイニ》
本編20
「おはよう、晴貴、良く眠れたか?
昨日はどうだった?
なんだか林檎がメールではしゃいでいる。
『いいぞ、いいぞ』って」
朝食に訪れた相賀晴貴に向かって成沢遥香が尋ねる。
「『いいぞ、いいぞ』ってな~に?」
妹の媛貴が不思議そう。
兄の晴貴はちょっと焦る。
対応を誤れば『置いてきぼりにされた!』と媛貴が暴れる。
「林檎お姉ちゃんが映画を見に行ったらしいよ。
……パン2枚頼む」
「はーい」
素直に食パンをトースターにセットする媛貴。
遥美母さんがスクランブルエッグのプレートを晴貴の元に運ぶ。
遥香がニヤニヤしながらカフェオレを晴貴に渡す。
媛貴がポリポリとポップコーンを食べる。
「媛貴、……朝から何を食べているのかな?」
それは遥香へのお土産のはず。
「林檎お姉ちゃんからのお土産」
「そうか……あとでちゃんとお礼を言うんだよ」
「さっき、林檎お姉ちゃんに電話した」
遥香が噴き出す。
やりやがったな。
媛貴は満面の笑顔。
「おお兄ちゃん、今度、媛貴も映画に連れて行ってね。
『魔法少女カイニ』がいい」
暴れないなんて、媛貴も大人になったものだ。
遥香と晴貴の登校は、専ら伊立電鉄バスを利用する。
第四回の定期考査が終わったばかりだ。
受験が間近に迫った3年生の目の色が変わってきているが、
1、2年生には緩い空気感が漂っている。
伊師林檎は葡萄お兄様と徒歩で通学している。
バレーボール部の朝練がある今日は、
夕方の通常の部活の方は早く終了する。
週一回の休養日を設ける代わりに、
苦肉の策として考え出されたが、
その日は学習塾に通えると、父兄からは好評だ。
朝練を終えた林檎は晴貴が待ち遠しかった。
前日見た映画の感想をまだまだ語り足りない。
氷戸から帰りの電車の中でも、しゃべりっぱなしだったが、
お互いTVシリーズを見ていたので、見事に話が噛み合った。
帰宅してから葡萄お兄様に感想を話したが、反応が芳しくない。
林檎の中でちょっとだけお兄様の株が下がった。
先程、遥香経由で媛貴ちゃんから、
お礼の電話が来たので、お土産の件は話を合わせておいた。
私もあんな妹が欲しかったな、早く来ないかな、相賀君。
晴貴が教室に着くと女子がわいわいと盛り上がっていた。
小木津亜弥、多賀冬海、五人娘、他。
林檎を中心に映画談議の真っ最中。
どうやら昨日、試験終わりを利用して、
晴貴たちの前の回に五人娘が見ていたらしい。
亜弥と冬海は一緒に既に2回も見に行っている。
意外な組み合わせだが、
学級新聞に載った冬海の4コマ漫画に興味を持ち、
一高文化祭『黒檀祭』の漫画研究会の発表で、
冬海の作品を読み、何故か急接近したらしい。
アニメ好きの長島依子が晴貴に問い掛ける。
「相賀君のお気に入りキャラは誰?」
質問自体に悪気はないが、地雷臭がプンプンする。
ここは慎重に答えなければ。
「ア、アップルティー様かな」
『おぉーっ』
野村寿里が無邪気に笑う。
「アップルってリンゴって意味なんだよね~」
『おぉーっ』
リオ、ハッキリ言うな、空気を読め!
林檎も照れるな!
ここは強引に話題を変えなければ。
「ところで『魔法少女カイニ』って何だ?
妹を連れて行かなければならない」
多賀冬海が食い気味に説明する。
「魔法少女物だけど、少し変わっていて、
変身とかモンスターとか魔女とかは出てこないの。
ネタばれになるから、詳しくは言えないけれど、
普通の女子高校生たちが、部活動を通して魔法を使うの……」
「それってズルじゃないのか?」
「違うのよ、きっと相賀君も気に入るわ。
妹さんって幸せ者ね……。
そうだ、TVシリーズの録画見せてあげようか、
でも公開はそろそろ終わりじゃなかったかしら。
私も3回見たけれど毎回発見の連続。
それから、それから……」
多賀冬海は活き活きと話し続ける。
何とか降格を免れたJ2伊立ゾンネンプリンツに激震が走る。
ブラジル路線を継承すると思われていたが、
新しい監督はドイツ人。
厳格で知られるアイゼン・シュルツェン監督。
チームスタッフも大幅に入れ替える模様。
晴貴のいるユースチームもブラジル人コーチは退団、
熱心に指導していた高鈴剣次コーチも進退が注目されている。
晴貴にとって高鈴は、少年団から見出してくれた大恩人だ。
ユースチームの練習試合が急遽組まれた。
相手はバラキ県内のライバル、
J2氷戸ローゼンシュトック・ユース。
就任予定のアイゼン・シュルツェンが、
大勢のスタッフを連れて視察。
変則30分ハーフの3本で、所属選手全員が出場。
晴貴は得点も挙げ絶好調の動き。
試合後に通訳を交えて監督と面談が行われた。
「何故守備をしない」
「点を取るのがフォワードの仕事です」
「規律と自由。どちらが大切だと思う?」
「ピッチ上の選手は自由であるべきだと思います。
規律があなたの方針なら従います」
「ヴォリバルでのポジションは?」
「アングライファーです」
最後にシュルツェンは晴貴の目を見ながら尋ねた。
「シュプレッヒェンドイチュ」
「アインヴェーニッヒ」
ドイツ語が話せるのか。少しなら。そんなやり取りだった。
シュルツェンが眉間にしわを寄せる。
「分かった。これからも頑張りなさい」
次期監督はつき従うスタッフに漏らす。
「才能は認めるが、監督と選手の相性は運・不運だ。
私のチームに王様はいらない。
彼の個性は尊重すべきだが、
ハルキと私は相容れないようだな……」
チームの変革を示す絶好のターゲットになったようだ。
翌日、晴貴に戦力外通告がなされた。
高鈴剣次コーチもチームを離れる腹を決めた。
高鈴コーチは晴貴の他にも、
チームを離れる選手の移籍先を探した。
これがゾンネンプリンツでの最後の仕事。
晴貴の下にはJ1神島ヒルシェゲバイ、
J2のライバル、氷戸ローゼンシュトック、
その他からもオファーが殺到した。
晴貴はあれこれ悩まずにすんなりと、
伊立一高サッカー部を移籍先に選んだ。
一高の監督・コーチとも大歓迎で、
受け入れ態勢は整いつつあった、
が、主将の代鱈が途中加入に難色を示した。
合流は新年度まで待ってほしいと。
それは言い訳だった。
夏季休業中に行われた練習試合で、
徹底的にやられた事を根に持っていた。
GKの代鱈は、二桁失点に自尊心を傷つけられた。
半分以上が晴貴の得点だった。
調子を崩した上に選手権予選まで引きずってしまった。
ピッチでの晴貴の王様振りが癪に障った。
バレーボールとの二刀流も気にいらなかった。
生徒の自主性を重んじる一高の建前上、
主将の意向は無視できない。
代鱈の父はOBの重鎮でもある。
サッカー協会への移籍手続きは済んだが、
晴貴のチームへの合流は先延べになった。
伊立コンクレントはそんな晴貴を快く練習に迎え入れた。
晴貴につられるように遥香も一緒に週3~4日、
いたちかな市へ向かい、伊立シェーンハイトの練習に参加した。




