031《西中郷vs林檎》
本編17
伊立北部シュトゥルムの独身寮。
食堂で西中郷素衣と高萩直がお茶を飲んでいた。
相手をしているのは寮の賄い担当、大増さんご夫婦。
自らが経営する中華料理店『大来軒』のランチと夜の営業の合間に、
寮の朝食と夕食の準備をしてくれる。
寮生が頼んでおけばお昼のお弁当も。
時々、西中郷と高萩の二人は大来軒に顔を出す。
そこの名物メニュー『焼肉どんぶり』が無性に食べたくなる。
現役時代から大好きだったその『どんぶり』は、
丼飯の上に大量のキャベツの千切り。
そこに生姜ベースの甘辛いタレで焼いた豚肉を乗せたものだ。
たっぷりかけられたタレとキャベツのシャキシャキ感が癖になる。
今日も、二人の休みが重なったことで、ランチを食べに来た。
その後、寮に差し入れる食材の買い出しを手伝って貰った。
「素衣お姉ちゃん、来ているの~!」
西中郷の愛車を見つけた遥香が食堂に飛び込んできた。
「直お姉ちゃんも、久しぶり~!」
遥香は二人とハイタッチ。
遅れて晴貴と、林檎がひょっこり顔を出す。
一瞬顔が曇る西中郷、構わず遥香が紹介する。
「晴貴のカノジョの伊師林檎よ。
一高の女子バレーボール部」
高萩が西中郷の様子を窺う。
お茶をゆっくり飲み干すと、西中郷は挑戦的に聞いた。
「あなたが林檎ちゃん?」
「はい!」
対する林檎は憧れの元日本代表に対して、
背筋をピンと伸ばし目を輝かせる。
「バレーボールの実力を見てあげるわ、
用意して外のコートに来なさい!」
「はい! ヨロシクお願いします!」
高萩も苦笑しながら晴貴に目配せして準備する。
ジャージに着替えた西中郷と高萩に対して、
林檎もジャージでコートの中央で身構える。
アパートの子供たちが集まってきた、その母親たちも。
遥美母さんがセッター役の高萩にボールをパスして、
上がったトスを西中郷が林檎へスパイク。
手加減はしない。
林檎は上手くレシーブできない。
最初は触るだけでも精一杯。
遥香はシーホークスのスパイクを受けていたじゃない、
私だって負けられないわ!
気がつくと遥香がセッター、
晴貴がレフトの位置に着いている。
「ちゃんと私の所へ返してね」
遥香の言葉に林檎は歯を食いしばる。
「結貴、ポリバケツに氷水を用意しておいて」
遥香が林檎の腕を心配して、結貴に命じた。
結貴はアパートの子供たちを集め、
各家庭の冷蔵庫から氷を半分貰ってくるように指示。
独身寮食堂から洗ったポリバケツを持ち出し、
台車に乗せると半分ほど水を汲み、氷を待つ。
子供たちが各部屋を回り続々と氷が集まるが、
誰かが気を利かせ、乳酸飲料の原液を差し入れた。
媛貴がヒシャクとコップを用意。
冷却用の氷水は、子供たちのおやつに変わってしまった。
肩で息をしながらも西中郷はスパイクを打ち続ける。
高萩が交替を申し出るが聞き入れない。
林檎のレシーブは上手く遥香の所まで届かない。
遥香は律儀にも一球ごとに指でサインを出す。
いつの間にか葡萄お兄様までライトの位置にいた。
何としてもレシーブを攻撃に繋げなければ……。
西中郷も限界寸前だった。
それでも意地でも打ち続ける。
何十本目か分からないスパイクが、
唸りをあげて林檎の前に。
林檎はつんのめりそうになりながらボールを捕らえた。
遥香が晴貴の方を向きながらバックトス。
ライトの葡萄お兄様が強烈なアタック。
しかし、西中郷と高萩に、
遥美母さんも加わった3枚ブロックに阻まれる。
ボールはふらふら林檎の横へ。
左腕一本でボールを掻きあげる。
遥香がボールを迎えに行き、素早いトス。
ボールの上がり際を晴貴がスパイク。
読んでいたようなしぶとい3枚ブロック。
林檎の目が霞む。
ボールはブロックアウト。
観衆からは拍手が沸いた。
「きょ、今日はこれくらいに……しましょう……」
息切れしながら西中郷。
林檎は晴貴とお兄様に手を取られ引き起こされる。
「あ、あの……」
遥香に支えられた林檎が西中郷達に挨拶する。
「……今日は本当にありがとうございました」
向日葵の咲いたような満面の笑顔だった。
西中郷と高萩はなぜか驚いたような顔で応じた。
遥美母さんも楽しそうに頷く。
観衆の中から寮の賄いの大増ご夫婦が声をかける。
「寮のお風呂が沸いているわよ。
汗を流してきなさい」
「夕食もみんなで一緒に食べて行きなさい。
今日は伊立北部寮名物の、特製『焼肉どんぶり』にしよう」
子供たちが年に数回しか食べられない、
『焼肉どんぶり』に歓声を上げ、互いにハイタッチ。
葡萄・晴貴が子供たちを集めてバレーボールを始める。
母親たちは手分けして夕食の準備に取り掛かる。
タオルで汗を拭いながら西中郷が高萩に話しかける。
「直、気付いた? あの娘、笑うと貴美にそっくりよ」
「……って言うか、普段の様子が怒ったときの貴美にそっくり」
「貴美が怒ったことなんてあったかしら?」
「二人が生まれてすぐに、お祝いに行ったじゃない。
そこであなた何て言ったか覚えてないの?」
「エッ、何か言ったかしら」
「遥美の赤ちゃんと比べて貴美の赤ちゃんは小さい、小さいって。
あんまりしつこく言うものだから、貴美が泣き出して……」
「あぁ……、言ったかも」
「言ったのよ!
それで貴美は『いいもん、大きく育てるから』って。
しばらく口をきいてくれなかったでしょう」
「あちゃぁ~」
「その時のプリプリした顔が、あの娘の普段の表情そのもの。
……分かるのよ、晴貴には」
「それは強敵ね、でも私は負けないよ!」
「何言っているのよ、遥香の応援でしょう」
「うっさい。私だってまだまだ……」
「ハイハイ……。
どうでもいいけれど筋肉痛で泣かないでね、
後が面倒臭いんだから。
あなたのマニュアル車も、わたし運転したくないわよ……」
西中郷・高萩・林檎・遥香に、媛貴も加わり大浴場で汗を流す。
林檎の腕はビニール袋に入れた氷水で冷却。
日も暮れてバレーボールをしていた葡萄・晴貴たちも交替で入浴。
やがて、寮の食堂で全員揃って『焼肉どんぶり』に舌鼓を打った。




