030《バナ~ナス》
番外編14
南米ブラジル・リオデジャネイロから帰国した、
リオこと野村寿里は満面の笑みを浮かべる。
「バナナ美味し~い! バナナ大好き~!」
相賀晴貴が日本語に訳した。
今日は朝からこの調子、
ポルトガル語しか話そうとしないリオの専属通訳だ。
トイレ以外は連れ回される。
授業の受け答えも晴貴が仲介、
英語の授業中は3ヶ国語が入り乱れた。
昼休みになっても拘束は続く、
机を寄せてランチを楽しむ女子の中に巻き込まれた。
時々、通訳せずに二人だけで話し込む。
まるで恋人同士のようなリオと晴貴に、伊師林檎はずっと苦笑い。
『今日だけは仕方ないのかな』
晴れ晴れと屈託のないリオの笑顔に文句は言えない。
晴貴の弁当のデザート、バナナをリオが所望した。
「日本のバナナナニッカって美味しいね!」
「バナナナニッカ?」
「日本ではプラッタや、マッサン、オウロ、テロは見かけないね」
「ブラジルのバナナは食べた事が無い」
「ナニッカも、プラッタも、マッサンも、オウロも、テロも、
全部バナナの品種だよ!」
リオは林檎を見て微笑む。
「晴貴はきっと、バナナマッサンが大好きなはずだよ!」
マッサンはリンゴという意味だ。
「ブラジルでもバナナはできるのか?」
「勿論だよ、朝市でいっぱい買うの!」
「料理用のバナナがあるって聞いたけど?」
「そうだよ、日本にはないの?」
「う~ん、日本では果物、デザートという感覚かな」
「そもそも、日本でバナナはできるの?」
「できると思うけれど、フィリピン産とか、
エクアドル産とか輸入物が多いかな」
「エクアドル! 知っているよ、南米だよ!」
長島依子がからかう。
「さっきから『バナ~ナ』『バナ~ナ』って、
リオはバナナ女子だね」
西津悠は感心顔。
「バナナの話だけでこんなに盛り上がるなんて、
相賀君のポルトガル語も本物なのね」
沼尾柚亜が満足気に。
「何言っているのか全然分からないけれど、
リオ、とっても楽しそう」
根岸桜芽は大きく頷く。
「相賀君に任せて、大正解だったね」
「もっとバナナ食べた~い!」
リオの心からの叫びに晴貴が意訳する。
「誰か、バナナを持っていないか?」
多賀冬海が小首を傾げる。
「相賀君のお弁当のデザートだったんだよね……」
小木津亜弥が手を打った。
「あなたのお姉さんも持ってきているんじゃないの?」
林檎が澄ました顔で言った。
「もう食べちゃったかもね」
「バナ~ナス!」
叫びながらリオが晴貴を引っ張って駆け出した、
目指すは1組、成沢遥香のデザート。
「バナ~ナス! バナ~ナス! バナ~ナ~ス!」
あっという間に、二人の姿が消えた。
遥香と晴貴が交渉の末、
リオはめでたくバナナをゲット。
上機嫌のリオは晴貴の手を引きながら廊下をスキップ。
「おい、ちょっと待ってくれ、さすがに恥ずかしい」
「恥ずかしいの?」
「日本人は慎み深いのだ」
「そうなんだ~」
リオは不思議そうな顔をして晴貴を見つめる。
「これは、どうかな?」
リオは、隙だらけの晴貴の頬にキスをした。
不意を打たれて固まる晴貴。
幸いなことに誰にも見られていなかった。




