表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/109

029《帰国子女》

本編16

 10月の第3回定期考査初日が終了した。

 J2ゾンネンプリンツのホームスタジアム、

 ゾンネンシュターディオン逢瀬のラウンジで、

 夕方まで一緒に勉強してから、

 相賀晴貴と伊師林檎が入ったファストフード店。

 二高と工業の近くなので下校途中の高校生で繁盛している。


 林檎はじっとチーズバーガーを見つめていた。

 お腹は空いている。

 でも、これって初めてのデート?

 ハンバーガーって、どうやって食べるんだっけ。

 男の人の目の前で大口を開けてかぶりつくなんて、

 恥ずかしくて出来ないわ。

 どうしよう、どうしよう。

 周囲から注目され、笑われているような錯覚に陥る。


 林檎が固まっていると、

「ちょっと知り合いが」と言って晴貴が席を外した。

 相手が誰かなど気にもならなかった。

 とにかく晴貴がいないうちにと、

 ポテトをおちょぼ口に詰め込んだ。


 しばらくして晴貴がポテトのLとシェイクを手に戻ってきた。

「海藻バーガーはなかったが、これなら食べられるだろう。

 チーズバーガーは貰うぞ」

「な、何よ、これくらい……」

「最初は緊張するよ、俺もだ。

 そのうち自然に振る舞えるさ。

 ハル姉ェみたいにガッつかれても困るし……」


「失礼ね、ヒトを化け物みたいに言って……」

 仕切りの向こう側。

 変装して様子を窺っていた成沢遥香が、

 ハンバーガーを頬張りながら怒りを露わにする。

「シ~ィ、気付かれたらどうする。

 だが、あれ以上、接近したら強制介入するぞ」

 くわえたストローを噛み潰した葡萄お兄様まで一緒だ。


 5組の五人娘は、昼からずっと居座って勉強していた。

「あれって、相賀君と伊師さんだよね」

「やっぱり付き合っているんだ」

「でも後ろで帽子かぶってサングラスしているのは成沢さん」

「それと『武道』お兄様だよね」

「違うよ『武道』じゃなくて『葡萄』だよ」

「『アルテマルシアル』じゃなくて『ウーヴァ』」


「ダブルデートかな」

「試験期間中なのに?」

「いいな~、羨まし~ぃ」

「私も彼氏欲しいな~」

「抜け駆けは許さないぞ~」

「そうだ、そうだ~」

「一蓮托生だ~!」

「一円タクシーだ~?」

 放課後のファストフード店は、今日もかまびすしい。



 年に5回行われる定期考査の3回目が終了。

 伊立第一高等学校の朝。

 生徒たちが続々と登校してくる。


「相賀君来たよ!」

 体育館との連絡通路で待機する第一斥候部隊・長島依子から短い通話。

「了解。本部まで撤収せよ」


「こちら昇降口。ターゲットを確認」

 第二斥候部隊・西津悠から短い通話。

「了解。先回りして本部まで撤収せよ」


「西階段踊り場。ターゲットを確認」

 第三斥候部隊・沼尾柚亜から短い通話。

「了解。至急本部まで撤収せよ」


 本部である1年5組の教室で根岸桜芽が指示を出す。

 横で野村寿里が心配顔。

 続々と長島・西津・沼尾の三人が帰還した。

 ミッションをこなし全員でハイタッチを交わす。

「リオ、いよいよだよ」

 根岸が野村に声を掛ける。


 中学生の時に南米から帰国した野村寿里は、

 その出身地から「リオ」と呼ばれていた。

 日常生活の日本語には不自由していなかったが、

 咄嗟の時にはついポルトガル語が出てしまう。

 生活習慣の違いや、日本語の勘違いから時折、

 想像もできないボケをぶちかます。

 本人は至って真面目なのが輪を掛けて面白がられた。

 すぐにクラスでも人気者になり、

 特にコスプレ四人衆とは意気投合して徒党を組んでいる。


「オハヨウ」

 晴貴が教室に入ると異様な空気を察知した。

 これは何かおかしい。

 母さん軍団に囲まれて育った独特の「勘」が警戒を呼び掛ける。

 心配顔の多賀冬海。

 ニヤニヤ笑いの小木津亜弥。


 口火を切ったのは根岸桜芽だった。

「相賀君おはよう。ちょっと良いかな」


 教室の後方に晴貴の机が移されていた。

 もうひとつの机と並べられている。

 さしずめカップルシートだ。

 不安そうな面持ちで野村寿里が既に腰掛けている。


 長島依子が命令口調で机を指差す。

「ここに座りなさい」


 西津悠が有無を言わさぬ調子で通告した。

「リオが相賀君に話があるんだって」


 沼尾柚亜がにっこり笑って言い放った。

「まさか断ったりしないよね」


 モジモジしながら野村寿里が手招きする。

「あの、相賀君、お話しがしたいのですが……」


 晴貴は覚悟を決めて、リオの隣に座る。

「相賀君、あのね……」


「林檎おはよう! 面白いものが見られるよ」

 小木津亜弥がワザとらしく大声で叫んだ。

 絶妙のタイミングで林檎が登場し、いつもと違う光景に戸惑う。

 四人衆が素早く動き、林檎に何か説明を始めた。


 リオは笑顔で晴貴を覗き込む。

 そして……ポルトガル語で話し始めた。

 晴貴の返事も待たずに、一方的にまくしたてた。

 最初は嬉しそうに、次に怒りながら、時に哀しみを滲ませ、

 泣いたかと思うととても楽しそうに語りかける。


 リオはポルトガル語に飢えていた。

 日本での生活でストレスが溜まっていた。

 相談を受けて対策を考えた一味が一計を案じた。

 相賀はポルトガル語が分かりそうだから、はけ口に利用しよう。

 この際だから、家族にも言えない事でも何でもしゃべっちゃえ。

 どうせ細かい事までは理解しちゃいないさ。


 説明を受けて事態を理解した林檎が小さく手を振る。

 手を振り返そうとすると、

 リオが晴貴の顔を両手で掴んで自分に向き直させた。

 怒ったような顔が一転、笑顔になった。

「ハルキ、今日一日ヨロシクね」

 満面の笑みで、そんな意味の事を言った。

 勿論ポルトガル語で。



 放課後。

 スッキリした顔のリオが全身で伸びをする。

「ウ~ン! ハルキ~、今日はありがと~う!」

 リオが日本語を取り戻した。



 苦笑しながら林檎が尋ねる。

「相賀君、お疲れさま。どうだった?」

 一日中ポルトガル語に付き合わされた晴貴が、げっそりした顔で応える。

「どうって、ネイティブなポルトガル語は、

 ちんぷんかんぷん、だ」

「ちんぷんカナブン?」

 リオが小首をかしげる。

「……ああ、珍文漢文!」

 良く分かっていないが納得顔のリオ。


 四人衆もリオをからかって戯れ始める。

「ハルキ~、またお願いね!」

 五人娘が一斉に手を振って帰ってゆく。

 ハラハラしながら成り行きを見守っていた多賀冬海も安心顔。

 小木津亜弥はとっくに興味を失って既に退出。



「私たちも行こう」

 林檎が促した。

 林檎は部活の体育館へ、

 晴貴はゾンネンシュターディオン逢瀬併設の練習場に向かう。

 体育館までの短い距離だが並んで歩く。

 晴貴は何故か心が安らいだ。

「相賀君って、優しいのね」

 別れ際に林檎はそう言うと、晴貴の二の腕を思い切り抓った。

「イデッ!」

 久しぶりに素気ない林檎がそこにいた。

 振り向かずに体育館に吸い込まれて行った。


===================================

イシブドウトナルサワハルカ、ツキアッテイル?

ダンチョウノオンナジャナカッタノ?

ノムラジュリッテ、コクゴガデキレバガクネンイチイ?

===================================


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ