027《プロレスごっこ》
本編15
「……で、ウチに連れて来た訳?」
成沢遥香の家のリビング。
呆然としたままソファー中央に座る伊師林檎。
ソファーの後ろで対峙する仁王立ちの遥香と及び腰の相賀晴貴。
「仕方ないだろう、
突然魂が抜けたみたいになった。
こいつの家知らないし、聞いても答えない。
ボーっとしてそのままじゃ危ないし、
置いてくる訳にもいかない。
引っ張ればついてきたから……」
「そのまま途中で変なとこ寄って来たとか?」
「馬鹿言え、そんなことするか」
晴貴はむきになった。
遥香は冷徹に見下ろす。
「ふーん、怪しいな。
キスくらいしちゃったんじゃないの?」
それまで心ここにあらずといった体の林檎がコクンと頷く。
「なっ! あれは出来心、いや事故だ。
いや唇が少し触れただけで……」
晴貴は焦って弁解する。
遥香は腕を組んで冷ややかに見下ろす。
「ほーっ、林檎とチュウしたんだ」
再び林檎がコクンと頷く。
と、見る間に顔が赤く染まった。
「な、な、なんてことしたの!
わ、わ、私の唇奪っ……キャー!」
林檎は我に返り両手で顔を覆った、耳まで真っ赤だ。
遥香は般若の形相で晴貴に迫る。
「晴貴、責任取りなさい!
乙女の唇奪った罪は重いわよ!」
「責任って何だよ!
どうすればいいんだよ!」
騒ぎの中、買物袋を抱えた遥香の母親・遥美が帰宅した。
「まあ、賑やかね、遥香のお友達?
ようこそ、いらっしゃい」
晴貴にヘッドロックを掛けながら遥香は答える。
「違うわよママ、晴貴のオトモダチ。
あら、オトモダチ以上だったかしら?」
「遥美母さん違うんだ、これには訳が……」
再び魂が抜けたようなぎこちない動きで林檎が立ち上がる。
「お母様ですか、初めまして、私、伊師林檎と申します。
ふつつか者ですがよろしくお願い致します」
「まあご丁寧にありがとう。
よろしくね、フフフ、素敵なお嬢さんじゃない……」
遥美は微笑みを浮かべた。
「どことなく『お母さん』の若い頃にそっくりよ」
遥香が林檎を見つめる。
「晴貴のお母さん……」
ヘッドロックの締め付けが弱まり、晴貴の身体がずり落ちる。
「そうそう、晴貴のご友人かしら、お客様が来ているわよ」
遥美がそう言うと、晴貴は渡りに船とリビングを飛び出した。
「ご友人、ご友人、ようこそご友人!」
「あっ、こら逃げるな晴貴!」
遥香が追いかける。
晴貴は相手を確かめず玄関に佇む客人に飛びついた。
「いやー、よく来てくれた。
ここでは何だから俺の家に行こう!」
「ちょっと待て、相賀晴貴!」
客人は冷静に晴貴を引き剥がした。
追いついた遥香が目を丸くする。
「あれ、何でお兄様が?」
そこには林檎のお兄様、
男子バレーボール部の伊師葡萄が憮然として立っていた。
「林檎がここに連れ込まれていると思うのだが、
よもやキズものにされていないだろうな」
お兄様は晴貴をじろりと睨んだ。
晴貴は腰が抜けた。
遥香は頭を掻く。
「どうした林檎はどこだ?」
その声にリビングの林檎が反応した。
奥からドタバタと足音が近づく。
「お兄様~っ!
林檎はもうお嫁に行けませ~ん!」
泣きながら林檎がお兄様に抱きついた。
「貴様、どうしてくれよう!!!」
葡萄は鬼の形相になった。
「マジやばっ!」
咄嗟に遥香は晴貴の左腕に飛びついて腕拉ぎ十字固めを極めた。
晴貴が絶叫しながら倒れ、林檎と葡萄は呆気にとられた。
廊下に倒れたまま、尚も遥香は晴貴を責める。
「うわー、プロレスごっこ久しぶり、媛貴も、媛貴も!」
いつの間にか末っ子の媛貴が嬉しそうに参戦している。
最近でこそ少なくなったが、この家でプロレスごっこは日常茶飯事だった。
いつも遥香が技を掛け、晴貴が受けた。
小学生のうちは腕力でも遥香に敵わなかった。
中学生ともなれば力は拮抗したが、
晴貴が本気で抵抗することはなかった。
体格でも勝る今なら立場は逆転しているだろうが、
不意打ちの速攻になすすべがない。
ガラ空きの腹を媛貴が面白がってバンバン叩く。
「イタ、タ、タ……ハル姉ェ、離せ、折れる。
媛貴、危ないからやめなさい」
抵抗しようにも、妹を巻き添えにしかねないので躊躇した。
手加減されているのは間違いないが、
窮地を脱するに演技をした方が良さそうだ。
「何をしているの林檎! 右腕を極めなさい!」
突然の指令に戸惑う林檎。
「媛貴! そのお姉ちゃんに教えてあげて!」
遥香が本気で力を込めた。
「イデ、デ、デ……」
右腕で床を叩いてタップアウトを示そうとしたが、
誰かが右腕を抑えつけた。
「林檎、見ていなさい、こうやるんだ」
「はい、お兄様!」
葡萄が凄惨な笑みを浮かべた。
晴貴は真っ青になった、どうやらただでは済みそうもない。
伊師葡萄の自宅はJR伊立駅前のマンションの710号室。
母親は林檎の着替えをバッグに詰めながら、何となく嬉しそうだった。
「でも意外ね、あなたから林檎のボーイフレンドの事を聞かされるなんて」
「どうして?」
「だって相手の男の子、ボコボコにしそうじゃない」
「そんなことしないよ」
あいつは既に林檎と遥香とチビッ子にボコボコにされていたな。
結局、葡萄は腕拉ぎ十字固めの形だけ林檎に教えて、後は放っておいた。
「心配じゃないの? 可愛い妹が何かと」
「そりゃ心配は心配だよ……。
でも母さん……、
林檎が笑っていたんだ……。
心から、楽しそうに」
林檎と遥香と媛貴はキャーキャー言いながら、晴貴を責め続けた。
林檎はいつになく弾けていた。
泡を噴いた晴貴を尻目に三人で、
天まで届けとばかりに雄叫びまであげていた。
その姿を見ていると何も言えなくなった。
そのまま遥香のところにお泊りすることになり、
葡萄が妹の着替えを取りに家に戻った。
「そう……」
母親は目を伏せた。
小学生の林檎を抱きしめ、ごめんね、ごめんねと泣いた姿を思い出した。
「林檎が笑ったの……。
あれ以来、笑わない子になっちゃったと思っていたけど……。
そう、林檎が笑ったの……」
バッグを抱きしめ俯く母親、
葡萄は視線を逸らした。
「あなたもお泊りしてきたら?」
「いや、俺はいい」
「晴貴君も遥香さんも、バレーボール部に勧誘していた子よね、入部したの?
男女の双子って二卵性よね、でもどうして名字が違うのかしら?」
「そこら辺はいろいろあるんだよ、あとで詳しく話すよ」
葡萄はバッグを受け取った。
「そう、良いお友達ができたようね……」
本当は林檎にお泊りしないで早く帰ってきてほしかった。
どんな些細なことでもよかった、
久しぶりに娘と一緒に笑い合いたかった。
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ナルサワハルカッテオウエンダンチョウノオンナ?
アイガハルキトイシリンゴツキアッテル、
ブドウトリンゴハ、ウツクシマケンミツハグンミツハマチカラシュッカ、
コワイコワイ、
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