020《チームメート》
本編11
「あの……」
10人の女子高校生が控室を訪ねてきた。
成沢遥香の中学時代のチームメートだった。
それぞれの高校に進学した彼女たちは、
今日、さくらアリーナで再会していた。
中学時代の遥香はバレーボール部の副キャプテンでセッターだった。
中学校最後の県大会、準々決勝の試合中。
遥香は右足を接地した瞬間にひざが内に入り、前十字じん帯を痛めた。
その試合中はごまかしたが、相賀晴貴には気付かれた。
帰宅してから、医師の診察を勧められたが遥香は首を横に振った。
「そうか」と言って晴貴はどこかへ消える。
告げ口を覚悟したが、
戻ってきた晴貴はひざ用のサポーターを手にしていた。
じん帯の動きをサポートするものだ。
隣の独身寮で調達してきたらしい。
「素人判断だが医者へ行かないのならこれを使え。
どうせ言うことは聞かないのだろう、これがギリギリの妥協だ」
「晴貴も共犯だよ」
「ばれたら一緒に叱られよう」
翌日、晴貴も遥香と同じ右ひざにサポーターを装着。
試合前にお互いに相手のサポーターに「必勝」と書いた。
双子の麗しいゲン担ぎ、傍からはそう見えた。
遥香は精彩を欠いたものの準決勝を勝ち進み、決勝では惜敗。
晴貴の男子チームも準優勝。
しかし試合後、遥香は吊し上げを受けた。
「どうして怪我を黙っていたの」
「全然動けていなかったじゃない」
「控え選手をバカにしているの」
「プロ監督の娘だからっていい気にならないで」
「あなたじゃなければ優勝できたかも」
泣きながら詫びるしかなかった。
帰り道では、完全に無視されていた。
晴貴だけが黙って寄り添っていた。
そのまま晴貴が付き添って整形外科医院に向かった。
怪我は軽傷だが安静にしてなかったため、
完治までは数カ月と脅された。
帰宅すると残念会が独身寮の食堂で用意されていた。
当然ママ軍団も集まっている。
怪我を隠していたことを叱られた。
そこにいる大人達は全員が何となく真相を理解してはいたが、
キッチリ釘をささなければならない案件だった。
晴貴が床に正座させられた、怪我人の遥香は免除。
遥香が「私の我儘で晴貴は関係ない」と主張したが、
晴貴は一言も弁解しない。
「どうして黙っていたの」
「無理させていいわけないじゃない」
「偽装工作までして悪質よ」
「そんなことも分からないのか」
「重症化したら取り返しがつかないぞ」
一方的に責め立てられるが晴貴はひたすら耐えるのみ。
遥香は「私の将来なんてどうでもいい」
と泣きながら抗議するが認められない。
晴貴だって充分過ぎるほど理解していた。
間違った判断であることは明白だが、
ただ一人、遥香の気持ちを尊重した結果だった。
それ故に、罰は甘んじて受けた。
西中郷素衣は仕事の都合で応援に行けなかったが、
高萩直から話を聞いていた。
晴貴だけが幼馴染の誤った選択に敢えて寄り添ったことを。
遥香がチームメートとは何となく疎遠となったことを。
「遥香、大丈夫……」
最初に声を掛けたのは中学時代のキャプテンだった。
二高に進学したアタッカーで、今日も一年生ながら交替で出場していた。
吊し上げには関わっていなかったが、止めもしなかった。
「格好良かったわよ。
バレーボールやめちゃったのかなって心配だったんだけど。
安心した、元気そうで」
「元気過ぎて、あんなの無茶だよ」
「腕、痛む? 腫れちゃっているね」
「す、凄いねシェーンハイトの練習生なんて……」
「ほら、遥香、何か言いなさい」
西中郷が促した。
その時初めてチームメート達は元日本代表の存在に気付いた。
「みんな、心配してくれてありがとう。
何だか、嬉しい……」
遥香が恥ずかしがって横を向く。
西中郷がタオルを遥香の顔の上にポンと投げた。
「みんなありがとうね」
そう言いながら西中郷が「察してね」とばかりにウインクをして退出を促す。
憧れの元日本代表と握手しながらも、
彼女たちは思い思いに遥香に声を掛けた。
「どうだ、遥香、色々あってもチームメートって良いものだろう?
……忘れ物はきっと取り戻せるさ」
誰よりも説得力のある言葉だった。
遥香はしばらく返事ができなかった。
「そうよ、リベンジよ!」
声と一緒に勢いを取り戻した遥香は飛び起きた。
親善試合はまだ終わっていない、好試合となり盛り上がっている。
試合後にはBKBグループ内の、チームZ650のミニライブが開催される。
直近のBKB総選挙で二連覇した国分寺美香が中心のエース級チームだ。
メンバーは国分寺に高崎、笠戸、戸塚、茂原、甲府、栃木の7名。
最後の曲で会場に集まった小学生以下の子供たちが一緒に踊る。
昨年国分寺が総選挙で一位になって初めてセンターを務め大ヒットした曲。
ノリの良い楽曲で、踊ってみましたという画像がネットにあふれている。
その子供たちの先導役を遥香と晴貴が仰せつかっていた。
ライブ終了と同時にアイドルを無事にマイクロバスまで導く役割も兼ねる。
「ねえ、素衣姉さん、ちょっと手伝ってほしい事があるんだけれど」
二人は悪い顔でヒソヒソと言葉を交わす。
ちなみに晴貴はゾンネンプリンツのユニフォームに着替え、
廊下でタオルを被ったまま、まだ立ち直れていない。
親善試合はフルセットにもつれた上で伊立シェーンハイトの勝利で終わった。
伊立さくらアリーナのオープンイベントは各日ミニライブで締めくくられる。
初日はBKB傘下のチーム「Z1」次は「Z2」「ZEPHYR」「LIME GREEN」「GREEN MONSTER」と日替わりでチームが招かれ、
最終日の今日はいよいよ真打とも言える「Z650」が登場した。
MCを挟みながら4曲披露され、いよいよ最後の曲が紹介された。
晴貴が聞いていたのは、子供たちをステージ前に先導。
曲が始まったらステージ横に身を低くして待機。
曲が終われば子供たちと一緒にBKBメンバーをステージから連れ出す。
その一連の手順だけだった。
アナウンスは西中郷の声だった。
「それでは観衆の皆さんも、子供たちと一緒にその場で踊って下さい。
なお、J2ゾンネンプリンツユースの相賀晴貴君が、
曲に合わせてリフティングを披露します」
遥香がサッカーボールを晴貴に投げ渡した。
晴貴は咄嗟に胸でトラップ。
訳が分からないままリフティングを始める。
この曲に合わせてのリフティングは遊びで何度も試している。
今日は嵌められっぱなしだ、でもやるしかない。
遥香は楽しくなってきて子供たちと一緒に踊り出した。
晴貴も何とかリフティングをこなしているようだ。
つい悪戯心が頭をもたげた。
徐々に晴貴に近付き、隙を窺う。
晴貴も危険を察知した。
リズムに合わせて遥香が晴貴の妨害を試みる。
見え見えなのでサッとかわす。
滑稽な追いかけっこになった。
国分寺美香は思わず噴き出しそうになりながら必死で耐えた。
今はライブ中でダンスメインの「曲」が流れている。
「伴奏」ならアクシデントが起きても、
「美味しい」結果につながることが多いが、
「曲」の間のアクシデントは出来るだけ避けなければならない。
ライブでの口パクのような分かり切った事を、
いまさら誰も問題にはしないだろうが、
アイドル自らがそれを破るわけにはいかない。
お約束を様式美にまで高めるのが、
現代アイドルの手法の一つだと叩きこまれていた。
しかしメンバーは笑いを堪え切れていない、これはまずい。
自由人の高崎は既に爆笑状態。
美香は咄嗟に遥香の手を掴んだ。
遥香が振り返るとそこには美香の笑顔。
ただし目は笑っていない、殺気を含んでいる。
BKB不動のセンターにより、ゲストがステージ中央に引きずり込まれた。
ここで踊れ、余計なことはするな。
言外のプレッシャーに包まれた。
観衆には全てが計算されたステージ見え、最高潮に盛り上がった。
大歓声の中、曲が終わると手筈通りに子供たちが退場する。
頭の上でポンポンを振りまわす子供たちを遥香と晴貴が導く。
身を低くしたBKBメンバーもそれに紛れて退散する。
晴貴の目の前で男の子が転んだ、
咄嗟に右手を取って助け起こす。
意外にも軽く起き上がった、
同じように左手を誰かが掴んで助け起こしている。
国分寺美香だった。
そのまま男の子をブランコ状態で廊下を駆ける。
廊下の分岐点。
ここで子供たちは右へ、BKBは左の非常口へ向かい、
マイクロバスに乗り込む。
一瞬、BKB、子供たち、関係者、遥香と晴貴がその場で混乱した。
晴貴は遥香の手を取って右に折れる。
違和感に振り返ると遥香ではなかった。
BKBのお笑い担当「たかりん」こと高崎鈴が手を引かれ嬉しそう。
すぐに逆方向へ踵を返した。
非常口を飛び出すと、既にファンが集まり始めている。
急いでマイクロバスに「たかりん」を押し込む。
晴貴の背中でバスの扉が閉じた。
「早く座って、シートベルト!」
誰かの叫び声に晴貴と高崎はシートに並んでベルトを締める。
マイクロバスは急発進し、伊立さくらアリーナを後にする。
伊立南多田ICに向かうと見せかけて、
途中で伊立中央ICへ方向転換する。
晴貴が我に返ると、運転手を除く車中の全員から白い目で見られている。
隣に座る「たかりん」は何故か恥ずかしげに頬を染めている。
「VリーグとJ2の掛け持ちなんてス・テ・キ……」
「あなた何様のつもりよ」
前の席の国分寺が振り向いて、蓄積した怒りを爆発させた。
「あなたには女難の相が出ているわ」
後ろの席のBKBの占い担当・笠戸菜月が静かに告げた。
「済みません。降ろしてください」
晴貴は小さくなって懇願した。
「高速に乗るまでは駄目だ」
運転手が非情に告げた。
結局、晴貴は海東SAで解放された。
着の身着のまま無一文の晴貴に、
高崎が小銭をそっと手渡してくれた。
連絡を受けた西中郷と高萩が迎えに行くまで、
独り寂しく待つしかない。
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ハルカムカツク、
ハルキッテミツマタ、
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