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019《さくらアリーナ》

本編10

 高校入学から約一カ月。

 東日本大震災により耐震力ゼロと判定された伊立市の中央体育館が再建された。

「伊立さくらアリーナ」と命名され、GWにオープンイベントが行われる。

 29日 昭和の日 (水)「バスケットボールDAY」

  3日 憲法記念日(日)「柔道&剣道DAY」

  4日 みどりの日(月)「卓球&パンポンDAY」

  5日 こどもの日(火)「フットサルDAY」

  6日 振替休日 (水)「社交ダンスDAY」

 10日 次の日曜がやっと「バレーボールDAY」

 これは第64回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会の期日を避けたためだ。

 各日、アイドルBKBグループ内のチームを招いて、ミニライブが催される。


 バレーボールDAYは朝からエキシビションマッチが続く。

 午前中は小学生とママさんバレー、中学生の試合。

 昼からは高校生。

 男子が一高vs工業、師恩vs西高、商業vs農業、賀多高vs技科高。

 女子が二高vs女子高、一高vs師恩、商業vs農業、賀多高vs西高。

 夕方から関東地域リーグの伊立北部シュトゥルムvs美島ドラング(招待)

 Vチャレンジリーグ男子Ⅰの伊立コンクレントvsつくばねMtGAIA(招待)

 Vプレミアリーグ女子の伊立シェーンハイトvs倉敷シーホークス(招待)



 バレーボールDAYの前日。

 前乗りした各チームの監督と、

 練習会場を提供した高校バレーボール部顧問会が懇親会を開いた。

 伊立シェーンハイトの監督・相賀勝善と、

 伊立コンクレントの監督・成沢辰臣がホスト役だった。

 懇親会冒頭に相賀と成沢が各招待チームの監督に頼みごとをした。


 実は相賀には高校一年の息子が、成沢にも同い年の娘がいる。

 相賀の息子は伊立北部シュトゥルムでは選手登録、

 伊立コンクレントでは練習生としてコーチ登録してある。

 成沢の娘は伊立シェーンハイトで同様にコーチ登録してある。

 二人を1セット目の先発メンバーで使いたいので了解してほしい。

 親善試合なので問題ないという好意的な回答だったが、理由を尋ねられた。

「身内とはいえそもそも二人の実力はどうなのか?」


「中学校では二人とも県大会準優勝の中心的メンバーだった。

 高校生になったら生意気にもバレーボール部に入りたがらない。

 業を煮やしてそれぞれコーチ登録して今日に至る。

 これは荒療治だ」


「娘の方は中学最後の大会で自分の怪我がもとで、

 チームメートとギクシャクしてしまった。

 格闘技にはまっているようだ本格的にやろうとはしていない。

 いまから必死でバレーボールの練習をすれば、

 何とか一人前に育つかもしれない。

 大成しなくても健康で、丈夫な孫を産んでくれればそれで良い」


「息子の方は最近身長も180センチを超え、伸び盛り。

 ただサッカーにうつつを抜かし、

 J2のユースチームでちやほやされて自惚れている。

 イタリアのセリエAに行くと世迷い言を抜かしている」


「それはいけませんな」

「バレーボール界の人材を、みすみすサッカーに渡すことはない」

「手加減すればよいのですね」

「逆です。徹底的に叩きのめしてください」

「ほほう、さすが策士と呼ばれるお方だ」

「若い芽を摘むのには反対です、セリエA良いじゃないですか、

 行ってもらいましょう……カルチョではなくバリボーで」


 高校顧問会の監督たちは安堵した。

 二人が一高のバレーボール部で試合に出るのを密かに警戒していたのだが、

 高体連は他のカテゴリーとの重複登録を認めていない。

 一高の顧問だけが残念そうだった。

 その夜、大人たちは悪巧みを肴にして杯を重ねた。



 くわだての決行は入念に行われた。

 母さん軍団が全面協力した。

 往年の名プレーヤーということで試合も行う。


 前日夜に伊立北部シュトゥルムの独身寮食堂で食事会が催された。

 軍団が伊立に集まった時の定例行事だ。

 遥香たちの卒業式・入学式の写真で盛り上がった。

 サプライズとして、伊立シェーンハイトのユニフォームが遥香に、

 伊立コンクレントのユニフォームが晴貴に贈られた。


 背番号はどちらも0番。

 ブレザーの贈呈を受けていたので違和感はなかったが、

 ここにきて後出しの交換条件が示された。

 伊立さくらアリーナのオープンイベント、

 バレーボールDAYでそれを着て、

 試合のエスコートガール&ボーイをすること。

 これは悪巧みの第一段階に過ぎない。

 二人は抗議するも「既に報酬のブレザーは受け取っているはず」

 と取り合ってくれない。


 さらに晴貴には「伊立北部シュトゥルムで選手登録してある」と、

 事実の一部だけを告げた上で、先発出場を厳命、

 そのユニフォームも渡された。

 晴貴への無理難題に、面白がって遥香が乗っかったために、

 エスコートの方は自然承認になった。

 もちろん、エスコートだけで済むはずはない。


 当日はスポーツキャスターの西中郷素衣と高萩直が、

 撮影スタッフを引き連れて朝から取材に来ていた。

 当然くわだての仕掛け人でもある。

 遥香と晴貴は朝からエンブレムの付いたブレザー姿で取材を受けた。

 たくらみに気付かれないように差し障りのない内容だった。

 伊立北部シュトゥルムでは今でも時々練習を手伝っている。

 伊立シェーンハイトや伊立コンクレントのメンバーとも、

 顔見知りが多いので、絡みも自然だった。

 もちろん関係チームの全員もドッキリは承知している。


 スケジュールは順調に進み、

 高校生のエキシビションマッチが終わった。

 ユニフォーム姿の遥香と晴貴がプラカードを持って、

 残り3試合の告知をする。

 場内アナウンスが伝える。

「エスコートは伊立一高一年生の成沢遥香さんと相賀晴貴くんです。

 相賀君は次に登場する伊立北部シュトゥルムの登録選手です。

 ご声援をお願いします」

 母さん軍団が歓声を上げる。


 会場にいた高校生たちが色めき立つ

「あの相賀晴貴は一高で選手登録できない」

 伊師葡萄と林檎は憮然としていた。

 監督に事情を聴くと「自分も昨日の晩に初めて聞いた。

 どうやら本人達にも知らされていなかったようだ」と歯切れが悪い。

「成沢遥香はどうなのか」という問いに対しても苦笑いするばかりだ。


 関東地域リーグの伊立北部シュトゥルムと、

 隣県から招待された美島ドラングの試合。

 晴貴はウイングスパイカーとして出場した。

 中学時代も一緒に練習していたので、

 コンビネーションに問題はなかったが、

 結果は良くも悪くもない。

 何本かスパイクを決めたがそれだけ。

 さすがに練習せずに通用するほど甘くはない。

 最初のセットだけでベンチに戻った。


 晴貴の受難は続く。

 再び遥香と一緒にプラカードを持って残り2試合の告知をすると……。

 場内アナウンスが伝える。

「エスコートは伊立一高一年生の成沢遥香さんと相賀晴貴くんです。

 相賀君は次に登場する伊立コンクレントの練習生でもあります。

 エキシビションマッチにつき、引き続き出場予定です。

 ご声援をお願いします」

 母さん軍団が再び歓声を上げる。

 遥香が指差して爆笑する。


 だが、アナウンスは続く。

「……成沢遥香さんは伊立シェーンハイトの練習生です。

 最終試合に出場予定ですのでお楽しみに。

 ご声援を宜しくお願いいたします」

 今度は晴貴が指差して爆笑する。

 もうどうでもいいや、一緒に恥をかこう。

 母さん軍団は大喜び。


 伊立コンクレントと招待チームつくばねMtGAIAの試合が始まる。

 晴貴はここでもウイングスパイカーとして出場したが、

 顔見知りとはいえコンビネーションは問題だらけ。

 それでも次々に晴貴の元にトスが上がった。

 地獄のような1セットだった。

 晴貴のスパイクはことごとくブロックされた。

 母さん軍団からは悲鳴が上がる。


 リポーターの西中郷素衣が我を忘れて熱くなっていた。

 晴貴の不甲斐ない姿に地団駄を踏む。

 コンビネーションの乱れに叱咤の声を浴びせた。

 審判員から注意を受ける。

 罵詈雑言に変わったところで、撮影スタッフに羽交い締めにされ退場。

 何の見せ場もないが、成沢監督は交代させるそぶりも見せない。

 しまいには晴貴にトスが上がるたび溜息が会場を覆う。

 予定通り1セットでベンチに下がったが、

 頭からタオルをかぶり動けない。


 頭に血がのぼったのは西中郷だけではなかった。

 最初は出場に難色を示していた遥香は、晴貴への仕打ちに激怒した。

 自分の事情などどうでも良くなった。

 試合が終わると自分の父である伊立コンクレントの監督に喰ってかかった。

 興奮が収まらないうちに最終試合の開始時刻。

 シェーンハイトのお姉さんたちに強引に導かれ、

 遥香はリベロとしてコートに立つ。


 試合が始まるとシーホークスのスパイクをガンガン拾いまくった。

 中学時代は特訓と称して西中郷や高萩のスパイクを受けさせられた。

 現役をとっくに引退したとは言え、

 元日本代表のスパイクは強烈だった。

 コースをずらすような手加減もあったが、

 本気のスパイクを肌で感じてきた。


 シーホークスは打ち合わせ通り、穴として完全に狙ってくる。

 遥香がレシーブする度に会場が湧いた。

 母さん軍団は小躍り。

 観客席の伊師兄妹も目を見張る。



 ……そして30分後。

 遥香は控室で横になっていた。

 スパイクを受け続けた腕は真っ赤に腫れあがり氷嚢で冷却中。

 スタミナと同時にアドレナリン分泌も切れ、完全に動きが止まった。

 怒りは影を潜め、汗がダラダラ、顔面蒼白、目も回る。

 集中攻撃は止まず、遂にはひっくり返ったまま起き上がれない。

 コート外に引きずりだされてお役御免となった。


 控室では西中郷素衣が付き添っている。

 自分の娘のようで愛おしくて仕方がない。

「リベンジしなきゃ……」

 遥香は弱々しく呟いた。

 自分の事ではない、何としても晴貴のリベンジを果たさなければ。


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