015《新入生勧誘》
本編08
高校生活3日目、成沢遥香は立ちはだかる敵を次々に打ち負かした。
前日、教室で相賀晴貴を投げ飛ばしたことが大袈裟に伝わっていた。
格闘技系の部が勧誘に動いた。
最初は柔道部主将だった。
前日のオリエンテーションでの失態を挽回しようと鼻息が荒かった。
「成沢君、柔道部に入ってくれ」
「嫌です」
「ならば是非お手合わせを」
「嫌ですわ、殿方と組み合うなんて……」
「いや、その、そう言うことではなくて……」
慣れぬ女子との会話に焦る主将に、遥香は密着した。
「まあ、殿方の胸板って分厚いのね……」
照れる主将は、簡単に締め落とされた。
次はレスリング部。
柔道部の失敗を教訓にした。
遥香と間合いを取り、5人で取り囲んだ。
「ぜひ我が部の練習に来てくれ」
レスリングのコスチュームを手渡す。
遥香はその場で大きく広げた。
「キャー、変態、イヤラシイ~」
遥香はコスチュームを投げつけて突破。
空手部はいきなり襲いかかってきた。
正拳突きは寸止めだったが遥香は大袈裟に倒れた。
「助けて下さい、痴漢です!」
怯んだ所を足払い。
倒れた顔面の横ギリギリにかかと落としで勝負あり。
たまたま居合わせた朝練終わりの剣道部員は、
訳も分からず投げ飛ばされた。
相撲同好会は、様子を見て諦める。
弓道部と長刀同好会の女子も完全に怯んでしまった。
遥香の最強伝説ここに誕生。
晴貴にはサッカー部に入部した同級生の骨本勝征を通じて確認があった。
骨本とは賀多小サッカー少年団からの知り合いだ。
同じく賀多小サッカー少年団の仲間で、五年生の時に珂那湊に引っ越ししてしまった奉行十三がわざわざ伊立一高に入学し、サッカー部に入部したと教えられた。
「また一緒にやりたいけれど、J2ゾンネンプリンツで選手登録している」
それっきりサッカー部からの勧誘が来る事はなかった。
バレーボール部からの勧誘は正攻法だった。
入学4日目。
遥香と晴貴を昇降口で待ち構える二人がいた。
長身でハンサム好男子の伊師葡萄と、小柄な妹の林檎。
「相賀晴貴だな」
「はい」
「成沢遥香さんね」
「何か用かしら?」
前日の事もあり遥香が身構え、林檎は緊張。
遥香が林檎を投げ飛ばしてしまわないように晴貴が前に出た。
「俺は男子バレーボール部の二年生、伊師葡萄だ」
「私は葡萄お兄様の妹で女子バレーボール部一年生の伊師林檎」
「おはようございます。バレーボール部の勧誘ですか?」
「話が早いな。そういうことだ……」
遥香が構えを解く。
林檎は尚も警戒してお兄様の後ろに下がる。
「中学校では活躍していたそうじゃないか」
「それほどでもないですよ」
「あなたの怪我はもう治ったのでしょう?」
「良く知っているわね、お気遣いありがとう」
「J2にはまだ所属しているのか」
「はい、引き続きプレーしています」
「同じセッターだけれど、負けないわよ!」
「あなた勧誘しに来たのよね?」
「週の半分でも練習に参加してみてはくれないか」
「そう上手く行くでしょうか」
「運動怠けているんじゃないの、お腹プニプニ?」
「失礼ね、腹筋バキバキよ!」
「サッカーの練習は週にどのくらい?」
「試合がない時は2、3日ですが、試合があれば週末は潰れます」
「格闘技が得意だそうだけど、バレーボールで役に立つのかしら?」
「あなた喧嘩売っているでしょう!」
「中学生の時は両立していたんだよな」
「まあ、レベルがそれなりですから……」
「まあ怖い、腕力に訴えるなんて、野蛮ね」
「何なのよ、あなたの妹は!」
「ちょっと、気安くお兄様に話しかけないでよ」
「済まんが林檎、少し黙っていてくれないか」
「お兄様こそうるさい!」
「林檎……。そんな言い方をしてはいけません」
「……ごめんなさい、お兄様」
「やーい、やーい、怒られた~。
仲がお宜しくて結構でございますわね」
遥香の皮肉に、兄にしがみついたままの林檎は頬を膨らます。
とりあえず葡萄がその場の幕引きを図った。
「まあ、今回はご挨拶ということで、いろいろ事情はあるだろうから。
だが、お前と一緒にバレーボールがしたい、と俺は思っている」
一瞬、林檎の目に嫉妬の色が浮かんだ。
「分かりました、また……」
そう言って晴貴が差し上げた右手に葡萄がハイタッチで応じる。
「行きましょう、お姉さま」
晴貴が促すと、遥香が林檎に向けてアカンベエをした。
廊下でもう一人待ち構えている人物がいた。
「あ、おはようございます、陸上部です。
相賀君、成沢さん。陸上競技はどうですか?
知っていますよ、さくらロードレースに出ていたでしょう。
昨年は二人ともベストテンなんて凄い。
何か部活は決まりましたか?
J2?
練習は毎日なのですか?
週に一回で構いません。
正しい走行フォームを身につければ相乗効果が期待できます。
懇切丁寧にご指導します。
校長も言っている通り、バランス良く身体を鍛えるべきです。
やっていくうちに適性も分かりますから。
難しく考える事はありません。
トレーニングの一環に陸上競技は最適です。
そう言わずにご検討願います。
ええ、待っていますから。
軽い気持ちで、いつでも参加して下さい。
それじゃ、お話を聞いてくれてありがとう……」
陸上部の部長はあくまでポジティブ。
新校長の方針は絶好の追い風だった。
「相賀晴貴と成沢遥香、バネはありそうだな。
逃げ足も速そうだし、短距離向きかな……」
葡萄は二年生の教室へ、遥香は1組へ、
晴貴と林檎は階段で5組へ向かう。
「ついてこないでよ」
「同じ教室だろう」
「ストーカー?」
「だから席だって前後じゃないか」
「無駄に背が高いから黒板が見えにくい」
「変わってやろうか」
「後ろに回って何するつもり、イヤラシイ」
「考え過ぎだぞ、大体だな……。
失礼」
階段の踊り場で、ふざけ合った男子生徒が駆け下りて来た。
晴貴が林檎の腕を引き寄せ衝突を回避した。
「ありがとう。
……『大体だな』って言ったわよね。
それって相手を非難する時に使う枕詞よ」
「理屈っぽい女だな」
「細かい男ね」
晴貴が教室の扉を開けて林檎を導く。
「ありがとう」
「とんでもない」
お互い自分の机にカバンを置く。
晴貴が手を伸ばして林檎の椅子を引いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
二人とも椅子に腰掛け、カバンを机の横に下げる。
晴貴が後ろの席の林檎を振り向いた。
「バレーボール部の事は二人とも考えておく」
「あのバカ女は好きじゃないわ」
「バカだけど悪い人間じゃないよ」
「双子だからって庇うことはないのよ」
「『武道』先輩とは本当に兄妹仲が良いんだな」
「『武道』じゃないわ『葡萄』よ」
「母親は『蜜柑』だったりして」
「どうして分かるの!」
「お前の家はフルーツパーラーか?」
「私のお父様はお医者様よ」
「伊師医師ってか」
「あなたなんかより、お兄様の方が、断然ステキなんだから」
「何を言っているんだ?」
傍目には仲良く語らいながらのご登校に見えた。




