012《オリエンテーション》
本編06
正午にホームルームは終了。
教科書等を受け取り、高校生活一日目は解散となる。
昇降口前の駐車場は様子が一変していた。
スポーツ用品店が開設したテントで、
予約したジャージや鞄・上履等を受け取る。
JRと伊立電鉄も出張所を設けて、
定期券等の予約・販売、引渡を行っている。
書店が学習参考書や辞書、文房具を販売。
学校指定品の古着・中古品も安価で売られている。
宅配便・郵便局の荷物預かりブースも開設されていた。
許可を受けたキッチンカーまで開店。
敷地外では学習塾の勧誘が行われ、
いくつかの屋台まで出店している。
「おーい、こっちこっち」
相賀晴貴の姿を認めると成沢遥香が叫んだ。
「おお兄ちゃん、こっちこっち」
妹の媛貴も一緒だった。
それだけではなく遥美母さんに、
そのチームメートのママ軍団改め母さん軍団。
校門前で集合写真とそれぞれに記念写真を撮る。
主役の遥香と晴貴は外せない。
媛貴は常にしゃしゃり出る。
校門の撮影スポットは譲り合いなので時間がかかる。
母さん軍団にとってはいつものこと。
おしゃべりしながら気長に待つ。
今朝の出来事は既に知れ渡っていた。
晴貴は仕方なく全員にリップサービスをする。
これまで「○○ママ」と呼んでいたのを、
「○○母さん」と呼び掛ける。
なるべく自然な流れでひとりずつ。
反応は人それぞれだがほとんどは感激。
正直、面倒だがそれは言えない。
「がんばれ、これも親孝行の一つだ」
察した遥香が途中でエールを送ってくれた。
多賀冬海がこちらを窺っているのに遥香が気付いた。
「ふゆみぃ~! どうしたの、いらっしゃい」
呼びかけにモジモジしながら近づいてきた。
「あ、あの……今朝はありがとう。
た、助かりました」
チラチラ晴貴の事を気にしている。
冬海の手を取り、晴貴のもとに。
「晴貴~。新しいカノジョが来たよ。三人で写真撮ろう」
「カノジョ」という言葉に母さん軍団が一斉に反応した。
遥香はシメシメと悪い顔。
それぞれのスマホでスリーショット撮影をすると、
冬海が晴貴に礼を言った。
リボンと徽章を外して晴貴に返す。
リボンは遥香に渡すが、遥香は冬海に贈呈しようと堂々巡り。
結局、冬海のセーラー服はこの日のみ、
という事でリボンは遥香の元に納まる。
「それじゃ、ちょっとスマホ貸して」
遥香が冬海のスマホを取り上げ勝手にコール。
晴貴のスマホの呼び出し音が鳴った。
続いて自分のスマホも鳴らす。
「エッ、良いの」
「だって、私たちもう友達でしょう?
すぐにメールも送るから、
ハルキとハルカで登録しておいてね」
タイヤのスキッド音を鳴らして、一台の車が校門前に急停止した。
コンパクトカーの前3分の2を切り取ったようなフォルム。
全幅・全高は普通だが、
全長は軽自動車よりも短く3000ミリを切っている。
排気量は1329ccで定員4人のマニュアル6速。
元はシルバー×ブルーのツートンカラーだったが、
上部のブルーをピンクに塗装し直している。
慌てて腕章をした上級生の会場係が誘導のために駆け寄る。
窓から顔を出した二人の乗員を見て驚いた。
「ハルカ~ ハルキ~ おめでとう!」
そこにいたのは日曜日の夜のスポーツ番組でキャスターを務める、
元女子バレーボール日本代表の、西中郷素衣と高萩直だった。
もちろん遥香と晴貴の母たちの元チームメート。
ママ軍団改め母さん軍団の一員だが、
独身の二人に対しては「○○姉さん」と呼ばないと大変なことになる。
会場係は訳が分からないまま、来賓用駐車スペースに案内する。
一部の生徒や父兄が目聡く「タレント」を見つけて色めき立った。
きょろきょろとカメラを探す者も。
「ハァールキィー。でっかくなったな! 愛しているぜぇ~」
西中郷素衣が大袈裟に近寄ってくる。
「たったひと月で成長したものだ。
ところで私たちの事は何て呼ぶのかな~?」
今朝の事情を把握している高萩直も楽しげだ。
思わぬ成り行きに冬海は緊張、遥香は興味津津。
「おい晴貴、どうやって逃れるんだ?」
「逃げやしないよ」
何か考えがありそうだ。
近づいてくる二人に見せつけるように冬海の手を握った。
「誰よ、その娘!」
西中郷は常に本気のようだ。
「ごめん。素衣、直……」
敢えて呼び捨てにした。
「……おれは出会ってしまったんだ」
「嘘つけ、晴貴!」
「やっぱ駄目か。多賀、協力してくれてありがとう」
晴貴は予定通り簡単に引き下がった。
冬海は訳が分からず真っ赤になるのみ。
遥香がぽんぽんと肩を抱く。
「素衣、直、行くぞ!」
晴貴は強引に二人の手を取り、撮影スポットの校門に向かう。
自分達より背の高い、年下の晴貴に名前を呼び捨てにされる。
今までこんな感覚知らなかった。
『は~い!』
二人はコロリと手なずけられた。
「転がしているねぇ~」
遥香は感心した。
母さん軍団も笑い転げている。
楽しそうに撮影会が再開された。
「これは長引きそうだわ~」
遥香が冬海に同意を求めた。
冬海はただただ頷くのみ。
晴貴に握られた手を大切そうに胸に抱きしめた。
キャピキャピと数人の女子が近付いてきた。
『冬海姉さ~ん、また明日!』
5人の女子が多賀に声をかける。
「あ、みんな。さようなら、また明日」
多賀は丁寧にお辞儀する。
「どこかで見たような……」
訝しがる遥香。
長島依子・西津悠・沼尾柚亜・根岸桜芽・野村寿里の5人が私服に着替えていた。
ウィッグや伊達眼鏡も外している。
遥香にもバイバイと手を振る。
不思議そうな顔をしている遥香を見てキャッキャと笑い転げる。
『バイバ~イ、私たち6人姉妹で~す』
「5人なのに?」
首をひねる遥香に、多賀が何かを言いかけて諦めた。
今日は新鮮な刺激でいっぱいだ、自分でも頭を整理したい。
遥香たちは晴貴の母・貴美の墓参りの前に、
「ステーキ・ガッツ」に寄った。
母さん軍団が外食する時はいつもここだった。
昼の混雑が落ち着く頃に16名で予約を入れておいた。
年に数回、店側としてもありがたい団体客だった。
ランチメニューには目もくれず、とにかく肉を食べまくる。
ほとんど全員が1ポンドステーキを注文した。
媛貴までもが1ポンドステーキを頼んだ。
晴貴はあえてチーズINハンバーグと海老フライのセットにする。
こうしておけば媛貴が飽きても問題ない。
西中郷素衣と高萩直がとにかくはしゃいでいる。
晴貴に呼び捨てにされたのが、
「女」として扱われたような気がしてご満悦だった。
仲間たちにからかわれてもどこ吹く風。
いつの間にか二男の結貴も合流している。
遥香がメールで呼んだのだ。
結貴は遥香には絶対服従、逆らえない。
媛貴はステーキを一切れ食べると案の定、
晴貴のハンバーグと交換をせがんだ。
遥香はホームルームを思い返して嘆いていた。
「それにしても、自己紹介はくだらない一流意識と、
浪人前提の他力本願ばかり。
『名門校に入学できて良かったです』
『誰か東大に入って下さい』
『4年計画で○○大学を目指します』
『現役で○○予備校目指します』
一瞬の笑いが欲しいのかどうか知らないけど、バカみたい。
校長先生の言っていた事って、本当に的を射ているみたいね。
晴貴の5組はどうだった?」
「似たようなものだ、うんざりした」
「面白いこと言った人いる?」
「中学でハル姉ェと一緒のクラスだった、
サッカー部の骨本がガツンと言っていたな」
「ポンコツくんが何だって?」
「一高でサッカーするために必死に勉強して入学しました。
サッカーするために必要なら大学に行きますが、
今はどうでもいい事です……って。
アイツ元々勉強出来るよな?」
「IQ139。
英語さえ人並なら氷戸一高→東京大学って言われていけたけれど、
残念なことに最初に願書を出したのは賀多高」
「そんなに英語が残念なのか。
でも一瞬で教室内の空気を変えやがった」
「気骨・反骨のポンコツくんらしいわね」
「あれは反発してワザと言ったんだな」
「そう言えばアヤナミ四人衆は? 全員5組だったよね」
「いつの間にか一人増えていた。ナガトFIVEだ」
「なにそれ?」
いつもながらの楽しい食事会だった。
それが母さん軍団の現役時代からの作法だった。
これから貴美の墓参りに向かう。
晴貴・結貴・媛貴の笑顔。
それこそが故人に対する最高の手向けだと知っていた。




