103《卒業写真》
本編53
小木津亜弥と多賀冬海にけしかけられたものの、
成沢遥香は途方に暮れる。
『本当の家族になっちゃいなよ!』
本当の家族って何だろう……。
晴貴と結婚するってこと?
笑っちゃうわ、そんなこと……。
晴貴はどう思っているのかな。
だって、生まれた時から……、
ううん、生まれる前からきっと一緒だった。
お母さんと、貴美ママのお腹の中。
本当の双子のように……。
本当の双子じゃないけれど……。
幼稚園児の時は、
お互い大好きとチューばかりしていた。
小学生の時も、
二人のチューは特別な事ではなかった
中学生になると、
さすがにキスの特別の意味も知った。
あれは中2の夏休みだったかな、
おじいちゃんの道場の合宿で、
私たち姉弟四人が雑魚寝していた、
寝ている晴貴の唇でキスの真似事。
唇を合わせてみたが、なんだかな~、
これと言って、
トキメキはしなかったけど。
有効という事にしておこう。
林檎よりは先になる……。
そういえば、双子じゃないって打ち明けた時、
『何ですって!』って、
林檎はもの凄く驚いていたけれど、
結局のところ、信じてはくれなかった。
あの娘も相当の天然ね。
ふと、油縄子島でのことを思い出す。
林檎は分校の、
小学校の先生になりたいと言っていた。
葡萄お兄様も、
通信制大学で教職を目指している。
満天の星空の下、
みんなで卒業後の、
将来の夢を語り合った。
「私は漫画家になりたい」
「私は声優。冬海の作品で主役を務めるの!」
「私は獣医さん。もしくは動物園の飼育員、
じゃなかったらペットのトリマー」
「私はプラネタリウムの解説員がいいな」
「私は図書館司書」
「私は宇宙飛行士」
「ノイヴァ!」
私は、何になりたいのかな……。
「遥香はバレーボールでオリンピック金メダル。
兼、お天気お姉さんで決まりだね!」
何になりたいのか、何をしたいのか、
真剣に考えた事があったかな……。
ただ、ただ、毎日が楽しかった。
家族と笑っていられる事が第一だった。
お父さん、お母さん。
相賀パパ、晴貴、結貴、媛貴。
近所の子供たち。
素衣お姉ちゃん、直お姉ちゃん、母さん軍団。
伊立北部シュトゥルムのみんな、
寮の賄い大増ご夫婦……。
みんな、みんな家族だ、大家族だった。
「遥香お姉ちゃん、こっち、こっち」
賀多中制服姿の媛貴が手を引く、
あれ、中学校はどうしたのかな?
そうか、晴貴のお見送りか、
放課後じゃ間に合わないものね。
いざとなった時「行かないで」って、
駄々をこねないと良いのだけれど。
校門近くに母さん軍団、そして晴貴。
全員で記念撮影。
いつもこうしてきた。
これが、最後だ……。
お母さんが貴美ママの遺影を持ち、
私と晴貴が両側に並ぶ。
媛貴はおお兄ちゃんと離れない。
次々に母さん軍団が入れ替わる。
遺影を引き継ぎながら、
みんな泣いている。
困ったな、晴れの門出なのに……。
私は笑顔で送り出すよ、
だって、大切な『弟』だもの……。
一通り母さん軍団の記念撮影が終わった。
最後に媛貴を挟んで一枚。
晴貴目当てのギャラリーが取り巻いている。
下級生や他校の女生徒も。
亜弥と冬海も遠巻きに見ている、
五人娘の姿も。
そこに、行こう。
無意識に向かおうとした。
「まだダメだよ、遥香お姉ちゃん」
媛貴が私の手を離さない。
そして、晴貴の手と重ね合わせた。
母さん軍団が一斉にカメラを構える。
晴貴の手を握るなんて、久しくなかった。
あれ、こんなに大きかったかな、
温かな手は、お父さんと同じだ。
いつの間にか、ずっと先に行かれちゃったみたい。
確かに、今日、
独りで、遠くへ行っちゃうんだよな。
これで勝ったなんて思うなよ!
「遥香、ふたりで一緒に撮ろう」
バカ晴貴、私を名前で呼ぶな、
上から目線で、私を『妹』扱いするなんて、
何様のつもりよ!
最後まで『ハル姉ェ』で良いじゃないか。
そんな他人行儀な、
本当は他人だけれど……。
そうじゃないだろう、私達の関係は……。
『18年間の奇跡……』
「ずっと一緒だったよな……」
バカ晴貴、また変なことを言ったから、
顔を上げられない。
幼稚園、小学校、中学校、高校入学まで、
何かあると、二人で並ばされて撮影された、
それが当たり前すぎて……。
だから最後も、
笑顔で写真に収まりたい。
明るくハイタッチで送り出すんだ。
それなのに私は、
俯いたまま震えている。
晴貴が空いた左手で、
私の頬の「汗」を拭った。
優しくするな!
汗が止まらないじゃないか。
ギャラリーがささめいた。
晴貴が身を屈める。
何をする気……。
覗き込むように顔を寄せてきた。
どうしよう……。
このまま……。
ギャラリーが息をのんだ。
一瞬、静寂が周囲を包む、
晴貴の身体がフワリと浮いた。
「百万年早いぞ、バカ晴貴!」
遥香の叫び声とともに、
晴貴の身体が地面に叩きつけられる。
ブレザーのボタンがはじけ飛んだ。
固まったままのギャラリーの目前で、
コロリと、転がる。
次の瞬間、女生徒達の奪い合いになった。
「いて、て、て……。
何をしやがる、バカ遥香!」
「バカはお前だ、血迷ったかバカ晴貴!」
「幼稚園の時は散々チューしていたじゃないか」
「あの時は、幼稚園児だ!」
「小学生の時だって」
「微笑ましいじゃないか!」
「中学2年の……うげっ」
マウントポジションを取ると、
両手で晴貴の顔を鷲掴み。
「それ以上言ったら殺す!
あれは練習……って、
寝ていたんじゃなかったのか!」
「俺は眠りが浅いんだ……うがっ」
太ももが露わになったが構わず、
遥香は流れるように右腕を極めにかかる。
さすがに晴貴も抵抗。
ここぞと媛貴が飛び入り。
こんな面白そうな事態を、
五人娘が放っておくはずがない。
どさくさに紛れて、リオが晴貴にチュウ。
「あーっ、ズルいぞリオ!」
「キスは当たり前だよ……。
じゃなかった、ベイジュエナツゥナル」
「いつもそんなこと言っていたの!」
「高校卒業までに私もしたかった!」
「ねえ、まだ間に合うと思わない?」
「ここで済ましちゃおう!」
「それ~、抑えつけろ~!」
「ミッション、クリア~ッ!」
「ベイジュエナツゥナル!」
血相を変えて西中郷が参戦する。
「小娘ども! 私の晴貴に手を出すな!」
いかん、素衣姉さんはマジで舌を入れて来るゾ。
何としても脱出しなければ、
骨本! 奉行! ボーッと見ていないで助けろ!
ギャラリーの中、骨本勝征と奉行十三が呆れ顔。
「ある意味、公開処刑だな」
「相賀を助けてやるか?」
「放っておこう、とてもピンチには見えない」
「俺もそう思う……」
二人は頷いてハイタッチ。
遥香は独りさっさと肉弾戦を抜け出し、
亜弥と冬海に合流。
晴貴はと見ると、既にブレザーははぎ取られ、
ネクタイもワイシャツも破れまくり。
「世話が焼けるな」
「世話が焼けるわね」
「本当に世話が焼けるんだから」
三人は顔を見合わせると、
晴貴に向けて声を揃えた、
『卒業おめでとう!』
笑いながら、代わる代わる両手でハイタッチを交わした。




