真意
たかが1人の死……それも、戸村としては望んでいたものであろう者の死。
しかし、戸村は決して喜びの表情なんて覗かせなかっただろう。
なんせ、死ぬ程の何かを患っていなかった者が、突然自ら命を絶ったのだ。
機材を隔てた先の人物との会話を終えた戸村は、私にこう言った。
「先生、あの人の件で呼ばれたんですけど、付いてきてもらえませんか……じゃないと逃げてしまいそうで……」
「ああ、構わん。私も知りたいんだ」
過去と、最悪の過去と向き合う──そんな事は、誰しもがしたくはない事だ。だか、同時にそれは、絶対にしなければいけない事なのかもしれない。
私は自ら、彼の逃げ道を塞いだ。
「実はもう呼んでいるんだ」
「………え? 」
外からのノックの音──何の変哲もない、はずのノック。
だか、二重にも三重にも音は響き渡り、その度に空気は固まり、手も、足も、脳も……異常をきたす。
脳は思考を止めながらも、体の震えは激しくなり、目は開き続けながらも、何処も捉えることは出来ない。
「お、おへゃいりください」
戸村を気にし過ぎるあまりに噛んでしまった。が、戸村はただただ空気を体内に循環させようとしている。
「……落ち着け。もう死んだ奴の事だ。あくまで、向き合うだけでいいんだ。お前がこれから知る事がどんなにお前にとって悪い事でも、ただ知るだけでいいんだ。影響を受けないといけない訳じゃない」
「そ、そうですよね。何を言われても、聞くだけでも……何も感じなくても……いいんですよね」
なんとか、落ち着いてくれたのだろうか。戸村は、呼吸のリズムを思い出した。
「失礼します。これを渡しに来ました。読むか読まないか、中の物をどう扱うか、そしてこれからどう過ごすか、全てあなたの自由です。それでは」
初めて聞くはずなのに私は懐かしさを思い出した。
似たような経験をした。
辛さに次ぐ、無責任な優しさという辛さ。
自由宣告なんて優しさは時と場合で、究極的な辛さになる。
全て自分が選ばなければいけないからだ。
私なら戸惑うだろう
────だか、戸村は私ではない。
戸村は
「決断した事を必ず実行する人間だった」
パラ、パラ、、パラ、、、パラ、、、、…折られた紙を開く。何重に折られていたのだろうか。
かなり長い時を過ごした。
手紙の内容は案外単純なものに前書きも何もかもくどかった。
「慶太くん。俺は、これまで君に何も出来なった。君は俺のことが嫌いだろう。そんなことは分かっている。本当は君に、無理だと分かっていたが直接伝えたくて来てくれなかった。だから、こんな形をとった。俺は、君にあってはいけない存在だから。無論、君がこれを読んでいるとも限らないが、最初で最後なんだろうか……謝る事を許してくれ」
「ごめん」
「君と初めて出会った時に、うまく笑えなくてごめん。その日にハンバーグを作ってごめん。食事中に君に話し掛けようとしてごめん。君に夜まで話し掛けようとしてごめん。寝る時におやすみなんて言ってごめん。起きてからおはようなんて言ってごめん。朝勝手に食事を作ってごめん。昼食の弁当なんで作ってごめん。帰ってきた時におかえりなんて言ってごめん。その夜に魚料理を作ってごめん。スポーツ観戦なんかに誘ってごめん。朝何が食べたいかなんて聞いてごめん。一緒に風呂なんて入ろうとしてごめん。一緒に寝てごめん。朝遅刻しそうだからって起こそうとしてごめん。昼にメールなんか送ってごめん。夜に中華料理なんて作ってごめん。旅行なんか誘ってごめん。銭湯になんて誘ってごめん。勝手に寝床を作ってごめん。君の誕生日にプレゼントなんて贈ってごめん。君にケーキなんて買ってごめん。クリスマス、サンタの格好なんてしてごめん。正月一緒に初詣に行こうとしてごめん。君と1年間過ごしてごめん。君にお小遣いをあげてごめん……君と家族になろうとしてごめん。君に料理なんて作ってごめん。君と関わろうしてごめん。君に話し掛けようなんてしてごめん。君と一緒に生活しようとしてごめん。君と同じ空間に居ようとしてごめん。君の事を考えてごめん。こんな手紙を書いてごめん」
「ごめん」
「ごめん」
「ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。」
「本当にごめん……さよなら」
単純な内容だった。
「ごめん」の羅列を繰り返す、単純な内容だった。
「先生、実はあの時……僕は、虐待を受けてた訳では無いんです。僕は、あの人と喧嘩をしたんです。あの人が、うるさくてうるさくてたまらなかったから。僕はあの人に殴りかかったんです。あの人と僕が家族になんてなれると思ってなかったから。拒んでいたのは僕だけだったんですね」
「戸村、お前はこれからどうするんだ」
「とりあえず先生の家は出て、カウンセラーにでもなろうかと思います。僕みたいな人いて欲しくないんで」
「……そうか。分かった。頑張れよ」
ろくな言葉は出なかった。こういう時に何か言った方が良いのだろうと思ったが、私には、そんな力がなかった。
「はい。今までありがとうございました」
戸村は、顔を見せない様に頭を下げた。
「お前に鍵を渡しておく。いつでもこい。これから私が3代目の父親みたいな存在になりたいんだ」
今、何も出来ない私の雄一出来ることだった。
「3代目の父親」なんて言葉もおこがまじかったが、言わなければいけない気がした。
「分かりました。これから、親不孝にはしないで見せます。僕は3人の父親と墓に入るんですね。ちょっとおかしいです」
「そうだな。私もそう思う」
戸村は、やっと過去と向き合った
──が今、そいつと同じ声をして、親父だの先生だのいう金髪ピアスの陽キャ自称カウンセラーが私の目の前に現れた。
「お久です! 」
「だれ?お前」
「ひどいなー戸村ですよ。戸村。一緒に暮らしたじゃないですか」
どうやら本当に本人っぽい──いや、変わりすぎだろ。
こいつが本当にカウンセラーかどうか疑問に思っていた。
「先生、そう言えば実は担当でさ──」
突然の頭痛と耳鳴り……これまでの疲れが回ってきたのだろう……連チャンで徹夜をやり過ぎたか。
「先生、大丈夫ですか。なんか物凄い痛そうですけど」
「あぁ、大丈夫だよ。」
心配をかける訳にはいかない……私はそう思い、言葉を返した。
「おかえり」
「ただいま」
私たちはそんなごく普通な言葉を交わした