血縁
「何か……飲むか? 」
「……いや、要らないです」
一体どれほどの時間が過ぎただろうか。
家の中には入れたものの、どうすれば良いのか分からない。
振り続ける雨がその焦りをより一層募らせる。
「お前から言うんだ。そうしないと終わらない」雨が語りかける。
だが、私はそれに従ってはいけない。
戸村みたいな奴に私からどうこう聞いた瞬間恐らく否定する。
あいつの心の準備ができてない内に話し掛けるなんて出来ない。
──そうしてしまうと、終わってしまう。
「せ……先生……」
「なんだ」
戸村は、か細く、何かに怯えるように話し出した。
「先生……僕をしばらく……」
「分かった!許可する」
彼の言葉を遮り、私は声をあげてしまった。
「え? 」
──待ちに待ちすぎた。
「あ……いや、あれだろ?宿泊だろ?いいよ」
「で…….でも、しばらくの間ですよ」
「いいんだ。私が決めた。お前は従え」
「……はい」
その時、戸村は今日初めて私の目を見た。
そして私は自分としても抉りたくない傷を抉りはじめた。
知らなければいけない気がしたのだ。
「すまないが、なにがあったか……よければ教えてくれないか? 」
「あ、そうですね……端的にいえば、家庭内暴力ですよ。バットだの角材だの家にはたくさんあるんです」
戸村は自分を落ち着かせるように、ゆっくりと話した。
「あとですね……私実は、義父……もっと言えば養父に育てて貰ってるんです」
「養父?この書類の父親と母親ってのは嘘なのか ?」
「そうですね……そこに書いている父と母はこの世にいないんです。」
──そうだ。そうだった。書類の親は本人の意向によっては、変更しなくてもいい……つまり、戸村は……永遠にその親の子でありたいんだ。
しかし……そんな中、私は彼に再び過去を……その時を振り返らせたんだ。
「そう……だったな……すまない」
私は、さらに傷を抉ったのだ。
「あの人は今、捕まってるんです。ただ、帰って来てからまた、あの生活に戻るなんて……きついんです」
「お前の養父さんは、お前とまた暮らそうとするんじゃないか?私から引き離したり……」
「ないですよ。そんな事、僕なんかいない方が清々しますよ。絶対。この行為はあの人の為でもあるはずですよ」
戸村は鋭い眼光を私に向けた。
「そうか……分かった。すまない」
謝る事しかできなかった。
「そういえば、お前が私に保護されるなんて……いきなり大丈夫なのか? 」
そう聞くと、戸村は私に手紙を渡した。
「大丈夫ですよ。これ読んでみて下さい」
「なぁ、いきなり私の名前が書いてあるんだが」
「あぁ、気にしないで下さい。お借りしました」
「借りたってお前……」
「とりあえず読んでみて下さいよ」
勝手に名義を使った上、ろくな説明もせず私を戸村は急かした。
手紙にこう書かれていた。
────親愛なる鉄人様へ。
この度はご相談を頂き、多分承諾してくれるだろうなーと思い、彼に貴方を勧めました。ろくに他の人と関わらない貴方には丁度いい機会だとも思いますので、よろしくお願いします────────。
「なるほど」
とりあえず私は手紙を破き、自らの名前を書くことすらしない腰抜けが左遷される事を心の底から願った。
「さて、戸村。お前はどれくらいの期間家に居るつもりだ? 」
「あ、あぁはい。そうですね。短くて後4年って所ですね」
戸村は手紙を破った私を見て、戸惑いながらもしっかりと質問に答えた。
「分かった。4年間の暮らしは任せろ」
「はい、先生」
戸村に向かって男らしく宣言をして……
──から1年。
「なぁ、4年と言わず、あと10年位家に居てくんない?つーか、うちの使用人とか……」
「駄目ですよ。先生。そうすると貴方が駄目人間になります」
私は、家事全般をあいつに任せていた──いや、あいつの飯とか結構上手いし、正直自分でやると疲れるし……まぁ、とにかく他人に任せるという楽さを覚えてしまった。
そして、そのまま2年が経ったある日に
戸村の所持していた電話が音を響かせ、戸村が逃げていた人物について聞かされた。
現在──いや、過去と言うべきだろう。
戸村が知ったときには既に終わっていた。
時も、場所も、生命も。