エルフの娘はいただきたい
エルフは肉を食べない。乳も酒も飲まない。
そう広めたのは誰なのだろうか?
エルフだって、肉を食べるし、乳も飲む。
魚も捌くし、酒も飲む。
……まぁ、酒は個人的には苦手だが。
そもそも、森の中での狩猟でエルフの弓の技術は磨かれるのだ。
エルフが弓の名手なのは知れ渡っているのだが、狩もせずにどうやって、何の為に弓の腕を上げると思っているのか?
動かない的で練習したところで、限界があるだろう。それとも、対人戦で鍛えるとでも思われているのだろうか?
どんな好戦的な種族だと思われているのやら……
「きっと、初期に外界と接触したエルフが、たまたま肉嫌いだったんだろうなぁ」
目の前の男がそんな予想を口にする。
エルフの大半は森の中で生涯を過ごす。
そこから飛び出した者が、たまたま肉嫌いだった。
そんな、個人の嗜好が種族全体のものだと誤解されるくらい、エルフは外界と接触を絶っていたというのか。
たしかに、最近は昔よりマシになったとは聞くが、私が旅に出るのも大いに反対されたからな……
「いや、嬢ちゃんはまだ16だろ?」
「人間は16ともなれば、子供のひとりは産むだろう?」
「いや、辺境はともかく、王都周辺だと最近はもう少し大人になってから……」
「王都周辺など、ごく一部の例外ではないか。なら16というのは、充分大人だ」
「そういうことはもう少しくらい成長してから言えよ……」
「むぅ、胸はエルフ故に平たいのは仕方がないのだ!」
「胸のハナシじゃねぇ……」
まったく、男というものはすぐちんまいだの、ちっこいだの、もっと大きくなってからだの、胸の話ばかりする。
そのくせ、すぐに誤魔化すのだ。
「そんなことより、分け前だ! 私だって食べるのだから、ちゃんと切り分けてくれ!」
「はいよー」
そう、何で肉の話になったかといえば、今日のエモノの分配がきっかけなのだ。
エルフだから肉より金の方が良いんじゃないか? などと聞かれたのだ。
そりゃぁ、現金収入は嬉しい。
他のエモノなら、素材や肉より金を取ることもあるだろう。
だが、今日のエモノは山イノシシなのだ。
肉を取らない理由は無い。
山イノシシ……別名初心者殺し。
討伐ランクは6。
当然、正規の依頼なら初心者に受注させるような相手ではない。
だが、モンスターのランクなど知らない村人などが、旅の冒険者に山イノシシ退治を依頼してしまう事があるのだ。
初心者はその名前から「でかいイノシシ」という認識で依頼を受けてしまう。
依頼を出す方も、「大きなイノシシ」と訴えてくる。
だが、実際はそんな認識は甘い。甘過ぎる。
山イノシシは、小さなものでもオーガの背丈を超える体高がある。
通常サイズなら、一般的な家ほど。
最大サイズはそれこそ「山」と形容するに相応しい大きさになるという。
そして、今目の前で倒れているコイツは小さな砦ほどのサイズだ。
このサイズだと、ランク7相当として扱われ、緊急依頼が発令。こうして大同盟で対処したのだ。
緊急依頼はワリに合わない仕事だ。
だが、山イノシシ狩は違う。
退治後の肉の持ち帰りができるのだ。
なにせこの巨体。
文字通り、売るほど……いや、腐るほど肉があるのだ。
下手に流通に流すと肉の価格が爆下がりするので、転売しない。という条件で冒険者が持ち帰れる。
……まぁ、実際は転売する者もいるが、少量なら目溢ししてもらえるらしい。
私は食うが。
なんせ、美味い。そこらの獣の肉とは比べものにならない位には。
ドラゴン肉とどちらが美味いか? なんて論争もあるくらいだ。
私自身はドラゴンは食った事がないので、その論争には参加できない。
「ほらよ」
「感謝する」
切り分けられた肉を受け取る。
ふふふふふふ……これだけあれば、当分肉三昧でも一月は持つ。
保存魔法万歳!
「嬢ちゃん、この場でも食うだろ? 一緒にどうだ? 王都風シチューなら作ってやれるぜ」
男がそんな事を言ってくる。
コレはアレだ。
ナンパだ。
今回の依頼で初めて一緒に組んだ男だ。
筋肉ダルマな見かけによらず、魔法もそれなり以上に使いこなすし、保存食を美味く食う調理方法なんかにも通じている。
何かと博識だし、指揮能力も高い。
イケメンというわけでは無いが、顔は……まぁ悪くはないと言える範疇だろう。
私は生娘ではあるが……まぁ、そういうことに興味がないわけでは無い。
早速一発……などというようながっつく男なら願い下げだが、先ずは食事から——と言われれば、まぁ応じなくもなくはない。
「良いだろう。な、ならば、エルフ風の串焼きも食わせてやろう」
「お、そいつは食った事はないな。楽しみにしている」
ふふふ、母から「男を元気にする料理」として習ったモノだ。
たっぷり食べて、夜に備えてもらおうか。
◆
後の王都にこんな噂が流れる。
——一晩で王都全ての娼婦をダウンさせた冒険者がいるらしい——