9話 作戦会議??
(なぜこうなった…?)
あごに手を当てて考えるアーサー。
五人の美女たちに囲まれ、身体中をホールドされている…。
五人それぞれが俺を癒すんだと主張しており、現在進行形でもみくちゃにされている。
バチバチと火花が飛ぶ中、それでも馬車は村を目指して進んでいた。だが、御者をしていたクロエも俺をホールドしている。では、誰が馬車を操作しているのかと言うと、アスタロトの悪魔召喚の能力により、低位の悪魔を召喚して御者をさせていた。
召喚した悪魔は、上級悪魔の使用人として使える種類の悪魔であり、戦闘能力はかなり低い。だが、身の回りの御世話に関しては実力を発揮し、馬車の操作も御手の物だ。
念のため、召喚した悪魔には、アスタロトの隠蔽の能力によって人に見えるように細工されている。
俺はこの現状に疲れはて、深い溜め息を吐く。少し脱力して、油断したところに、ミネルヴァが後ろから抱きついてくる。カーリーも隙をついて、膝の上に乗っかる感じで前から抱きついてきた。
「なっ…!なにをっぷ…!」
喋り終える間もなく、頭を抱き寄せられ、胸の谷間に顔が埋まる…。
「「「「あーー!」」」」
他の女の子達から悲鳴のような叫びが上がる。抜け駆けは許さないとばかりに、協力してカーリーを引き剥がそうとする四人。だが、とんでもない力で抱き締められているため、なかなか剥がせない。抱き締めるのに念力の力を使っているためだ。
急に抱き締める力が強くなったため、胸に顔が埋まっているアーサーは苦しくて息ができなくなった。顔を起こそうにも、いろんな方向から力を加えられているため抜け出せない。
(ヤバい…死ぬ…)
心で呟くが、もちろん誰にも聞こえない。ここでアーサーは窒息から抜け出すために、力の限定解除を行う。そして両手を振りほどき、胸から頭を解放する。
なんとか窒息は免れたものの、カーリーとミネルヴァはまだ抱きついたままだった。他の三人は尻餅をついただけで、すぐに参戦しようと立ち上がってきた。
「ま、まて!悪ふざけはここまでだ!」
俺がそう言うとみんなしょんぼりする。しかし、突然予想もしないような異変が起こる…。
「あれぇ…?」
と、俺の膝にまだ跨がっているカーリーからそんな声が聞こえた。何かを感じたのか、膝から降りて、馬車の進行方向を眺める。
「どうかしたのか?」
俺がそう尋ねると、カーリーが不思議そうな感じで話し出す。
「それがですねぇ…この先、おそらく村からだとおもうんですけどぉ、そこからアーサー様に対して、恨みの感情を抱いてる人がいるみたいなんですぅ…」
そんなことを言うカーリー。彼女はアンデットで、元々は闇のエネルギーと魂の融合体であり、死霊や亡霊と言った存在だ。そのため、負の感情や殺気に敏感なのだ。そして、進化したことによりかなりの距離まで感知することが可能になった。しかも、相手が強く思っていることを端的に読み取ることもできた。
「え?俺?」
突然自分の名前が出てびっくりするアーサー。カーリーは話を続ける。
「はぃ…『アーサー』『復讐』の感情が伝わってきました…」
それを聞いたとたん、彼女達の目の色が変わった。
「アーサー様を恨むなんて、どこの小者さんなのでしょうか?分際を弁えるべきですね」
そう言うアイリスにクロエが続く。
「切り刻んでモンスターのエサにいたしましょうか?」
「クロエ様、それもよろしいですが、まずはじわじわといたぶって、アーサー様に牙を剥いたことを後悔させてからですね」
すかさずミネルヴァが付け加える。
「拷問はおまかせください!悪魔の得意分野であります!」
それに対し、アスタロトも鼻息を荒くする。
あれよあれよと抹殺計画が進むなか、また嵐が吹き荒れるのか?と思いながら、アーサーは本日二度目の溜め息を吐くのだった。
このままでは収拾がつかなくなると思い、とりあえず彼女らを落ち着かせることにした。
「まあ待ちなさい、君ら少し物騒だよ?眷属なら俺の気持ちを少しは理解してくれ」
「ですが、害意があるとわかっていて見過ごすことはできません」
わりと真面目に意見をするアイリス。感情的にはなっているが、真剣に考えているようだ。
「わかってる、俺も見過ごすつもりはないよ。向こうがやろうって言うなら排除するさ。と言っても、相手はただの人間でしょ?」
カーリーの方を見て尋ねる。
「はぃ…伝わってくる感情からすると、人間の女みたいですぅ…」
「そっか、了解。…ただの人間なら殺すのはまずいな。それに、可能性としては、おそらくトリスタンの人間だから尚更まずい…」
俺は首を捻り考え込む。敵がトリスタンの人間だと言うことは、騎士王の信者である可能性が高い。まさか、相手が知らないとは言え、自分を信仰する者を殺すなんて出来る訳がない。だが、適当にあしらえば更に恨みを買う可能性もある。
(どうすりゃいいのか…)
心の中で若干呻きつつ、自分の周囲にいる者達を見回す。
アイリス、クロエ、ミネルヴァ、カーリー、アスタロト。俺の眷属達だ。
(眷属…眷属…眷属…眷属………とりあえず、眷属にしてしまえばいいのか…な?俺の信者なら眷属に出来る確率は高そうだしな。そうすれば裏切れないし…)
ただ不安材料としては、相手が複数人いた時だ。流石に適当に眷属を増やすのは躊躇われる。戦力にならない者を眷属にしても意味がない。かといって、脳筋ばかりだと戦略的に劣ってしまう。
せっかく特殊な力を持った眷属が増えたのに、その能力を活かせれないのはもったいない。そこで俺は彼女達に提案してみることにした。
「なぁみんな、聞いて欲しいんだ。俺は、出来れば自分の正体を隠したいんだ。でも、今回はおそらく正体を明かすことになると思う。で、その後処理なんだが、俺の正体を口止めさせる良い方法は無いだろうか?出来れば相手に危害を加えない方法で頼む。もちろん洗脳の類いも禁止だ。何か良い案があったら教えてくれないかな?」
俺がそう言うと彼女達は顔を見合わせ、順番に顔を横に振っていく。そして代表してアイリスが答える。
「すみませんアーサー様、少し御時間をいただけないでしょうか?私どもで考えてみようと思います」
「そうか、わかった。じゃあしばらくそこら辺を散歩してくるよ。30分ほどしたら戻ってくるから。最悪、俺が脅せばなんとかなると思うから、難しく考えなくてもいいよ。じゃあまたあとで」
そう言い終わると、アイリスはお辞儀をして見送ってくれた。俺は軽く振り向きながら、手を上げてアイリスに答える。他の娘達を見るとすでに話し込んでいるらしく、こちらには見向きもしない。 俺は少し苦笑いを浮かべ、その場を歩き去った。
暫く歩くと周りから気配を感じる。
モンスターだ。
ただ、周りと言ってもけっこう離れていて、一番近くて200メートルくらいだろうか…。向こうは気づいていないだろうが、俺はデュラハンの力のおかげか、集中すれば2~3キロ圏内のモンスターの正確な位置と距離、あとおおよその強さを把握することができる。
(さて、この周囲に強い個体はいるかなっと…ん、一匹いるな。距離は約2キロ…強さは…Cランクか)
アーサーは立ち止まり、思案する。この散歩自体、時間を潰すためであったが他の目的もあった。
自分専用の乗り物を確保することだ。
馬車があるとはいえ、それには彼女達も乗っている。Cランクを超える強者と言っても女の子なのだ。個人的に戦いに巻き込むのは気が引ける。そばに自分がいるときは、彼女達には徹底してサポートに付かせ、危ない戦闘は全て自分が引き受けるつもりだ。
彼女達は納得しないだろうけど…。
とまぁ、そう言う訳で、便利なモンスターを探していた。
(できたら人を乗せて空を飛べる奴がいいんだが…そうなるとやっぱりドラゴンか…?そもそもドラゴンがいるかどうかもわからん…何気なく聞いておけばよかった…)
ドラゴンは存在する。モンスターの中でもかなり強い部類になり、ランクもC以上しか存在しない種族だ。もちろん、アーサーが知るはずもない。
少しだけ後悔しながらモンスターの気配を探る。すると、願いが届いたのか、空から気配を感じる。俺はすぐさま近くの木を駆け登り、気配のする方向に意識を集中する。目に魔力をこめ、千里眼の真似事をしてみた。これは、眷属達の能力の一部を共有、又は真似ることができ、それを一時的に再現することができるのだ。
モノマネ千里眼で見た結果、どうやら鳥形のモンスターらしい。鳥にしてはでかいが、それでも体長1メートルと言ったところだ。ランクもEでかなり弱い。
アーサーはがっかりして木から落ちるように飛び降りた。そのまま背中から地面に激突し、ドスンッ!と言う大きな音を立てた。アーサーはそのまま仰向けで大の字に寝転がった。地面は少しへこんでいたが、アーサーにダメージはない。
寝転がったままアーサーは少し考えてみた。
(Cランク以上のモンスターは珍しいのか?それとも、ただ単純にこのエリアのモンスターが弱いだけなのか…?)
周囲のモンスターの平均レベルが低いため、アーサーは乗り物探しを諦めて彼女達の元へ引き返すことにした。
「おかえりなさいませアーサー様」
最初に声をかけてきたのは、やはりアイリスだった。目視できる距離より前に、既に察知していたらしく、こちらをずっと見ていたようだ。もちろん他の四人も、その能力から考えて気づいているはずだ。
で、その四人はと言うと、まだ話し込んでいる…。
「まだ戻ってくるのは早かったかな?」
俺がそう言うとアイリスは困った顔をして首を振る。
「いえ、そう言う訳ではないのですが…なんと言いますか、やはり気がはれないようでして…」
「え?どう言うこと??」
アーサーは、訳がわからず呆けた顔をしながらたずねた。
アイリスが言うには、どうやら俺に対する敵対心がどうしても許せないらしい。そのため、俺の希望を叶えられるギリギリのラインで断罪したいらしい…。
(ま、まぁ…その気持ちはうれしいんだけど…毎回こんな感じになるとちょっとしんどいな…)
俺は内面でげっそりしながらポーカーフェイスを演じ、今も話し込んでいる四人に声をかけた。
「さあ、そろそろ物騒な話はやめて、とりあえず話をまとめようか?」
そう言うと彼女達は少し残念そうな顔をして、俺の向かいに並ぶ。
「じゃあとりあえず、アイリスから聞こうか。とっその前に…立ったままだと疲れるから…」
俺はそう言うと、辺りを見回す。わりと大きめの木を見つけて、それを剣で1メートル感覚で切断していき、六本の円柱を作った。それを近場に立てる。今度は立てたまま、横から切れ込みを入れる。中央より少し先まで切れ込みを入れると、次はその切れ込みの位置に向けて、真上からまっすぐ剣を振りおろす。
そうして完成した物は、人一人が腰掛けれる、背もたれ付きの椅子であった。適当に作った物なので、座り心地は全く考えてないが、座るだけなら問題の無い物ができた。
円を書くように椅子を並べて、皆それぞれ座ってもらった。
「じゃあ、さっきも言いかけたけど、アイリスから聞かせてもらおうか。」
「はい、おまかせください。まず始めにお伝えしますのは、個々の意見を聞いて、それを考査し、一つの内容にまとめあげたものとなっております」
「それってつまり、内容は完成してて、あとは俺の了解次第ってこと?」
「そうなります」
「こんな短時間ですごいな…最終的に、俺が意見をまとめあげれば良いかぐらいに思ってたんだけど、まさかここまで優秀だとは…」
「お誉めいただきありがとうございます」
感心するアーサーに普段通りの表情で御辞儀をするアイリス。内心では転げ回るほど大喜びなのは言うまでもない…。
「じゃあ内容を聞かせてもらおうか」
「はい。まず敵の狙いですが、ほぼ間違いなく依頼の妨害だと思われます。おそらく、先回りしてターゲットの横取りをしてくるはずです。そこで私達が考えた作戦ですが、敵よりも先にターゲットに接触し、術をかけて強化しようと思います」
「え…?先に倒すんじゃなくて?」
「はい。敵にはモンスターにボコボコにされてもらいます」
「それって大丈夫なの?下手したら死ぬんじゃ…」
「それも大丈夫です。モンスター達を支配下に置きますので」
「…は?」
アーサーは思わず間抜けな声を上げた。支配下に置くと言うことは、眷属にすることだと思ったからだ。一瞬止まったアーサーだったが、すぐに声を上げる。
「ちょっと待ってくれ!そんなトカゲなんて眷属にする価値があるのか!?」
「アーサー様、誤解です。支配下に置くというのは、呪術を使い、恐怖で精神を支配するということです」
「な、なにそれ…かなり怖いんですけど…」
それを聞いた俺は、少しだけ寒気を感じたが、アイリスは構わず話を続ける。
「安心してくださいと言うのも変ですが、アーサー様に呪術は通用しません」
「そうなの?」
「はい、そもそも呪術とは、相手を呪えるだけの実力差がなければ効果が無いのです。そのため、一般的には自分よりも弱い者を従わせるために用いる術なのです。例えば、アーサー様のような、圧倒的な強者が配下を増やすために用いたりすることがあります」
「そうなんだ…あまり良い感じの術じゃないみたいだね…」
「はい、ですので、世界的に見ても使い手はかなり少ないです」
俺は、今アイリスが言った言葉に少し不安を感じたため、気になったことをたずねた。
「その呪術ってやつ、使っても大丈夫なの?異端者扱いされたりしない?」
「確かにそう言った不安はありますが、今回は数の多いモンスターに対して使いますので、そこまで問題にはなりません。それに、術や魔法、能力の見分け方や、どんな術を使っているのか?と言うのは理解することがなかなか難しいのです。目の前で使って見せたとしても、それが呪術であると言う証拠はどこにもありません」
「な、なるほど…で、でもトカゲって弱いんでしょ?そんなの強化したぐらいでDやEランクのパーティーをボコボコにできるの?」
俺がそう言うと、アイリスは少しだけニヤリとした顔をするとすぐに普通に戻り、話を続ける。
「その辺りのこともすでに解決しております。と言いますか、もとより解決済みでした」
「どう言うこと?」
「実は、私は最初から不信に思っていたことがあるのですが、大蜥蜴と言う、強さ的にはモンスターと言うよりも動物程度の生き物に、なぜここまで被害がおよんだのか?確かに数が多くなるタイプのモンスターですが、農具で追い払える程度のモンスターであり、定期的に数を減らす依頼が発注されています。なのにここまでの被害が出た。なぜだと思いますか?」
「んー…よくわからないけど、イレギュラー的な何かが起こったとしか…」
「まさに!その通りでして、イレギュラーな大蜥蜴が誕生したようです」
「それって、もしかして進化したの?」
「そうです!…と言いたいところですが、どうも進化した訳ではないようなのです」
「…?いまいちわからないな…つまりどう言うこと?」
首を捻るアーサー。それを見たアイリスが、なぜか得意気に続きを話す。
「実はですね、見た目は大蜥蜴なのですが、そのサイズが異常でして、通常種で体長2~3メートルの所を、このイレギュラーは10近くあります」
「…は?何て?」
「ですから、体長が約10メートルほどあります。しかも、2頭いました」
「は!?ちょっと待て!10メートル?!」
俺は、対象のイレギュラーさに驚愕した。
「それは異常すぎないか?!こう言うことってほとんど無いんじゃなかったの?」
「はい、ですので、私達も最初に知った時は驚きました。おそらく、成長過程で急激に巨大化したものと思われます。」
後で知ったことだが、これらの情報は、ミネルヴァやアスタロト達が使い魔や精霊を使って集めたものであり、100%事実なのである。
「おそらく、覚醒遺伝や突然変異に近い現象がおきたと思われます」
「モンスターにもそう言うことがあるんだな…とりあえず、そう言ったモンスターを分かりやすく変異種と言うことにしよう」
そして、それからも話を進めていき、作戦が決定した。
まず、先程の話の通り、敵よりも先にターゲットに接触し、これを支配する。そしてバトルさせ、敵をボコボコにする。そこに俺達が出てきて、でかいの2匹をボコって服従させて、俺達の強さを見せつける。戦意を喪失した敵さんは、俺達にはちょっかいを出してこなくなる。めでたしめでたし…
「………おいー!ほんとに大丈夫かこの作戦!?」
「いざとなれば、力わざでなんとかしますので問題ありません」
「いや…もうそれ、作戦でも何でもないからね…?」
「アーサー様、安心してください。何かあれば私の剣が、憎き敵めの首をはね飛ばして見せますので!」
「いやいやクロエさん!人は殺しちゃダメだからね?」
「ならば!私の魔術で物言わぬ操り人形に変えて見せましょう!」
「待ってぇ~アスタロトちゃん、ここはぁ私のぉ死霊術でぇ魂を抜いちゃったほうがぁ良いとおもうのぉ~」
女の子達が好き勝手言う中で、ミネルヴァだけが両手を上げ、やれやれと言ったポーズをとり、話にわって入る。
「待ってください皆さん、そんなことではダメですよ?」
「おお!さすがミネルヴァ!伊達に長い年月生きてきた精霊じゃないってことか?!」
と、感心するアーサーを横に話を続ける。
「いいですか?もし最悪の事態に陥ったとしても、証拠を残さなければ良いのです」
(……ん?)
「アーサー様に繋がる証拠を残さないよう、跡形もなく燃やしつくしてしまうのです!」
「おい!」
ビシッ!と、ミネルヴァの頭にアーサーのチョップが炸裂したのは言うまでもない…。