7話 最強の職人
冒険者の館を出た俺達は、歩いて武具店を目指していた。アイリスが言うには、冒険者の館からそんなに離れていないらしい。近くに市場もあるため、武具店に行くついでに町を見て歩くことにした。
「アーサー様、ここから出店が続く市場となっています。」
前を行くアイリスが立ち止まり、こちらを向いてそう教えてくれた。俺はアイリスの横まで行き、出店の通りを眺める。映画で見たような景色が続いてる。
店頭に山積みにされた色とりどりの果物。屋台からは肉の焼けるいい臭いがしてくる。食料品以外では、骨董品や衣料品、刃物や武器を売っている店もある。
いろいろと見て歩きたいところだが、明日に集中したいので我慢した。200メートルほど歩くと完全に市場を抜ける。ここの通りからは酒場や宿屋が並ぶ。市場が近く、食料品を揃えやすいからだろうか?。
そこからさらに奥へ進むと、煙突がたくさん見えてきた。
「アーサー様、ここから武器と防具の店が並んできます。奥に見える煙突は工房の煙突です」
「すごい数の煙突ですね!」
「はい、店それぞれに専用の工房がありまして、なかなか個性豊かな物を作っているんですよ」
「そうなんですか?それは見るのが楽しみです」
俺は少しわくわくしながらアイリスの後に続く。
しばらくして一軒の店の前で止まる。そこは武具屋と言うよりも、高級なブランド物の服を売っているお洒落な外観の店だった。だが、やはり武具屋なので、ショーウィンドウには赤い重鎧や白い軽鎧、壁に立て掛けられた大剣や大きな盾が、白い輝きを放っていた。
中へ入ると店員が出てきて、アイリスと言葉を交わす。すると、店の奥の部屋へと通してくれた。どうやらVIPルームみたいだ。そこには、赤いドレスを着た、20代ぐらいの美しい女性が立っていた。
「アイリス様、ようこそおいでくださいました。ミリアルド様からお話は伺っております。」
そう言うと俺の方に歩み寄り、突然跪く。俺は訳もわからずポカーンとしていると、気にせず女性が話し出す。
「お初に御目にかかりますアーサー様。私はクロエと申します。貴方様の剣として、この身を捧げる者です」
「どっ、どういうことですか??」
「はい、実は、私の祖父が先代の騎士王様の眷属でした。そう言ったこともあり、幼い頃から騎士王様の英雄譚を数多く聞いて育ちました。そのため、物心ついた頃には強い憧れを抱いておりました」
そう言うと、クロエはゆっくりと立ち上がる。すると突然、ドレスの胸元を手で広げた。
俺はびっくりして目を反らす。だが、クロエは気にせず話の続きを語り出す。
「ここを見てください。二日前、突然胸の辺りが熱くなり、この紋章が浮かび上がったのです」
そう言われ、ゆっくりと視線を戻す。すると、クロエの左胸の上辺りに黒い呪痕のような紋章があった。
「それは?」
「これは、デュラハンの眷属の証です」
「は?」
本当に訳が分からなくなった。俺はこの人とは初対面なのに、証を与えれるほどの信頼を抱いてはいない。と言うか、今日まで存在を知らなかったんだ。それ以前の問題だと思う。俺が混乱していると、アイリスが疑問に答えてくれた。
「それはですね、クロエさんが眷属足り得ると、デュラハンの力がそう判断したからです。信仰心とでも言うのでしょうか、それを感じ取り、絶対に裏切らない者に証を授けることがあります。もちろん、条件がありますが…」
「そうなんですか…その、条件と言うのは…?」
重要なことなので、すぐに聞き返してみた。
「絶対と言う訳ではないのですが、すでに眷属となっている者と縁のある者で、尚且つデュラハンに対する信仰心や忠誠心が高い者が選ばれやすくなっています。一番可能性が高いのは眷属と血縁関係がある者です。クロエさんの場合は、クロエさんのお祖父様が眷属であり、さらに私やお父様と縁があったので、確実に選ばれるだろうと確信しておりました」
「じゃあ…もしかして、アイリスさんも?」
「はい、このように、私は肩の辺りに…」
そう言うと、アイリスは後ろ向きでマントを脱ぎ、襟から右肩を出して見せる。右肩の下の方、肩甲骨辺りに証があった。
「お父様も、右の二の腕辺りに証があります」
はだけた服を直しながらそう答える。
ここで俺はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「一つ聞きたいのですが、眷属化には何か意味があるのですか?」
「そう言えばまだお伝えしていませんでしたね。これから重要なことになってきますので、ここで眷属化について御話しておきます」
アイリスがそう言うと、用意していたテーブルに移動する。椅子に座ると、クロエが紅茶を淹れてくれた。
落ち着いたところで、アイリスが話を始める。
「では、アーサー様の質問についてですが、眷属化とは、ただ単に眷属である証明の意味だけではなく、主と同系統の力を使えるようになります」
「同系統の力ですか?」
「はい、アーサー様の眷属ならば闇の力を継承し、それとは別に、もともと備わっていた系統の力が強くなります。力を継承した眷属が敵を倒し、経験を積むことによってレベルアップしていきます。レベルアップすることによって、さらに強い力を得ることができます。眷属がモンスターの場合、系統の力を継承することができません。ですが、レベルアップすることができ、その際に特殊能力を覚えたりすることもあります。もちろん基礎能力も上昇していきます。レベルが上がると希に進化することがあり、進化先のモンスターにもよりますが、基礎能力が2倍から3倍の上がり幅があります」
話を聞いた俺は、眷属が凄まじい力を持つことに内心で驚きを抱いていた。眷属一人一人が呪痕者並の力を持っているのだ。この先呪痕者同士の争いでは、眷属の数で勝敗が決まると言っても過言ではない。ここでクロエが話に入ってくる。
「アーサー様の眷属はすでに三人…ミリアルド様、アイリス様、そして私。ですがミリアルド様は町を治める領主のため同行することはできません。なので、依頼にはアイリス様と私が同行いたします。それと、本来の目的に戻りたいと思いますので、倉庫の方に参りましょう」
とりあえず話はここで区切り、俺達はクロエの案内で店の倉庫へと移動する。
クロエはこの店のオーナーで、代々武具の製造を営む家系だ。
武具の製造だけではなく武術にも秀でており、クロエの祖父は先代騎士王の眷属として名を馳せた。クロエの祖父は凄まじいまでの剣技を持ち、その通り名は剣鬼と呼ばれていた。
クロエは鍛冶士をしているが、それは、自分の剣は自分で作ると言う拘りからきている。クロエの強さはすでに町では並ぶものがいない。だが、強さへの憧れはとどまることを知らず、できうる限りの鍛練をした。そして付いた通り名が剣姫。お祖父さんの通り名とかけているのだろう。
俺達は階段を降りてその先の通路の奥まで行く。倉庫は地下倉庫らしい。少し歩くと大きな扉の前まできた。クロエが施錠を外し、扉を開く。
「ここが私専用の工房兼倉庫となっています」
中は倉庫と言うよりも、巨大な工房だった。
広さは学校の体育館並みだろうか?一番奥の中央に巨大な炉があり、その左右に様々な道具が並べられていた。炉の前には鉄を打つ台が置かれ、台の上には大きなハンマーが寝かされていた。工房の左右の壁には扉がある。恐らくこれが倉庫なのだろう。
「なんと言うか…すごい工房ですね。空気はどうやって取り込んでいるのですか?」
「はい、それはこの部屋の壁の石材が空気を取り込む性質を持っていまして、壁の上の方にある通気孔から外の空気を取り込んでいます。あと、この部屋の光源は、私が特殊な鉱石同士を調合して作り出した光を放つ石でして、数ヵ月間発光し続けます」
はっきり言うと、クロエは天才だった。これでいて、スミスとしてのクロエよりも、剣士としてのクロエの方が世間では知られているのだから驚きだ。そもそもスミスと言うよりも、学者や賢者と言う方が当てはまるのかもしれない。
「そして、こちらが騎士王様用に作り上げた装備が保管されている倉庫です」
そう言うと、入口の扉よりもさらに重厚な扉の前にクロエが立つ。魔法の扉なのだろうか?クロエが扉に触ると、勝手に扉が開き始めた。開ききるまで10秒ほどかかった。
中は八畳ほどの広さの部屋で、全ての装備は包装されており、台に並べられていたり、立て掛けられたりしている。左端の方に一際大きな物が布をかけられていた。
「ここにある物は、私の作品の中でも最高傑作しか置いていません。過去の文献に登場する騎士王様の記録を元に、いろんな意味で、騎士王様しか使うことができません」
クロエが不思議なことを言う。
(デュラハンしか使うことができない?どう言うことだ?)
俺はクロエを見る。クロエは頷き、「どうぞ…」と手を差し出す。俺は台に置かれている武器?の前まで行く。そして両手で掴み、持ち上げようとした。
しかし…
(重い…!?全く動かないぞ!?なんだこれ…?)
俺は、「んー!んー!」唸るが全く持ち上がる気がしない。クロエがこれをどうやって作り、どうやってここへ運んだのかが謎だ…俺が唸っているとアイリスが教えてくれた。
「アーサー様、それでは無理です。デュラハンの力を使わなければ持つことは不可能です」
「え?それって、変身しないと無理ってことですか??」
しかし、それでは意味がない。デュラハン自体が強力な鎧だ。しかも、武器を生み出すこともできるらしいのだが、まだそこまでは試していない…。つまり、生身で装備できないのなら装備する意味が無くなってしまう。そんなことを考えながら尋ねてみると、意外な返事が帰ってきた。
「いえ、そうではありません。限定的にデュラハンの力を体に宿すのです」
「そんなことができるんですか??」
「はい、先代の騎士王様も限定的に力を解放して、巨大な岩を持ち上げたそうです。力のコントロールができれば正体もばれにくくなると思います」
「なるほど…力のコントロールとはどのようにすればいいのでしょうか?」
「文献によれば、変身する一歩手前の状態を維持すると記されていました。これが力をコントロールするための基本的な鍛練方法みたいです」
(変身する一歩手前…こんな感じか?)
意識を呪痕に集中させる…首の周りが光り出す…次の瞬間黒い炎に包まれ、デュラハンになった…
「あ…」
失敗だ…そう難しいことではないのだが、アーサー自身変身経験が少ないため、微妙なコントロールはまだしたことがない。俺は少し恥ずかしくなり、元の体に戻ろうと意識を集中する。
しかし、突然クロエが歩み寄り、俺の周りをぐるぐる回ってみたり、手を取ってみたり、コンコン叩いてみたり、何か調べるような行動をとってきた。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!?」
俺がたじろいでいると、アイリスがクロエを止めてくれた。
「クロエさん、そこまでです。アーサー様が困ってますよ?」
はっ?!としたクロエは固まり、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません…!本物のデュラハンを見るのは始めてでして…昔から気になっていたデュラハンの鎧が目の前にあると思うと、どうしても我慢ができなくなってしまいまして、すみません…」
どうやらこの体の材質が気になるみたいだ。俺も何でできてるんだろう?と、一瞬思ったりもした。
(まぁ、考えたところで答えは出ないだろうけど…)
俺は気を取り直して集中する。すると体が光だし、徐々に人へと戻っていく。完全に人へと戻ったが、微妙に体が光っていた。手に力を込めてみる。感覚は人の時と変わらないみたいだ。
そして改めて武器を掴んでみる。触った感覚もさっきと変わらない。俺は若干不安を感じつつ、持ち上げようと力を入れた…が、突然後へ仰け反った。ひっくり返りそうになるのを踏ん張る。なんとか耐えた俺は、今手に持っている武器を見て、大きな違和感を覚える。重さが全く感じられないのだ…
(まるで紙だな。全く重くない…だが硬さは感じる…)
片手でも持ってみたが、何も変わらない…。俺が軽く素振りをしていると、アイリスが話しかけてくる。
「どうやら感覚は掴んだようですね。もっとなれてくると体の光も消せるそうです。もう少し練習が必要かもしれませんが、その程度の光でしたら何かの補助魔法だと思われるはずなので、問題は無さそうですね」
「そんなものなんですか??」
「はい、呪痕者は珍しいですから」
そんなこんなで、力をある程度コントロールできるようになったので、装備の包装を剥がすことにした。まず、さっき持ち上げた武器から剥がすことにした。ぐるっと縛っているロープをほどき、巻かれていた布を剥がす。
そこには、黒く輝く巨大な片刃の剣が姿を現した。
刃渡りは1メートル以上はあるだろう。横幅も20センチ近くあるんじゃないだろうか?鍔から柄頭にかけて、ハンドガードのような物が取り付けられている。柄頭には刀身と同じ黒い素材でできた金属?が、宝石のようにカットされ、嵌め込まれている。ちなみに鍔から柄までの色は紫だ。
片手で柄を握り、持ち上げてみる。作りからして両手剣だと思うが…デュラハンの力を使っているため、片手剣と同等の扱いができてしまう。と言っても、威力に差が出てしまうだろうけど…。
ここで武器についてクロエの説明が行われる。
「アーサー様、その剣は二重構造になっています。中に呪文が刻まれており、剣に魔力を込めることによって魔法が発動します。効果は身体強化と防御魔法です。身体強化はそのままの意味で、限定的にデュラハンの力を解放した状態から、さらに強化します。防御魔法は対象者を魔法のバリアで守ります。使う者の魔力によって効果が増減します」
「すごい剣ですね…!伝説の武具に匹敵するんじゃないですか?!」
「確かに自分で言うのも変ですが、性能面だけを見ると差は無いのかもしれません…。しかし、常人には到底扱える剣ではありません。デュラハンに匹敵する力があって初めて使うことができるのです。それに対して、伝説の武具は使い手を選びません…」
そう言うと、クロエは少し残念そうな顔をして続きを話す。
「伝説の武具は、使う者全てを強者に変えてしまいます…。本来強さと言うものは、積み重ねてきた経験と鍛え上げた体、その二つが合わさって初めて強くなれると私は考えています。ですが、それを無視して力を与える伝説の武具を、私はどうしても好きになれませんでした…」
伝説の武具に対して自分の気持ちを吐露したクロエは、新たに生まれた感情についても話し出す。
「しかし、それを言ってしまうと、デュラハンとして転生してきた騎士王様はどうなのだろう?と、そんなふうに考えるようになりました」
そう言うと俯いていた顔を上げ、真っ直ぐこちらを見て、さらに話を続ける。
「異世界に転生してきて、見ず知らずの土地で関係の無い他人のために命をかけて戦ってくださった騎士王様は、それとは別なのではないか?。つまりはその志と使う側の問題なのではないか?と、私の中でそう言う結論にいたりました。伝説の武具に対しても、与えてくれる力は別として、その武具を作り出した技術は評価に値するものだと思うようになったのです」
そこには、職人であるクロエの葛藤があった。どれだけ腕を研き、様々な知識や技術を吸収したところで、自分の作り上げた物の遥か上を行く物がすでに存在すると言うこと。それはまさに神技であり、人が踏み入れる領域ではなかった。
クロエとて例外ではなく、伝説の武具の能力の再現など不可能であった。現存する技術では再現が不可能であるため、神が作り上げた物であると言うことが世間での見解となっており、そう言った理由が間接的に神の存在を肯定しているのだそうだ。
「いろいろと思うところはあるのですが、言い訳しても仕方がありません。全ては私の力不足であると認めざるを得ません」
そう言い終えるとクロエは、はっ!として話を変える。
「すみません!悠長に私の話をしている場合ではありませんでしたね。他にも装備やアイテムを一通り揃えておりますので、明日の準備も兼ねて、そちらの説明もさせていただきますね」
そうして、クロエの身の上話を一旦切り上げ、アイテムや装備品の説明や明日の打合せをした。全てが片付いた頃には日も沈み真っ暗となっていた。軽く食事をすませた俺達は、今夜はクロエの屋敷に泊めさせてもらい、明日のために早々に就寝させてもらうことにした。
(明日は長旅になるのか…しかし、何回か実戦は経験したけど…馴れないな。この体に対する違和感はだいぶ抜けてきたけど、まだ油断はできない。俺と同格の呪痕者もいるかもしれないし…)
ベッドに横になり、ぐったりしながら考え事をしていると、大抵の人は眠気に襲われる。アーサーは、正確には人では無いが、人として再現された肉体であるため、その例外ではない。
(やべ、眠い…もうだめ…おやすみ)
そうして、あっさりと眠りについてしまった。
数時間後、なぜか寝苦しいような心地好いような感覚に襲われる。人間ばなれした感覚の為か、あっさり目が覚めてしまった。だが、目は覚めているのに体がだるい?のか、なんとなく体が重い。
(なんだ?まさか筋肉痛?それとも、力の調整が意外と疲労したのか?それにしては何か柔らかい感触が両サイドから…)
ここで、アーサーは気づいてしまった。自分が何者かに押さえ込まれていると言うことを。状態としては、両サイドから腕と足を絡めとられているみたいだ。すると、自分の顔の隣から気配を感じる。敵の襲撃かと思った瞬間、小さな寝息が聞こえてきた。
びっくりして顔を向けると、そこにはアイリスの顔が…
普通はびっくりして飛び起きる場面なのだが、両手と両足をホールドされている上、アイリスが寝ているため、一瞬だが起こしてしまうことに気が引けてしまった。
俺は首だけ動かして反対側も見てみる。こちらにはクロエが抱きついていた。だが、両目はぱっちりと開かれており、こちらを凝視している…。
「な、なにしてんの…?」
俺は、つい素で喋ってしまった。無理もない。自分の眷属に寝込みを襲われるとは夢にも思わなかったので…。普通は逆のような気もするけど、残念?なことに、俺にはそんな度胸はない。俺の問いかけにクロエはきっぱりと答える。
「いえ!お気になさらずに!これも眷属の勤めです!」
「え?いや、ごめん良く聞こえなかった。なんて?」
「ですから、これもお勤めなので!どうぞ遠慮なくお好きしてください!」
「ごめんなさい」
俺、即答。
「…?は?今なんと?」
「だから、ごめんなさい」
「え…?えーー!そっ、そんなぁ…」
「いやいや、おかしいだろ?!いくら眷属ったって、今日会ったばかりのあんたにそこまでさせる訳無いだろ!?」
そう言い、無理矢理体を起し、クロエから距離をとろうと離れる俺。クロエも諦め悪く腕をつかんで離そうとしない。俺の手を引っ張って無理矢理キスしようとしてくる。その顔を手で押し退けようとする俺…
「うおー!諦めてたまるかー!」
「変な頑張り方してんじゃねー!」
クロエが奇声を発してなおも迫り来る。俺の手に押されて顔が歪んでる…。綺麗な顔が台無しだ…。わりと大きなショックを受けた俺は、それでも必死で抵抗する。
さすが剣姫と呼ばれるだけのことはある。身体能力が上昇している俺と同等とも言える力を発揮している。間違った力の使い方をしているが、これはこれでかなりの脅威だ。
暫く膠着状態が続いていると、さらなる脅威が後ろから抱きついてきた。当然、アイリスである。
「アイリス!あんたもか!?」
「アーサー様、女には引けない戦いがあるのです…それがまさしく今であると…!クロエさん!抜け駆けは許しませんよ!」
「ふっふっふっ、アイリス様、これは戦争なのですよ!戦争において卑怯などと言う言葉は無いのです!」
当然のように言ってのけるクロエに驚愕しつつ、俺は前後から襲いかかってくる脅威に防戦一方だった。とてもじゃないが、まともに直視できるような状態ではなかった。なぜかと言うと…二人の着ている物が、スケスケのネグリジェに下着だけと言う、ただの寝間着とは言えない物だったからだ。
目のやり場に困るクロエを両手で押さえ、首に手を回され、両足で腰をホールドしているアイリスに、倒されないように必死で堪えている。背中越しから伝わる柔らかい双丘の感触に耐えながら、耳元に吹き掛けられる吐息に悶絶しそうになりながら、天国とも地獄とも言えない状況に必死で耐えている。
しかし、終わりというものは突然やって来る。
「ふっ…二人ともぉ…いい加減にぃ…しろーー!」
プツン、と何かが切れる音がしたと思ったら、ゴチンッ!ゴチンッ!と、何かがぶつかるような音がして、アイリスとクロエが仲良く揃ってパタンとうつ伏せに倒れる。二人は頭のてっぺんからプスプスと煙が出ている?ような雰囲気を残しつつ気絶していた。そう、アーサーのゲンコツが炸裂したのだ。のびた二人を手際よく布団です巻きにすると、何事も無かったように眠りにつくアーサー。
次からは、寝るときはしっかりと戸締まりをして寝ようと、心の中で誓う。
(信頼のおける護衛が欲しいなぁ…)
そんなことを思いつつ、深い眠りへと旅だつのであった。