6話 冒険者
モンスターとの戦闘が終結してから2日、ようやく事後処理が終わった。と言うのも、抉れた地面の修復や倒壊した建物などの解体作業に追われていたためだ。
アーサーは人間の体で作業に参加した。と言っても、デュラハンの加護をうけているため、常人よりもはるかに力が強い。そのため、復興が早まるのだ。(と言っても一番の理由は、デュラハンだと言うことを秘密にするためだ)
そう言うこともあり、アーサーは率先して作業に参加した。だが一番の理由は別にあった。
今回の戦闘で命を落とした兵は少なくない。そのため、自分が率先して作業を行うことにより、亡くなった兵達の供養を急ぐことができるからだ。
もっと言うと、アーサーは少なからず責任を感じていた。自分が早く駆けつけることが出来ていたら、ここまで被害は大きくならなかっただろうと。
(もっと助けられたかもしれない…デュラハンの力は万能じゃない…壊すことはできても…守ることは難しい…)
家族に看取られ、火葬される遺体を眺め、そんなことを考えていた。
泣き崩れる家族を見て、俺は拳を握る。
(力が欲しい…守るための力が…)
俺はこの場を後にして、ミリアルドのもとへと急いだ。
『領主邸 執務室』
「アーサー様のおかげで町を捨てなくてすみました。本当にありがとうございます。御礼と言ってはなんですが、私に出来ることがありましたら何なりとお申し付けください」
そう言うとミリアルドがひざまずき、深々と頭を下げてきた。
「顔を上げてください。自分は当たり前のことをしただけです。それに、町の人をちゃんと守ることが出来なかった。もっと早く駆けつけることが出来ていたら誰も死ななかったかもしれないんです…」
俺は拳を自分の掌に打ち付けた。もはや後悔の念しかない。
そんな俺を見てミリアルドは言葉につまる。
だが、ミリアルドの横に立ち話を聞いていたアイリスが口を開く。
「ですが、アーサー様がいなければこの町は陥落していました。そうなれば、町の人々には想像を絶する地獄が待っていたでしょう。兵長から話は上がっています。オークの中に特別な固体がいたということを。その強さは従来のオークとは比べ物にならないと。アーサー様は誰もできないことをやってのけたのです。皆感謝しております」
「…そう言ってもらえるとありがたいんですが…」
アーサーは両の掌を見る。
「なんと言うか、自分には足りないものを感じました。デュラハンの力に依存しすぎるあまり、危機感が薄れていました…意識すれば気配や殺気を感じとることもできたのに、そんなことも見落としていたなんて…」
先ほどの家族の姿が目に焼き付いて離れない。苦悩しながらも、あの時考えたことを二人に話してみた。
「…デュラハンの力は確かに強力です。ただ、現状では守ることには向かない力だと言うことが分かりました。だから、デュラハンとは別の新たな力が必要だと思ったんです」
「なるほど…新たな力ですか…」
そう言うとミリアルドは、モンスター侵略前に進めていた話を改めて始める。
「でしたら、伝説の武具の件を進めた方がよろしいですね」
「ええ、お願いします」
「わかりました。では、私が知っている物のみとなりますがご了承ください。」
そういうとお辞儀をして話を進める。
「五種類ほど情報があるのですが、まず、持ち主の身体能力を上昇させる籠手、空を飛ぶことが出来る具足、ある程度のダメージを無効化する鎧、距離を無視して敵を切り裂く剣、強力な防御魔法を付加する大盾など、様々な力を持った装備が存在します。使う上でいろいろと条件があったりしますが、それを含めてもかなり強力な装備だと思います。」
それを聞いた俺は、すぐに聞き返す。
「どこに行けば手に入るのですか?」
「どれがどこにあるのかというのは判明していないのですが、この大陸の西側に位置するレヴィアと言う町に、5つのうちのどれかが封印されているそうです。」
「封印されているのですか?」
「はい。邪悪な者に奪われないように、所持する町が厳重に保管するように、町同士の代表会議で取り決められています。それと同時に、必要最低限の情報が漏れないようにと、どういった物が封印されているかと言うのは秘匿されているのです」
確かに、悪用されないためにも当然の処置だと思う。俺は続けてたずねる。
「それは譲り受けることができるのですか?」
「可能です。アーサー様がデュラハンであることを告げ、条件付きではあると思いますが、それと引き換えに譲り受けることができます」
「条件?」
「はい。われわれも含めてそうなのですが、町は様々な問題を抱えていることが普通となっています。ですので、それの解決などが条件として提示されると思います」
逆にその方が有難い。盗んで敵対されるよりも、先を見越して友好を結んだほうがいろいろと協力を得られるかもしれない。
「なるほど、理解しました。当面は信頼を得られるように、町からの依頼などを解決していく方が無難みたいですね」
「はい。あと、町からの依頼などは冒険者の館と言う、町が運営している施設がありますので、そこで受けることができます」
「この町にもありますか?」
「もちろんございます。鍛練のためにもいくつか依頼を請けてみますか?」
ミリアルドがそう尋ねてくる。
(確かに、戦闘経験を積むのもいいかもしれないな…依頼を受けるにしても、何か注意することはあるのだろうか?)
少し思案したあと返事をする。
「はい、お願いします。あと、受けるにあたって何か注意事項のようなものはありますか?」
「注意事項と言いますか、依頼にはランクと種類があり、内容によっては受けれないこともあります。ランクとはそのままの意味で、ランクが高ければ高いほど上質な依頼を受けれますが、当然ランクが高いほど難易度は上昇していきます。種類と言うのは依頼の系統になり、大きく別けて3種類あります。討伐依頼、納品依頼、警護依頼と言ったもので、種類ごとにランクが別となっています。それと、冒険者登録をする必要がありますので、一度冒険者の館に行かれてはどうでしょう?」
とりあえず一度行く必要があるそうだ。ミリアルドの問いかけにすぐに返事をする。
「では、さっそく行ってみようと思います」
そう答えると、今まで静かに会話を聞いていたアイリスにミリアルドが話しかける。
「ではアイリス、アーサー様をご案内してください」
「お任せください。ではアーサー様、参りましょう」
俺はミリアルドにお辞儀をして、アイリスに連れられて執務室を後にした。
道中馬車の中で、アイリスとも今後について意見交換をしてみた。
基本的には情報収集を主体として行い、必要な情報が集まるまでは、依頼を請けて経験を積むこととなった。
戦闘に関しては、なるべくデュラハンの力は使わず、仲間や眷属を増やして戦闘の負担を軽減する方向でまとまった。
話の中で出てきた眷属とは、呪痕者がモンスターを屈伏させることによって使役することができ、そう言ったモンスターのことを眷属と言うらしい。
眷属化したモンスターは呪痕者の能力の一部となり、通常は主と融合していて姿は無いが、主の自由に顕現させることができるそうだ。
弱い個体でも経験を積めば進化することがあるらしく、先の戦闘で出現した強力なオークも、通常種が進化したものではないか?と言う結論にいたった。しかし、野生のモンスターが進化することはごく稀で、種族間の激しい争いでもない限り、あり得ないそうだ。その為何者かの関与が疑われたが、現状では全く手がかりが無い。
(今のところ、俺がデュラハンなことを知っているのはアイリスにミリアルド、執事のルーカンと数人の近衛兵か…。安全のためにも、これ以上ばらさない方がいいな…)
そう考えてるうちに大きな建物の前で馬車が止まった。
「アーサー様、ここが冒険者の館でございます」
先に馬車を降りたアイリスが振り返ってそう告げる。
「これは、なかなか立派な館ですね」
冒険者の館の外観は、まるでドーム球場のような丸いガッチリとした造りで、入口の周囲は金属製の柵で囲ってあり、柵の内側は入口前広場のような感じになっている。
アイリスは領主の娘と言うこともあり、顔ばれして騒ぎにならないように、フード付きのローブを着て顔を隠してある。
館の中は円形の広い空間になっていて、高級ホテルのロビーのように天井が高く、そこには天窓がいくつもあり、光をたくさん取り入れているのでとても明るい。
受付は中央にあり、こちらも広い円形のカウンターとなっている。壁際にはテーブルと椅子が並べられていて、何人かが座って談笑や打ち合わせをしているみたいだ。人の数は多いが、混雑して進めないと言ったことはない。
俺達は真っ直ぐ受付へと向かう。途中、ちらちらと回りから注目を浴びたみたいだが、移動しているのでそのままスルーした。
(なんだろう?俺達が珍しかったのかな?)
ふと、そんなことを思いつつ、受付へと向かう。
アーサーは特に気にしなかったみたいだが、自分の容姿の派手さを分かっておらず、幾人かの女性冒険者からは凝視され続けている。アイリスはフードのおかげでほとんど目立たない。アイリスが目立たないぶん、アーサーがとても目立ちやすい状態となっていた。
そんな視線にアイリスも気づき、目だけで回りを確認する。視線の理由までは気づいていない。
(なんでしょうか?まさか、私の素性がばれたのでしょうか?)
そんなことを思い、ふと、後ろを歩くアーサーに振り向く。
そこには、キラキラしたアーサーの顔があり、ん?と言った感じで顔を傾げる、可愛らしい顔があった。
数秒見つめたあと、直ぐに視線の理由に気づき、アイリスは「あっ」と思わず声を上げてしまった。そこまで大きな声ではなかったが、アイリスの奇声にビクッ!としたアーサーは、困惑した表情で、思わず小声で「何?!何?!」と呟いてしまった。
(これは私の失態でした…。今更フードで隠したところで、逆に怪しまれてしまいますね…)
心の中でそう呟くと「すみません。なんでもないです…」と、少し赤面して答えるアイリス。
こうなってしまっては仕方ない。さっさと受付を済ませてここを出よう。そう思い、若干早歩きになり受付へと急ぐ。50メートルほど歩いて受付へとたどり着く。アイリスに気付いた受付嬢は、アイリスの顔を見て軽くお辞儀をする。アイリスは、懐に隠していたミリアルドからの書状を受付嬢に渡す。受付嬢も、アイリスにメダルのような物を渡した。
「ありがとうございます。冒険者登録の方はお任せください。そちらに依頼書とペンがあります」
そう言うと手をかざす。その方向にはテーブルと、その上に数種類の紙の束がおかれていた。どうやらミリアルドが手を回してくれていたらしく、登録自体は館の職員が済ませてくれるみたいだ。
「お受けになる依頼に印を付けて受付へ提出してください」
説明を終えると、受付嬢は書状を持って奥へと消えて行った。
俺とアイリスは依頼書のテーブルへ行き、並べられている依頼書を見る。
(へ~、これは分かりやすい)
依頼の種類別に紙が並べられており、項目を下に降りていくと難易度が高くなっている。依頼欄の隅に印をつける枠があり、ここに丸なりチェックなりを付けて提出すると依頼を請けれるみたいだ。
「とりあえず、討伐系の初級依頼を請けてみましょう」
アイリスがそう言い、討伐系依頼書を手に取る。俺もそれを覗きこみ、内容を確認していく。
『No.1、スライムの討伐』『No.2、巨大甲虫の討伐』『No.3、大蜥蜴の討伐』『No.4、キラードッグの討伐』『No.5、ワイルドホースの討伐』
どうやら初級依頼はこの5つらしい。恐らく俺一人でも問題なくクリアできると思うが、他の依頼を見ると下級のみとか中級以上とかあるので、ランクを上げないと中級や上級の依頼は請けれないらしい。
依頼書を見ながらアイリスが話しかけてくる。
「アーサー様、1と2は鍛練に向きません。受けられるなら3~5が良いと思います」
「そうなんですか?…確かに…何となくですけど、鍛練と言うよりも作業になりそうな依頼ですね。とりあえず、3つとも受けてみようと思います」
「そうですね。それが良いかもしれません。いろいろ経験が必要ですからね」
話はまとまり、受付で依頼を受注する。一度に3つは受注できないので、No.3から順番に受注することにした。目的地が少し遠いため、出発は明日となった。受注するにあたって、受付嬢から依頼の詳しい内容を聞く。
「この依頼は近隣の村からの依頼を、町を通して発注しています。依頼の内容ですが、大蜥蜴による家畜への被害が増加しており、村の死活問題となっています。その為、大蜥蜴の数を減らすことが目的となっており、最低討伐数が設定されています。最低討伐数は5体で、達成報酬は750ノル。6体からは追加報酬で100ノル支払われます」
(依頼によっては追加報酬が発生するのか…)
なんてことを思っていると、ふと気になって尋ねてみた。
「追加報酬には上限があるのですか?」
「はい。一応…25体で2500ノルとなっていますが…」
「25体ですか、分かりました。ありがとうございます」
俺はそれだけ言うと、お辞儀をして受付を離れる。
ここを出る前に旅支度の話をするため、隅にある四人掛けのテーブルセットに座った。
「アーサー様、まずは装備を整えましょう。手傷を負うような相手ではありませんが、剣が無い今、素手では大蜥蜴に致命傷を与えるのは難しいかもしれません…」
アイリスがわりと真剣な顔で話してくる。
「んー‥ですがお金を持ってないんですよね…」
待ってましたと言わんばかりに、アイリスが得意気に話し出す。
「それについては問題ありません。アーサー様は私を救ってくださり、この町も救っていただきました。そのことでお父様から感謝の気持ちとして、いろいろとお贈りしてくださるそうです」
「いや…さすがにそれは悪いですよ。私もそんなつもりで助けた訳ではないですし…」
それを聞いて、引き気味でやんわり断ろうとする俺に、真面目な顔でアイリスがはっきりと言う。
「それはダメです…!もし、対価もなく願いが叶い続けると、人はダメになってしまいます…。願いに必要な対価、それを支払うために、人は努力をするのです。今回、アーサー様は叶える側です。ですから、私達はそれにみ合った対価を支払わなければいけません」
(確かに…何もしなくても願いが叶うなら、俺ならずっとダラダラするだろうな…)
そう思うと、俺は少しショックを受け、苦笑いしつつ話す。
「自分は、何も考えてなかったみたいですね…」
無理もない。前世ではまだ10代だったのだ。そんな若いアーサーには、人生経験と言うものが圧倒的に足りていない。
それに、ここは異世界だ。命の危険なんてそこら辺にごろごろ転がっているし、この世界の常識や習慣、価値観など、分からないことばかりだ。
「アーサー様は、まだこの世界に来られて数日なんですから、分からないことがあっても当然なのです。その為に私達がいます。もっと頼っていただいても大丈夫ですので…」
「ありがとうございます…ミリアルド様やアイリスさんには迷惑をかけてしまうかもしれませんが、これからも御助力お願いします」
「お任せください。その為の私達です」
アイリスは、優しく微笑んでそう言う。その笑顔を見るだけで癒される…彼女に会えて本当に良かったと、俺は心の底からそう思った。
「さて、話を戻しますが、お金の方はお父様にお任せするとしまして、まずは武具店に参りましょう。そのあとは、食料品や回復薬などの薬品系を買い揃えましょう」
「はい、よろしくお願いします」
話がまとまりかけたそのとき、不意に後ろから声をかけられた。
「ちょっといいかしら?」
「はい?」
突然声をかけられたせいで、少し間の抜けた返事をしてしまう。アイリスと向かい合うテーブルの真横に、その人が歩み寄ってきた。
顔を向けると、腰に手を当てた、いかにも冒険者と言った格好の女性が立っていた。全身を軽鎧で包んだ彼女の背は160㎝ぐらいだろうか?赤い髪のショートヘアで、下ろした前髪は眉にかかるぐらいの長さだ。その眉は細くキリッとした眉で、目も大きく二重だ。なぜか勝ち気な表情をしているが、なかなかの美人だ。
「貴方、新人ね?」
「えっ?まぁ…そうですけど…」
(なんだいきなり…えらそうな子だな…)
突然声をかけられたと思ったら、上から目線でそんなことを言われて、少しイラッとした。せっかくの美人が台無しだ。そんなことを思っていると、彼女が話を続ける。
「貴方を私達のパーティーに入れてあげるわ」
「は?いや、ちょっ…」
「今から依頼に行くから貴方もついてきなさい」
「あの、話を…」
「安心しなさい。いろいろ教えてあげるから」
「話を聞いて…」
「さあ、行くわよ」
「話を聞いてください!!」
間髪いれずに話す彼女に、思わず叫んでしまった。声を上げた俺に少し驚いた彼女は、ポカーンとした表情で立ち尽くしている。俺は構わず話し出す。
「すいませんが、私はこの人と依頼に行く約束をしてるので、貴女とは行けません。これから用があるので失礼します。行きましょうアイリスさん」
そう言うと、二人席を立ち、俺はアイリスの手を取る。少し顔の赤いアイリスに気にせず、足早に出口に向かう。
「まっ、待ちなさいっ!?」
気を取り戻した彼女が叫んだ。俺は歩きながら後ろをチラッと見る。ひきつった顔で、手をわなわなさせている彼女が見えた。
俺は気にせず出口をくぐり、冒険者の館をあとにした。
(絶対に許さない…!私の誘いを断ったこと、後悔させてあげるっ!)
逆恨みもいいとこだが、彼女は心の中で復讐を誓うのだった。