5話 悲劇の愚者
ゴブリン。顔は人間に近く、鼻と耳が大きい。身長は1メートル程しかなく、肌の色は緑で、片言だが言葉を発する。知能はそんなに高くはないが、素早い動きで集団戦を得意としている。
オーク。人間の顔にブタの鼻、身長は2メートルを越える者もいる。肌の色は薄い茶色でゴブリン同様言葉を話すが知能は低い。力が強く、自分達よりも弱いゴブリンを隷属し、食料などを調達させたりしている。気性が荒く、ゴブリンと共同戦線をはるため手強い。
町の入口ではすでに戦闘が始まっていた。門は固く閉じられ、防壁の上では兵士達が矢を放っている。ゴブリンとオークの混成軍は、ゴブリンが矢を放ち防壁の上の兵士達を狙う。力の強いオークは防壁の門を巨大な石斧や木槌で破壊しようとしている。門の内側では盾や槍を装備した兵士達が入口付近に陣取る。後方の建物の屋根には弓兵達が待機している。
「隊長!ミリアルド様より伝令でございます!森側に兵を集中させ守りを固め、その間に民を町から脱出させよとのことです。」
「了解した、伝令ご苦労…皆よ!あと数分で門は破られるだろう。しかし、我々は民達が町を脱出する時間を稼ぎ、その後は敵を倒しつつ我々も撤退する。それまで持ちこたえるのだ!」
隊長と言われた老兵は部下達にそう告げた。
老兵の名はガラハッド。若かりし頃に冒険者として名を馳せ、腕のたつ仲間達と、下級ではあるがドラゴンを討伐した実績を持つ。60歳を越えた今でも剣の腕ではこの町一番の腕前を持つ。
ガラハッドは部下に指示を出す。
「入口を囲むように距離を取れ!敵の侵入と同時に盾を構えて突撃!その後盾は後退!槍兵は後方で援護しつつ討ち漏らしを狙え!弓兵は入口を牽制しつつ後退を援護!」
そう指示を飛ばす。しばらくして、門に大きく亀裂が走った。次の瞬間門は砕け、破片が飛び散る。ガラガラと音を立て、門は崩れ落ちてしまった。
すかさずガラハッドは指示を飛ばす。
「弓兵は直ちに門に向かって弓を放て!敵の出鼻を挫け!」
すでに準備ができていた弓兵達は、ガラハッドの指示が終わると同時に、一斉に矢を放つ。矢は門を破壊したオーク達に突き刺さり、その場にいたオークを全て絶命させた。
「よし!突撃だーーーー!」
ガラハッドの雄叫びと共に前衛の兵士は突撃を開始する。その時、オークの死骸の間を縫うようにしてゴブリン達が駆け出してきた。しかし、中へ踏み込もうとした瞬間、眼前に大盾が現れた。気づいた時には遅く、ゴブリン達は大盾に激突し、弾き飛ばされたり顔面が潰れたりして命を落とした。運良く生き残ったゴブリン達も、仲間の呆気なく死ぬ様を見て後ずさりする者や恐怖で動けなくなり、飛んできた槍に貫かれて全滅した。
「盾は後退だ!槍は盾を援護しつつ敵の侵入を阻止しろ!弓は牽制を続けろ!盾は後退後、準備していた丸太を入口に突っ込め!」
ガラハッドの指示を受け、兵士達は迅速に行動する。盾兵達は予め準備していた、丸太を積んだ荷車を動かす。槍兵達はそれを見て後退していく。弓兵は敵を入口辺りで牽制し、その場に釘付けにする。
「よし!矢を止めろ!丸太を突っ込め!」
入口めがけて荷車が突っ込んで行く。矢に行く手を阻まれていたモンスター達は、目の前から巨大な荷車が突っ込んでくるのを見て慌てて引き返す。何匹かは逃げ遅れ、轢き潰されてしまう。そして荷車が完全に通路の中に入る。動きを止めた荷車を見て、再び進軍を開始する。だが、先頭にいたゴブリンが、丸太に何か塗られていることに気づく。
「コレハ……!ニゲロ…」
気づいた時にはもう遅い。火矢が放たれ、丸太に当たった瞬間炎が燃え上がった。油を染み込ませた丸太は一瞬で炎に包まれ、荷車の横を抜けようとしていたゴブリンやオークを巻き込んだ。
「これでしばらく時間が稼げるはずだ。今のうちに補給をすませておけ!」
前衛の兵士達は壊れた盾や槍を新しい物に取りかえる。弓兵は減った矢を補給する。あらかた補給を終え、それぞれが配置につこうと動きまわっていた時、それは起こった。
突然燃え盛る丸太が吹き飛んだ。煙や灰が巻き上がり、視界が悪くなる。何がおきたかわからず、兵士達からどよめきが上がる。
「落ち着け!狼狽えるな!」
ガラハッドが叫ぶ。それを聞き、兵士達は身構え辺りを見回す。すると、煙に覆われた入口に大きな影が現れた。巻き上がった煙や灰で、後方からは確認できない。それに気づいた数名の槍兵は、槍を構えて突撃した。姿を覆う煙に槍先が触れようとした瞬間、轟音が鳴り響き、爆風と共に地面が裂け、槍兵達は木端微塵に吹き飛んだ。
煙や灰はその衝撃で吹き飛び、それが姿を現す。
そこには巨大な金棒を振り下ろしているオークが立っていた。
そのオークは、通常のオークとは明らかに違う姿をしていた。身の丈は3メートルぐらいはあるだろうか?筋肉質な体つきで、全身を皮鎧で覆い、頭には鉄製のフルヘルムを被っていた。
「くっ!弓兵は何をしている?!矢を放て!」
ガラハッドの声で落ち着きを取り戻した弓兵は、弓を引き、狙いを定め放つ。だがその矢がオークに当たることはなかった。矢が当たるよりも早くオークは金棒を振った。とてつもない力で振られた金棒からは衝撃波が発生し、飛んできた矢を全て吹き飛ばす。衝撃波はそのまま突き進み、弓兵達がいる屋根に激突し、爆音とともに屋根ごと弓兵を吹き飛ばした。
崩れ落ちた建物の破片がドン!と音を立てて地面に刺さる。あまりの出来事に皆呆然としていた。
「な、何だこの化け物は…!」
ガラハッドは驚愕した。これ程までに強力なモンスターは過去に例が無かった。昔討伐したドラゴンを上回る脅威を目の当たりにして部下達に叫ぶ。
「て、撤退だ!こいつは倒せん!皆退け!」
それを聞いた兵達はハッと我に帰り、目の前の恐怖を思い出し、悲鳴を上げ我先にと逃げ出した。
それを見てオークは、逃げる兵士に向かって金棒を持ち上げ振り下ろそうとする。先ほどの衝撃波を受ければ死は免れない。ガラハッドはオークめがけて駆け出し、飛び上がって剣を振り下ろした。
体重の乗った一撃をオークは金棒で軽く受け止め、すぐに凪ぎ払った。ガラハッドは押されるような感じで、後ろに吹き飛ぶ。飛ばされながら上手くバランスを取り着地した。そのおかげで大したダメージは無かったが、その実力差は歴然だ。だがもとより勝つつもりは無く、部下達を逃がすための時間稼ぎであった。
(くそったれめ!こんな化け物がいるとはな!)
ガラハッドは心のなかで愚痴を吐く。奴の一撃をガードしようものなら粉々に粉砕され、距離を取れば衝撃波が襲ってくる。剣で斬りつけたとしても、あの体つきだ。大したダメージは見込めないだろう。可能性で考えるなら衝撃波を避け続けるしかない。それが一番時間を稼げるだろう。不意に入口に目をやると、他のゴブリンやオークがそこから動かず傍観していた。命令かもしくは、巻添えを喰らわないように、勝負がつくまで待機しているのだろう。
(どうやらこの決着がつくまでは進軍は始まらないようだな)
ガラハッドは覚悟を決め、剣を構える。ガラハッドとオークはにらみ合い、微動だにしない。そして辺りは静まりかえる…。
数秒後、最初に動き出したのはオークだ。
『ズガンッ!ズガンッ!ズガンッ!』
オークは金棒を振り上げ地面に叩きつける。そこから猛烈な攻撃が始まる。何度も何度も連続で叩き続ける。止まることのない衝撃波がガラハッドに襲いかかる。
ガラハッドはオークを中心に円を書くように動く。
避けて避けて避けて避けて避けて避けて避け続ける。
迫り来る死を紙一重でかわし続ける。だがそれは容易なことではない。死にさらされ続けることによる精神的ダメージは甚大で、気を抜けばへたりこみそうになる。さらに、一見完璧に避けているように見えるが、衝撃波は地面を抉りながら飛んでくるため、その際に巻き上げる石などは避けきることが難しい。
被ダメージは確実にたまっていく。何発目かの衝撃波を避け、飛び退いた時、着地に失敗して倒れこんでしまった。溜まった疲労と被ダメージにより、足に力が入らなくなってしまったのだ。
オークは動けなくなったガラハッドを見て、金棒を両手で振り上げ、今までに無いとてつもない力をこめて振り下ろした。
『ズガァガァガァガァーンッ!』
これまでのような地面が抉れるどころの騒ぎではない。巨大な大気の塊とも言える物体が、大地に亀裂を作りながらがガラハッドめがけて迫ってくる。
(ここまでか…皆無事に逃げ延びただろうか…)
仰向けになり、部下達の安否を気遣った。命の灯火が消えようとした…
その時だった。
迫り来る地割れとガラハッドの間、その地面に黒い水たまりのようなものが現れた。黒いガスのようなモヤモヤしたものを吹き出し地面に広がる。
するとそこから一瞬で鎧が現れる。黒いオーラのようなものを発し、禍禍しいまでの威圧感を放つダークブルーの全身鎧。
その鎧の人物が、迫り来る衝撃波に向かって手をかざした。掌から黒いガスのような物質の球体が出てくる。それが衝撃波に飛んでいきぶつかった。その瞬間、球体が炎のように吹き上がり、衝撃波を包み込んでゆく。そのまま全体を覆い尽くし、黒い炎と共にゆっくりと消えていった。
その光景を見たガラハッドは何が起きているのか理解が追いついていかない。だが、数時間前に部下達が噂していたことを思い出した。
『騎士王が復活した』と。
ガラハッドはその噂を信じていなかった。と言うのも、その手の噂は後を絶たないからだ。トリスタンの町自体が騎士王発祥の地と言うのもあり、ある意味でデュラハンは神格化されている。褒め称えることこそすれど、貶めるようなことを言うものは、あっという間に囲まれ袋叩きに合うだろう。
今目の前で起こったことが、鎧の者がデュラハンであると裏付けられていた。
「騎士王様…」
思わず呟いてしまうガラハッド。
騎士王ことアーサーは振り向かず声だけで答える。
「もう大丈夫です。貴方のおかげで大勢の人の命が助かりました。そんな貴方を死なせるつもりはありません。モンスターどもには無に還ってもらいます」
そう言い終わると、禍禍しいオーラがさらに迸る。
アーサーは怒っていた。町と言う枠組みではあるが、アーサーにとっては自分を称えてくれる自国民だ。それが無惨にも虐げられ殺されたのだ。全身から闇のオーラを噴出させ、放たれる殺気は尋常ではなく、対象ではないガラハッドでさえ恐怖を感じていた。
アーサーはゆっくりと歩きはじめる。
オークめがけて。
さすがのオークも目の前で起こった異常事態に困惑しているのか、金棒を叩きつけたまま止まっていた。だが、向かってくる鎧を見て我にかえり、再び金棒を振り上げ地面に叩きつける。衝撃波の塊が発生してアーサーに向かってくる。だがアーサーはそのまま歩く。敵の攻撃など気にも止めず、ただオークだけを見据えて。
そして着弾する。
着弾した瞬間弾けて爆発する。半径5メートル程の地面を吹き飛ばし砂煙が舞う。オークはデュラハンを倒した。そう思ったのだろう。金棒を天にかざし雄叫びを上げる。後ろにいる部下達からも歓声が上がる。ガラハッドでさえ騎士王は負けたと、誰もがそう思っていた。
だが…
『ザッ!ザッ!』
砂を踏む音が聞こえる。デュラハンが立っていた場所からだ。歓声が響動めきにかわり、やがて静寂が訪れる。
衝撃波の爆風で砂煙が舞っており、未だに目視することはできないが、確かに何かが動いている。
『ザッ!ザッ!』
オークは立ち尽くし、呆然としていた。足音が近づいて来るのがわかる。そして我にかえったのだろう、再び手を振り上げ雄叫びを上げる。だが先ほどの雄叫びとは違い、怒りや動揺ともとれる叫びだった。
手を振り上げたままのオークは金棒を叩きつける。ガラハッドに対してやったように、何度も何度も。そのたびに衝撃波が発生して、デュラハンが立っていた場所に向かって飛んでいく。
『ドゴンッ!バゴンッ!ズガンッ!』
炸裂音が轟き、粉塵を巻き上げる。
だが…
徐々に着弾点が近づいて来る。そう、衝撃波を喰らいながらこちらへ向かってきているのだ。
それに気づいたオークは攻撃を止めてしまった。体をワナワナさせ後ずさる。まるで驚いて驚愕したときの人間のようだ。
数秒後、砂煙から足が出てくる。まとわりつく砂を押し退け全身が見えてくる。ダークブルーの重厚な鎧が姿を現した。黒いオーラが一段と迸り、まるで噴火する火山のように見える。放たれる殺気もより圧力を増している。
アーサーはそのまま歩き、動かないオークの目前まできた。
「どうした?その程度か?」
そう呟いたアーサー。
「ガァーーーーッ!」
恐怖に駆られたオークは叫びながら金棒を振り下ろした。
「ガキィィーンッ!」
大きな金属音が鳴り響き、何かが音をたて飛び散る。
『ゴトッ!』
砕けて飛んだ金棒の先端部分だ。
デュラハンのヘルムを強打したが、逆に金棒が弾け飛んだ。
何も通用しない。そう悟ったオークは腰が抜け、尻餅をついてしまう。
「もう気がすんだか?」
そう尋ねるアーサー。しかし返事は無い。恐怖で言葉が出ない。
実はアーサーは全体的に能力が上昇していた。先の盗賊との戦闘で呪痕持ちがいたことが大きい。影に取り込んだことにより力の一部を吸収したのだ。もともとパッシブだった影縫いもパワーアップしてONとOFFが出来るようになり、さらに対象の選択と強弱を付けることができるようになった。能力が上昇していなかったとしても負けはしなかっただろうが、それなりに手傷は負っていただろう。
「じゃあそろそろお別れの時間だ」
そう告げると鎧から吹き出るオーラが頭上で集まりだし、黒い球体を作り出す。それに手をかざし力をこめる。すると球体からも炎のようなオーラが吹き出る。
「消し炭になるがいい…」
そう言い手を振り下ろした。球体はオークめがけて飛んでいく。オークに触れた瞬間、オークを包み込み、球体はゆっくりと消えてしまう。何事も無かったようにオークだけを残して球体は完全に消えてしまった。だが、ここでオークに異変が起こる。
突如全身から蒸気のようなものを出し、倒れこんだままジタバタと暴れだした。その弾みでヘルムが外れて落ちる。
「どうだ?体の中から焼かれる気分は?あまりの痛みに声もでないだろ?」
そう、黒い球体は消えたのではなく、オークの体の中に入り込んだのだ。体内で高温を発生させ血が蒸発する。
赤い煙を出しながら、皮膚が焼け、徐々に黒く炭に変わっていく。すぐに死なないように、手足の内部からゆっくりと焼かれる。
オークは発狂している。しかし声は出ない。喉を焼かれてしまったからだ。足はすでに炭とかし、崩れて無くなった。手も指が無くなり、耳は焦げ、鼻は崩れて無くなった。目は白く濁り沸騰している。両手が無くなったころ、脳や内臓の表面が焼かれ出した。そのころからほとんど動かなくなり、痙攣しはじめた。すでに意識は無く、かろうじて生きているだけと言ったところだ。
もはや意味はない。そう判断し、一気に火力をあげる。
水分が蒸発して体は縮んでいく。カラカラに干からびた体は黒く焼け、崩れ落ちた。
後に残った物は少量の炭のみで、オークだった者は跡形もなく消えてしまった。
「さて、最後の仕上げにとりかかろうか」
次にアーサーは手下のモンスターどもを見る。オークが殺られた時点で逃走が始まっていた。こういう輩は逃がしてもろくでもないことしかしないのは想像に難しくない。そのため、アーサーには何の躊躇いもない。手を振り上げ、影縫いを発動させる。たちまち1万近いモンスターの群れは影に縛り付けられる。
「お前ら一人一人を相手にしている時間は無いからな。悪く思うなよ」
死体を残すと後処理が面倒なので全て焼きつくすことにした。
この日、近隣のゴブリンやオークのほとんどが消滅したことは想像に難しくない。