4話 忠誠の一族と侵略の魔物
アイリスが部屋のドアをノックする。
『どうぞ』
中から声が聞こえるとアイリスはドアを開ける。
「お父様、アーサー様をお連れしました」
「アイリス、ご苦労様です。こちらへお通ししてください。」
アイリスはそう言われると、ドアを開けたまま一歩下がり、軽く会釈をして俺に道をゆずる。俺は平常心を装いながら、アイリスの前を通り、ゆっくりと部屋に入る。中はけっこう広く、普通のワンルームが6畳ほどなら、この部屋はおよそ12畳と言ったところだ。奥の方には机が置かれ、そのもう一つ向う側には人が立っていた。
「ようこそ我が屋敷へ。私がこの屋敷の主人、ミリアルド=ランスロットでございます」
「初めまして、アーサーと言います。よろしくお願いします」
お互い挨拶を交わす。
(しかし、若いな。30代前半…30手前と言われても不思議じゃないな)
領主の見た目はとにかく若かった。服装がと言う訳ではなく、肉体年齢と言えばいいだろうか。まず、年相応の皺が顔に無い。それでいて、目の色もアイリスと同じエメラルドグリーンに輝いている。アイリスの父親なんだ。普通に考えると、40~50代ぐらいなのが普通だ。
「どうぞお掛けになってください」
ミリアルドにそう言われ、机の手前側の椅子に座ると、ミリアルドも自分側の椅子に座る。
(20でアイリスが生まれてたとしたら40前でもおかしくはないのか…?)
そんなことを考えているうちに、俺はどうしても気になってしまいミリアルドに尋ねてみた。
「すいませんミリアルド様、いきなりであれなんですが、個人的にお聞きしたいことがあるのですが…」
「はい?何でしょうか?」
「失礼とは思うのですが、ミリアルド様のご年齢は…?」
そんなことを聞かれてミリアルドは数秒止り、すぐに笑い出す。
「ハッハッハッハッハッ、いやぁ、失礼。まさか最初の質問が歳のこととは思わなかったものでして。まぁ、そうですね。確かに私は普通の方よりも随分…いえ、異常なまでに若く見えてしまいます。」
そう言うと目を閉じ、少しうつむく。2秒程で顔を上げ、こんなことを聞いてくる。
「アーサー様は私がいくつに見えますか?」
「そうですね、自分には30から40ぐらいに見えます」
「そうですか。ありがとうございます。ですが、率直に言いますと、私の年齢は80をこえています」
「は?」
ミリアルドにそう言われ、間抜けな声を上げてしまった。
「え?ご冗談ですよね?」
「いえ、紛れもない事実です。付け加えるなら、私が人間とエルフのハーフ、ハーフエルフだからです」
驚きの事実を告げるミリアルド。
(エルフだって?この世界にはエルフもいるのか…。しかも、俺の世界と同じ長寿設定なのか…)
俺が驚いてると、ミリアルドがこんなことを言う。
「ですが、この世界において、不老長寿はそこまで珍しいことではないのです。現にアーサー様もその分類に入っていますよ?」
「・・・え?。どういうことですか??」
俺は言われたことを理解できず、逆に尋ねてしまう。
「アーサー様はデュラハンの力を手に入れているのですよね?。多少はご存知だとは思いますが、デュラハンと言う存在は妖精や精霊の類だと言われています。」
「それと不老長寿にどのような関係があるのですか?」
俺はさらに尋ねる。
「アーサー様は呪痕の力が、ただ単純に力を与えるだけのものだと思われているようですが、そうではありません。呪痕の力によりデュラハンになると言うことは、デュラハンそのものを受け継いでいることになるのです」
「デュラハンそのもの?」
「はい。アーサー様の身体能力と精神面はデュラハンの力によって強化されており、常にパッシブ状態だと思われます。しかしこれは、呪痕の影響を受けている訳ではないのです。」
(は?どういうことだ??呪痕が力を与えてくれてるんじゃないのか?)
「それはつまり、どういうことなんですか?」
「それはつまり、呪痕とは力を与えるための物ではなく、逆で、力を抑えて制御するための物なのです。もっと言えば、アーサー様はすでにデュラハンそのものであると言うことです」
「え?デュラハンそのもの?ですが、今私にはこの体があるのですが…」
「その体は、呪痕がデュラハンの力を制御できていると言う証なのです。呪痕があることによって、アーサー様本来の人間性と肉体を保つことができているのです」
「そ…そんな…」
今まで以上に大きなショックを受ける俺。俺がうつむき、呆然としていると、後ろから声が聞こえる。アイリスだった。
「アーサー様は紛れもなく人間です。お忘れですか?危険を省みず、私達をお助けいただいたことを。今度は私達がアーサー様をお助けする番です」
そう言い、俺の隣まで歩いてくる。俺は椅子から立ち上り、アイリスの方を向く。
「アーサー様は選ばれたのです。この世界の神にもなれる力に。そのような御方が人間と言う小さな枠組みに囚われているというのは、不自然なのです。つまり、アーサー様は人間を越えた存在になられたのです。」
そう言うと俺の右手を取るアイリス。俺は一瞬ドキっとするが、アイリスはそのまま話を続ける。
「こんなにも温かい手に血が通ってないはずありません。どうか、お気を確かに…」
悲しそうなアイリスの顔を見て涙が出そうになる。なぜこの人はここまで寄り添ってくれるのだろうか?おれがデュラハンだからだろうか?でも、確かに伝わってくる彼女の優しさ。
(こんなに優しい人をいつまでも悲しませたりしたらだめだな…)
俺は左手を、右手を持つアイリスの手の上に重ねる。
「ありがとう、貴女の優しさが俺の救いです。もう大丈夫…と言えば嘘になるかも知れませんが、貴女の優しさに元気をいただいた気がします…」
二人が自然と見つめあっていると、ミリアルドがニコニコしながらこっちを見ていた。二人はハッとして、咄嗟に手を離す。
「どうぞお気になさらずに。若いお二人の邪魔をするつもりはありませんので~」
「おっ、お父様?!何を言ってるんですか!アーサー様に失礼ですよ?!」
「私の方こそすみません!つい取り乱してしまって…」
いつの間にか和やかな雰囲気になっていた。ミリアルドは改めて話を続ける。
「何はともあれ、確かにアーサー様の力はこの世界では珍しいかもしれませんが、アーサー様と同じように希少な力を持った者は他にもいます。中には厳しい制約が伴う力もあり、一概に万能とは言えませんが…。かつての騎士王は、そう言った力の持ち主を保護したり仲間に加えたりしていました」
「保護ですか?」
俺はその言葉が気になり聞き返してみた。
「はい。中には人間にとって有益な資源を作り出す能力もありまして、そう言う力の持ち主は、権力者や犯罪組織に捕まり、無理矢理力を使わされているケースもございます。能力と言っても戦う力だけではございませんので」
「なるほど…」
それを聞き、俺の中には複雑な気持ちが生まれていた。まるで他人事ではない、もしかしたら自分も捕まっていたかもしれない。そう思うと、何か怒りに近い感情が込み上げてきた。
「何か、決心がつかれましたかな?」
ミリアルドが言う。
「ええ、領主様は薄々お気づきだとは思いますが、俺はこの世界の人間ではありません。俺は元いた世界で、生まれたときから理不尽を背負っていました。死ぬ瞬間まで。そして俺は転生するとき決めたのです。理不尽を打ち砕くと…。俺も先代のデュラハンと同じように、理不尽を背負った人達の理不尽を打ち砕こうと思います。ミリアルド様、もしよろしければ力を貸していただけないでしょうか?」
それを聞き、ミリアルドは立ち上り、俺の横へとやってくる。そして、方膝をつき、頭を下げる。
「我らが主、騎士王様の仰せのままに…」
そう言うミリアルドに、何がおこったのかわからず驚いてしまう。
「ミリアルド様?!顔を上げてください!突然どうしたのですか?」
「実は黙っていたのですが、私達ランスロットの者達は、遥か昔より騎士王様に仕えておりました。そして、アーサー様のお心は我らが主、先代の騎士王様と同じ道を歩かれる。肉体は違えど、魂は騎士王様そのもの!そんな貴方様を一人で行かせる訳にはまいりません。ランスロット一族は騎士王様とともにあるのです」
「し、しかし…」
俺が戸惑っているとミリアルドは続けて言う。
「どうか、我らの思いを受け止めてはいいただけないでしょうか?」
「・・・わかりました。これからよろしくお願いします。ランスロットさん」
ミリアルドはそう言われると、ひざまずいたまま言う。
「仰せのままに…」
そうして、ひとまず落ち着いた俺達は今後の話し合いをする。能力者を保護、又は救出するに当たって、俺の戦闘経験を積むこと。あと俺の装備を整えることを先決として話を進めた。いかに強力な力を持っていると言っても、デュラハンの力を使えば精神力、体力を大きく消耗してしまう。
だが、地の強さを強化することによってデュラハンの能力も上昇させることができるらしい。当面の目標は、伝説的な武具の調査と入手。周辺モンスターの討伐。この二つを中心に進めていくことにした。
その時、廊下を走る音が聞こえ、この部屋のドアを叩くおとがした。ミリアルドが返事をし、入室を促す。入ってきたのはルーカンだった。ミリアルドが尋ねる。
「どうしました?」
「ミリアルド様!大変でございます!モンスターの軍勢が攻めてきました!」
「モンスターが?いったい何のモンスターですか?それと、その数は?」
「オークとその手下のゴブリンでござきます!か、数はおよそ1万です!」
「な!?そのような数が突然現れたのですか?!」
「はい…門番によれば、数匹のゴブリンが森の道から出てきたと思ったら、森の広範囲からゴブリンを先頭に、オークとゴブリンの大群が現れたそうです…」
「そうですか…」
ミリアルドは椅子に座り、苦々しい表情になる。しかし、すぐに気持ちを入れかえて、ルーカンに命令を下す。
「ルーカン、兵に森側の守りを固めるよう伝えなさい。その間に民たちを反対側の門から逃がすのです。幾人かの兵を民の護衛につけるのを忘れてはいけませんよ。」
「か、かしこまりました…」
ミリアルドからの命令を告げるため、ルーカンは足早に部屋を後にする。ミリアルドは両手を握り合わせ、わなわなと震えている。腹の底から怒りが込み上げているのだろう。アイリスはそんなミリアルドを見て、顔を伏せてしまっている。俺は意を決してミリアルドに話しかける。
「この町を捨ててしまうのですか?」
「…ええ、この町の兵の数はおよそ1万2千。しかし、その大半が実戦経験の無い新兵のような者達ばかり…無理もありません。ここ数十年、戦など全く無く、ちょっとしたモンスター討伐と自主鍛練のみですから。アーサー様もアイリスを連れてこの町を脱出してください」
それを聞いたアイリスはミリアルドを見る。アイリスも理解しているのだろう。ランスロットの者が誰一人いなくなれば、騎士王に仕える者がいなくなる。それはあってはならないと。そして俺は真剣な眼差しでミリアルドに尋ねる。
「ミリアルドさんはどうする気ですか?」
「領主が兵を見捨て逃げ出すことなどできません。私も兵と共にモンスターを迎え撃ちます」
ミリアルドは真剣な顔で決意をのべる。おそらく、もう誰も説得することはできないだろう。
(こんなところでこの人を死なせる訳にはいかない。何より、この町をモンスターの好きなようにさせてたまるか…!)
俺もミリアルド同様覚悟を決めた。そしてミリアルドに告げる。
「安心してください。この町には俺がいます。モンスターどもは俺が一匹残らず地獄へ叩き落としてやります!」
俺がそう言うと、ミリアルドが残念そうな顔で言う。
「ですがアーサー様、貴方様は目覚めたばかりでほとんどの能力を無くしている状態なのです。いかに強力と言えど、完全ではない状態ではいずれ体力切れに陥ってしまいます。せめて、影縫いの力があれば話は別ですが…」
「影縫いがあれば勝てるのですか??」
「ええ、あの技はデュラハンの技の中でも一二を争う拘束技です。一度捕まれば完全に動きを封じることができます。それに、奴らは闇の耐性を持ち合わせていませんから」
「そうなんですか。なら問題はありませんね」
俺はアイリスを見る。彼女も同じ考えなのだろう。俺を見て微笑んでいる。ミリアルドは良く理解しておらず、困惑した顔で尋ねてきた。
「アーサー様、どう言うことなのでしょうか??」
「簡単な話ですよ。モンスターどもは運が無かったと言うことです」
俺はそれだけ言うと、急いで部屋を飛び出した。