3話 感謝の執事と神の恩恵
玄関へ入ると燕尾服を着た人が立っていた。見たまま執事だろう。 年齢はおそらく50代ぐらいだろうか?。眼鏡をかけ、白髪混じりの髪をオールバックで後ろに流している。体型は細いががっちりしていて、身長も180センチぐらいはあるだろう。俺達が入ってきたのを確認すると、深くお辞儀をして話しかけてきた。
「おかえりなさいませ、アイリス様」
「ええ、ただいま戻りました。ルーカン、さっそくで悪いのですが、こちらの方を客間へお通ししてください」
「失礼ですがお嬢様、そちらの方は?」
ルーカンと呼ばれた男は、特に動揺する様子もなく普通に答えた。さすが領主に仕える執事だ。予想外の来客にも慌てる様子はない。
「こちらの方はアーサー様と言いまして、私達が盗賊に襲われていたところ助けていただいた、命の恩人の方です」
「なんと…!その様なことが?!」
領主の執事と言っても、今の話には驚きを隠せなかったのだろう。目を見開き、開いた口が塞がっていない。
そこでアイリスは、事の経緯を簡単に話始めた。
盗賊に襲われたこと。俺が偶然通りかかり助けたこと。あと、俺がデュラハンであること。
ルーカンは話を聞き終わると俺の方に向き直り、突然俺の手を取り涙ながらに感謝の言葉をのべてきた。
「お嬢様をお助けいただき、まことにありがとうございます!この御恩は一生忘れません!私の命を懸けて、その御恩に一生報いる所存であります!」
「い、、いえ!気にしないでください。人として、当然のことをしたまでですから…」
ルーカンの勢いに圧倒され、俺は若干顔を引きつらせ、なんとか言葉を発する。しかし、ルーカンは納得がいかないといった顔をして、手を握る力を強めて更に勢いを増す。
「それでは私の気がおさまりません!どうか、なんなりとお申し付けください!」
(ど、どうすりゃいいんだっ?!)
心の中で大きく狼狽えていると、馬車での会話を思い出す。
(そ、そう言えば、暫くここに住まわせてもらう話だったな…)
そこで、頭の中で素早く言葉を整理して、出来上がったセリフをのべる。
「で、ではこうしましょう…。お礼を兼ねて、暫くこのお屋敷で泊まっていってくださいと、アイリスさんが言って下さったので、今から領主様にお会いして、経緯をお話するつもりだったのです。ですから、領主様から了解を得た時は、いろいろご迷惑をおかけすると思うのですが、その時はよろしくお願いします…」
俺はなんとか話終えると、ルーカンは落ち着いて、握っていた手をそっと離し、懐からハンカチを取り出して涙を拭う。そして平常心を取り戻した口調でゆっくりと話始める。
「さようでございましたか…わかりました。では、客間へとご案内させていただきます。お嬢様、あとはお任せください。」
「ええ、よろしくお願いしますね。ではアーサー様、後程御呼びいたしますので、暫くお待ちください」
少し困ったような顔をしていたアイリスだったが、ルーカンの言葉に安心したのか、そう言うと軽くお辞儀をして、廊下の奥へと消えていった。
「それではアーサー様、どうぞこちらへ。」
ルーカンは深くお辞儀をし、そう言って招くように歩き出す。俺は後ろへと続き、廊下を歩いていく。
廊下の壁は白く、天井は黒に塗装?されていて、所々金の装飾が施されている。床には大理石のような石が敷き詰められていて、まるでどこかの宮殿のような造りになっている。
そして、一つの部屋に案内される。ルーカンは飲み物を出してくれるそうで、すぐに部屋から退出する。俺はルーカンが部屋から出たのを確認すると、部屋にあったベッドに突っ伏した。
(つ、疲れたぁ~!…マジでヤバい…)
慣れない環境で疲弊したのか、少し頭痛を感じつつ仰向けに寝そべる。無理もない。
いくら巨大な力を持ったと言っても17歳の高校生だ。あまりにも大きな出来事に心身の負担は計り知れない。中でも盗賊との戦闘だ。盗賊とは言え、人の命を奪ったのだ。普通なら何かしらの恐怖を覚えても不思議ではない。
だがしかし、多少の罪悪感はあるものの、それ以外の感情は何もなかった。もっと言うと、デュラハンになって手を下した時は何も感じなかったのだ。
おそらく、デュラハンの力を手に入れたことによって、精神面の強さが異常に増したのだろう。言い換えれば、デュラハンにさえなっていれば、どれだけ人を殺害しても何も感じないと言うことだ。
(俺は普通の人間をやめてしまったんだな…)
そんなことを考えていると、ふと部屋の隅にある姿見に気づく。
俺はなんとなく疲れた顔を確認しようと姿見に近づいてゆく。目の前に立ち、掛けられてあるカバーをめくった。しかし、そこには自分の知らない顔があった。俺は思わずめくったカバーをおろす。
(は…?何だ今の?)
俺は後ろを振り向く。
誰もいない。
当たり前だ。
(・・・。)
沈黙だけが過ぎて行く。
俺は覚悟を決め、再びカバーをめくる。
そこに写し出されていた顔は、元の顔からは想像もつかない美少年の顔があった。
柔らかい印象を受けるくりっとした目。瞳の色はサファイアのように青く輝く。小顔でキリッとした顎のライン。髪の色はキラキラと光るシルバー。その中性的な顔立ちは男番アイリスと言ったところだろうか。
(神よ…やってくれたな…良い意味で…!もしかして…モテるんじゃね!?)
多少のショックは受けた。でもその恩恵を考えると、いろいろと楽しくなりそうだ。そんなことを考えながら鏡を見ていると扉をノックする音が聞こえる。
「はい!ど、どうぞ…」
一瞬ビクッとなって、慌てて返事を返す。ルーカンがトレーに飲み物を載せて戻ってきた。慌てたそぶりを見せる俺に不思議そうな顔をするルーカン。
「どうかされましたか?」
「いえ!領主様にお会いするからには、身だしなみを整えた方が良いかと思いまして、鏡を見ていました…」
「さようでございましたか。お待たせして申し訳ございません。もうそろそろお嬢様からお声がかかると思いますので、もう暫く御待ちください」
そう言うとルーカンは姿見の隣にある机に飲み物を置き、また深くお辞儀をして部屋をあとにした。
俺は机の椅子に座り、飲み物を口にする。
(お、リンゴジュースみたいだ…!なかなか旨いな)
喉が乾いていたのでいっきに飲み干す。コップを机に置き、椅子の背もたれにもたれ掛かる。
(とりあえず、デュラハンの力を使うのは控えよう…。能力が能力なだけに、そうポンポン使うべきじゃないしな。てか、相手が同じ呪痕使いじゃなければ使う必要は無いだろう。当面は装備品やアイテムを揃えることに集中しよう。そのためにはお金を稼がないとな…)
あれこれと考えていると、だんだん眠くなってきて、意識を手ばなしそうになる。ヤバいと思ったその時、扉を叩く音がした。
「アーサー様、アイリスでございます。準備が整いましたので、父のところにご案内いたします。」
外からアイリスの声が聞こえ、椅子からバッと立ち上がる。
「はい!すぐ出ます!」
そう言い、部屋の外へと素早く出る。
そこには、先程とは変わって鮮やかなピンクのドレスに身を包んだアイリスが立っていた。最初のドレスの感じも良かったが、今のお姫様のようなドレスもすごく似合っていた。
「すいませんアイリスさん、ではよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそお待たせしてしまい申し訳ございません。それでは参りましょう」
そう言われ、アイリスの後に続く。内心、いろんな意味でドキドキしてしまい、さっきまでの眠気がすっ飛んでしまった。
(あまり女性をじろじろと見るもんじゃないのは理解できるんだが、どうしても気になってしまうな…)
アイリスの後ろ姿を視界にとらえ、そんなことを考えてしまう。
(落ち着け!落ち着け!平常心!平常心!)
無理矢理落ち着けようと心の中で叫ぶ。
あれこれ考えているうちに、領主の部屋へと着いてしまうのであった。