1話 理不尽を砕く理不尽
俺は回転しながら宙を舞っていた。
と言っても、実際には首から上の頭だけだが…。
時折地面に見える、膝から崩れ落ちようとしている、首から下の胴体が見える。
実在にはほんの数秒の出来事。
時間で言えば1~2秒のことだろう。
死の間際の走馬灯?のようなものだろうか。
感覚が研ぎ澄まされ、周囲の景色がゆっくりと流れていく。
ことの発端は、暴走する車から小学生を助けたことが原因だった。突然のことだったため、考えるよりも先に体が動いた。車が子供にぶつかる寸前に抱き抱え、前転するように飛び退いた。
その時は成功して助けることができたのだが、次の瞬間暴走車が中央分離帯の縁石を乗り上げ、ガードレールに衝突した。その衝撃でガードレールの一部が弾け飛び、俺に向かってものすごいスピードで飛んできた。
そして、あっさりと俺の首をはね飛ばした。
幸い子供は背が低く、ガードレールが当たることはなかった。だが、目の前で人の首が飛び、盛大に血を吹いて倒れたんだ。その子の精神的ダメージがどれ程のものか、もはや知る術もない。
しかし、死んだことにたいして、俺には不思議と後悔は無かった。いや、これでアイツのところに行けると思うと、安堵さえしてしまっていた。数ヵ月前に病死した、俺にとって血は繋がらないが、実の兄弟のように育ったアイツのところへ。
そして、数分間にもおよぶ思考のなかで、徐々に意識が薄れていき、俺はゆっくりと目を閉じた…。
ところが、意識が無くなったかと思った瞬間、突然脳が覚醒したような感覚に襲われる。いきなり目が覚めてしまったときのような、気だるさを含む感覚だった。
ここはどこだろう?と思いながら、辺りに気を配るが、暗くて何も見えない。するといきなり目の前に、光の玉のようなものが現れ、何処からともなく声が聞こえてきた。
「ようこそ転生の空間へ。私は転生を司る神です。貴方の魂は転生への適合を有するため、第2の人生を歩める権利を得ました」
「は?テンセイ?」
突然のことで、言われた言葉を理解することができなかった。
「はい、転生です。貴方の魂はもともと特別な魂で、負のエネルギーを吸い込み蓄えてしまう力があったのです。そのため、貴方自身も感じてるとは思いますが、理不尽なまでの貴方の不幸はそこからきているのです」
ここで真実を聞かされる。
「そんな、まさか、俺の周りでおきた不幸は、全て俺のせいで・・・?」
「はい。全部が全部とまでは言いませんが、貴方の心を抉るような不幸は、貴方の魂が原因と見て間違いありません」
「じゃ、じゃあ、俺がアイツを……」
頭の中が真っ白になった。
大切なものを自分で壊していた事実を知って、俺の心は悲鳴を上げていた。
そんな俺に神は話を続ける。
「そう言うこともあり、そのための救済処置と言う形になるのですが、その蓄えられた負のエネルギーを使って、貴方を蘇らせることができます」
(蘇る?何のために?)
俺にはもう何も無いというのに。
もはや答える気力も消え失せていた。
だがここで、神が希望の光を与えてくれる。
「・・・絶望するのはまだ早いですよ?大切なものなら、また取り戻せばいいだけです」
え?とりもどす?
「いい忘れていましたが、貴方の転生先は異世界です。そこには、貴方の願いを叶える術も存在します」
そこで俺は、光を見つめ呟く。
「俺の、願い…?」
「はい。もし後悔があるのなら、貴方の大切な者を蘇らせればいい。かなり難易度は高いですが、貴方には、それを実現させられるだけの力があります」
そう言うと、突然俺の首の回りが光った。
「これを使って首の回りを見てください」
と言われ、目の前に手鏡が現れた。
俺はそれを手に取り、首の回りを写す。
そこには、首の端から端まで光のラインが通っていて、ライン上にはまるで封印のように、小さな円がきっちりと並んでいた。
「これは?」
「それは呪痕と言います。簡単に言うと、負のエネルギーの副産物のようなものです。負のエネルギーを、貴方の戦う力へと変換してくれる、とても強力な力です」
俺は訪ねる。
「それはどうすれば使える?」
「誓いを立てるのです。貴方の心にある正義に。そうすれば、あ とは力を欲するだけです」
そう言われ、俺は深呼吸をして、右手を左胸に当てた。
そして、誓いの言葉紡ぐ。
「俺は、あの苦しみを絶対に忘れない…!俺は俺の命が続く限り、目の前の理不尽を打ち砕く!」
誓いに呼応するように、呪痕の光が強まったかと思うと、ゆっくりと光が消えていき、黒色のラインが残った。
「これで誓いは立てられました。さあ、旅立ちの時です。貴方の願いが叶うことを心より願っています」
次の瞬間光に包まれ、何も見えなくなっていった。
光がおさまると、舗装された道の上に立っていた。
回りは草原のような場所で、左手には森が見え、その向こう、かなり離れた場所には山が見えていた。この道はまっすぐの一本道のようで、森に沿って続いているようだ。だいぶ先では森が広がっており、この道も森の中へと続いている。まずは町か村を見つけようと思い、舗装された道をまっすぐ進むことにした。
歩きながら自分の持物を確認してみる。服装はこの世界の物だと思う。動きやすく、しっかりとした生地で作られており、これぞ旅人の服と言った感じだ。背中には剣を担いでおり、腰に括られている袋の中には、携帯食料のような物と、回復薬のような物が入っていた。初心者支援セット一式といったところだろうか。神様に感謝しつつ道を急ぐ。
(呪痕のお陰か?)
力を使っていない状態でも疲れた気がしない。すでに2キロほど歩いていると思う。すぐ目の前に森が見えてきた。少し不安を抱きつつも、まっすぐ進み、森の中へと踏み込んだ。
そのときだった。道の先から女性の悲鳴が聞こえ、金属のぶつかる音が鳴り響いた。俺はすぐに走りだし、音の方へと向かって行った。
俺が駆けつけると、そこには個室のような作りの豪華な馬車と、屋根が付いているだけの馬車が複数の人間に囲まれており、兵士のような格好の人間と剣で斬りあっていた。だが、多勢に無勢と言うやつで、兵士はすでに何人か倒れていて、周囲を囲む人間は、
兵士の倍以上いる。確実に囲む側が略奪者だろう。
俺は誓った。
目の前の理不尽を打ち砕くと。
俺は背中の剣を抜き、全速力で疾駆する。相手も気づいたのか、何人かが振り返り、剣を構えて追撃体制をとろうとする。だが、敵は俺の走るスピードを見て、明らかに驚愕していた。50メートル程の距離を2秒程度でつめてきたのだ。驚かないほうが不思議だ。構えるよりも先に接近され、剣の一撃を首に受け、叫ぶ暇もなく首が宙を舞う。
俺はそのまま前進して、敵の隙間を縫うように、馬車の前まで駆け抜けた。その間、すれ違った敵の首を全てはね飛ばした。周りの人間は何が起こったか理解できず、兵士達は愕然としていた。
(敵はおそらく盗賊だろうか?)
奴等は青ざめ、後退る者や、腰を抜かして尻もちをつく者もいた。
俺は兵士に一言「助けにきました。あとはまかせてください」そう言って、俺は盗賊達のほうに向き直り、剣を構える。すると盗賊の1人が叫ぶ。
「な、なにもんだお前はっ?!」
「俺は・・・」
(ん?そう言えばここは異世界で、日本人としての名前をそのまま使うのは違和感があるのか…?)
そんなことを考え、俺は頭に一瞬浮かんだ名前を告げる。
「俺は『アーサー』。貴様らのような、理不尽な略奪者を裁くため、死の世界から来た死神だ!」
そう言うと俺は駆け出し、手前にいた盗賊三人を斬り伏せた。盗賊も剣を振るため動き出したが、構える暇もなく崩れ落ちた。そして、四人目に剣を振りおろそうとしたとき、一本の矢が俺目掛けて高速で飛んできた。だが、呪痕の力で強化された身体能力と、研ぎ澄まされた集中力により、俺はそれを剣で弾き、矢の飛んできた方を睨み付ける。
そこには周りの盗賊よりも、一回り図体の大きな奴が弓を構えていた。
「か、頭っ!」
周りからそんな声が聞こえる。
(こいつがリーダーか?。身長はでかいな…。俺が170だから、おそらく190ぐらいあるだろうか…)
そんなことを考えていると、盗賊の頭はゆっくりとこちらに歩いてくる。すると周りの手下は後ろへ下がって行く。盗賊の頭は、俺から5メートルぐらいの距離で立ち止まると、嫌な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「お前、強いなぁ。それだけ強いと、噂の一つは耳にすると思うんだがなぁ…?」
「さっきも言っただろ?俺は死神だ。貴様らのようなクズども狩るため、地獄から蘇って来たんだよ」
そう答えると、盗賊の頭は気持ち悪く笑い、声を荒げた。
「クックックックッ、面白い!俺の名は『ガド』!ここからは俺がサシで相手をしてやるよ!」
そう声を上げ、盗賊の頭、ガドは弓を投げ捨て拳を構える。俺も剣を構え直す。
(なんだ?わざわざ武器をすてるのか?)
俺は小さな疑問を感じつつも、目の前の敵に集中力する。すると、突然後ろの兵士が叫ぶ。
「き、気をつけろっ!そいつは呪痕をつかうぞ!」
(なに?呪痕て、普通に使える奴がいるのか??)
俺は内心で驚きつつも、体が一瞬硬直する。そんな俺の不安を感じとったのか、ガドがニヤついた顔で声を上げる。
「知ったところでもう遅い!泣き叫んで後悔の中で死ね!」
そういい放つと、ガドは自分の体に力をこめる。次の瞬間ガドの体が膨張するように大きくなり、服が弾け飛ぶ。体からは灰色の毛が生え、全身を覆っていく。口は犬のように延び、耳は頭の上に移動して、尻からは長い尻尾が生えてきた。みるみるうちに変化していき、やがて一匹の狼男?に変身していた。
(は?!これが呪痕の力なのか?まるでモンスターじゃないか!)
俺は驚きのあまり放心していると、ガドが呟く。
「いくぞ?」
そう言われ、瞬間的に寒気を感じ我にかえるが、気がつくとガドの姿がかき消え、すでに目の前で拳を振りおろしていた。
咄嗟に俺は、剣を横に構えて拳を受け止める。だが、あまりの威力に剣はひび割れ、真中あたりで砕け散るように折れた。俺は衝撃で後ろへ飛ばされ、ゴロゴロと転がってしまった。
(くっ!神様よ、呪痕の使い手が普通にいるなんて聞いてないぞ?!)
俺は折れた剣を地面に突き立て、ゆっくりと立ち上がる。派手に吹っ飛ばされはしたが、思ったほどダメージは大きくない。とは言え、現状のままではどう足掻こうが勝ち目は無いだろう。
「どうした?その程度か?まだまだ行くぞ?!」
そう言い、ガドが駆け出す。先程の速さはないが、それでも強く集中しなければ目で追えないスピードだ。
俺は折れてしまった短い剣で、さっきみたいに防御に徹する。ガドの両腕から繰り出されるラッシュを受け止めたり流したりして、ギリギリのところで防ぎ続けていた。しかし、不意に速い拳が飛んできて、受け流しのバランスを崩してしまう。そこへ渾身の後ろ回し蹴りが飛んできた。倒れながらも何とか踏ん張り、その一撃を剣で受け止めた。だが猛烈な攻防の末、ガタガタになった剣に凄まじい威力の蹴りが飛んできたのだ。折れた刀身はグリップだけを残して粉々に砕けた。
「どうやら終わりのようだな?命乞いでもしてみるか?」
ガドが愉快そうな声で喋り、「そうだな…」と、突然腕を差し出してきた。
「どうだ?俺の部下にならないか?お前はなかなか強い。いろいろと使い道がある。俺の部下になるなら命は助けてやろう」
いきなりそんなことを言い出した。不意に言われ、一瞬面食らう。だが俺はその言葉を聞き、笑いが込み上げてきた。別に気が触れたわけでも、脳に損傷を負った訳でもない。それは『普通』なことなのだ。とうとう我慢ができなくなり、吹き出してしまう。
ガドが怪訝な顔をして、低い声で言う。
「何がおかしい?」
「何がおかしいかだって?フフッ、おかしいに決まってるだろ?なぜ自分よりも『弱い奴』の部下にならないといけない?」
俺はそう言うと軽く身体の力を抜いて、再び力をこめ直し、刀身の砕けた剣のグリップを握り構える。そうして呪痕に意識を集中させて、力を解放させていく。
「俺もお前に見せてやるよ。俺の全力の力をな!」
次の瞬間一気に力を解放させる。すると黒い風のようなものに包まれ、一時的に外界と遮断される。その間俺の身体は変貌をとげていく。足先から徐々に鎧に包まれていく。と言ってもそこに俺の肉体はない。神と出会ったときのような、魂だけの存在なのだろうか?。やがて黒い風がやみ、その全貌が明らかになる。
そこには、全身に重厚な鎧を纏った騎士が立っていた。鎧の色は青く見えるが若干暗く、ダークブルーと言ったところか。背中には黒のマントを羽織り、腰には長剣を携えていた。兜を合わせれば身長は2メートルにはなるだろう。しかし、兜は左脇に抱えられ素顔を晒していた。いや、本当なら晒しているはずなのだが、俺は今肉体はなく、魂だけの存在だ。つまりそこに俺の顔は無く、当然鎧の中にも身体はない。
(・・・。なんと言うか、これってまるで某ゲームの鎧のモンスターだな…)
そんなことを思っていたら、周りがざわざわしだした。何故か目の前のガドが狼狽えている。
(ん?よくわからんが焦り出した?どういうことだ?)
そんなことを思っていると、ガドがひきつった声で言う。
「そ、それは呪痕?!お前も力を持ってたのかっ!そ、それよりも、デュ、デュラハンだとっ?!」
「どうした?怖じ気づいたのか?」
俺はそう言うと剣を鞘から引抜き構えた。
「冗談じゃない!デュラハンなんて相手にできるか!」
そう言うと、背を向け逃走しようと思ったのか、だがすでに手遅れだった。
(な、なんだ?!身体が動かんぞ!?)
「悪いな。俺の固有能力だ。闇の力に対して、抵抗力が無い奴は影を縫い付けられ、動けなくなるんだわ」
気づいた時にはすでに遅く、その場にいた盗賊達は全て動けなくなっていた。
『影縫い』デュラハンの固有能力の一つ。闇の力の影響で敵を動けなくするスキル。力が解放されたあとは常にパッシブのため、闇属性に抵抗力がない者は動けなくなる。
俺は振り返り、後ろの兵士に訪ねる。
「すいません、コイツらどうしたらいいですか?捕らえたほうがいいですか?」
兵士は突然話しかけられビクッとするが、焦りながらも答えた。
「あ、ああ、どのみちコイツらは罪を犯しすぎた。捕らえたところで極刑は免れんだろう…」
「そうですか。わかりました。……と言う訳だ。悪く思うなよ。お前らのことだ。ここで情けをかけて見逃せば、また同じことを繰り返すだろう。それに始めにも言ったが、俺は死神だ。その対価はもちろん命だ。と言う訳で、何か思い残すことはないか?」
俺は盗賊達に話しかけたが返事はない…。皆、目に涙を浮かべて口がぷるぷると震えている。目の前のガドも目を見開いているが何も言わない。(なんだ?)と思ったがすぐに理解した。
「そうか、影縫いが強すぎて喋ることもできなくなったか。じゃあ仕方ないな…。次は心を入れかえて、生まれ変わって出直してこい!」
そういい放ち、力をこめる。すると盗賊達の影が水面のように揺らいで、そのまま影の中に沈み込んだ。
一瞬にして20人近い盗賊達が消えた。それは完全なる消滅を意味していた。あの影の中に吸い込まれたが最後、生物の肉体は消滅し、骨すら残らない。スキルと言うよりも、デュラハンの影の性質である。
(終わったか…?以外と呆気なかったな…と言うか、俺が規格外すぎたのか?)
そんなことを思い、剣を鞘に納め、脇に抱えていた兜を被る。そして兵士達に振り向き戦いの終わりを告げる。
「終わりました。私たちの勝ちです!」
すると一瞬間を置いて、全てを理解した兵士達から大きな歓声が上がるのだった。
(俺の戦いはまだ始まったばかりだ。俺は、理不尽に奪われた幸せを必ず取り戻してみせる…)
心の中でそう呟き、新たな名前『アーサー』を名乗り、次のシナリオへと進むのであった。
不定期です