暗殺者一家の事情
「久しぶりだな、父さん。元気にしてるのか?」
後ろの荷台に朱音を乗せて自転車を漕ぎつつ、柊吾は電話口に語り掛けた。
「父さんが元気じゃない訳ないだろう。それより朱音ちゃんは!? 朱音ちゃんは元気なのか?」
大声で食い気味に迫ってくる口調に、思わず柊吾は携帯を遠ざけると、後ろ襟にしがみついている朱音にパスする。
「……信二さん?」
「朱音ちゃん! 久しぶりでちゅねぇ~~~~パパでちゅよ~~~~」
「…………」
「もう、朱音ちゃんったら、パパって呼ぶようにいつも言ってるでちょ?」
このどこに出しても恥ずかしい人が、柚木信二。俺と朱音の父さんだ。この子煩悩ぶりは昔からで、流石の朱音も赤ちゃん言葉にはドン引きしている。父の名誉のために付け加えておくが、今でも現役バリバリの殺し屋で、世界中を駆け巡っている。
朱音は柊吾の肩を叩きながら、言葉を零した。
「ねえパパ。信二さんがウザい」
ドガッ! バリバリ、ガッシャーン!
電話の向こうでガラスを叩き割ったような激しい物音がした。突然の朱音からの攻撃に、殺し屋らしからぬ動揺を見せている。父親は電話口でぐぬぬ、と分かりやすく歯軋りした。
「おい柊吾! おのれ、お前ばかり朱音にパパと呼ばれおってぇ……。次に会った時ぶっ殺してやる!」
それが実の息子に対する態度か。しかも、プロの殺し屋なだけあって、発言が馬鹿にならない。再会した時に、鉛玉を直接体内にプレゼントされると思うと気が気じゃない。
「父さん、もう勘弁してくれよ」
「うるさい! お前に父さんなどと呼ばれる義理は無い!」
いや、俺は正真正銘あんたの息子ですけど。
「第一、お前は昔から朱音を独り占めしておってだな! わしが仕事で忙しいからって朱音ちゃんと毎日いちゃいちゃしおってえ! 朱音ちゃんのパパはお前じゃないっ! このわしじゃ! わし! 図々しいにも程が……ぐほっ!」
突然の呻き声と同時に、捲し立てる声が途絶えた。遂に暗殺でもされたか、そりゃあんだけ叫んでればな、と柊吾が心配していると、電話口からもう一人、既知の声が聞こえてきた。
「はーい、柊吾。久しぶりー。元気そうねえ」
優しい口調の中に、どこか高貴な雰囲気も持つこの声は、母親の柚木エリスに間違いない。
「久しぶり、母さん。父さんは?」
「うーん。今は床で泡吹いて倒れてるわ」
一体、何をしたのか。恐らく聞かない方が身のためだと思う。南無三。
「あんまり時間も無いし手短に説明するわねー」
仕事の内容はいつもとあまり変わらないものだった。海外から日本まで戻ってくるのが煩わしい、という単純明快に依頼の理由も付け加えた上で、あっさりと電話が切られた。
肩透かしをくらった柊吾は、手探りで携帯をポケットへ滑り込ませると、ペダルを漕ぐ速度を速めた。
「それじゃ、一仕事しますかね」
背中に寄りかかる朱音の寝息を聞きながら、柊吾は一人ごちた。