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殺し屋稼業と青春の日々、そして妹  作者: 四十九院 衛
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勉学の秋、睡眠の秋


 鬼も凍らせそうな眼つきを向けたまま、清野は俺の真正面に深々と腰かけた。それとは対照的に朱音がちょこん、と清野の隣に座っている。かく言う柊吾の隣では夏姫が気持ち良さそうにいびきを掻いている。

 放課後。人の居なくなった教室。机を繋げて三者面談の様に向かい合うこの構図だけを聞けば、この四人、さぞかし仲が良さそうに聞こえるだろう。この殺気めいた雰囲気を知らなければ。

 柊吾がこんな死地に立たされている理由は、この三十分前、ホームルームが終わった直後に遡る。


「おっと、柚木と岸和田、それと…………清野。ちょっと残れ」


 担任教師からそんな呼び掛けがかかった瞬間、柊吾はまたか、と肩を落とした。大方、先日の説教の続きだろう。授業中の八割を寝て過ごす(柊吾調べ)夏姫と一緒くたにされて怒られるのは、今回が初めてじゃない。柊吾は、今も隣でいびきを掻いている夏姫に脳天チョップを食らわせて叩き起こすと、そのまま教卓へと引き摺って行く。

 しかし、清野まで一緒とはどういうことだろう。超が付くほどお堅い彼女が、呼び出されるような悪事を働くとは思えない。どうにも解せない感情を胸に抱えながら、まだ寝ぼけ眼でぼーっとしている夏姫をなんとか担任の前に立たせた。


「それで、先生。ご用件は一体なんでしょうか?」


 先に着いていた清野の質問に、担任はうむ、と口を開いた。


「柚木、そして岸和田。お前達、今自分の成績がどうなっているか分かるか?」

「はあ、特に考えたことは無いっすけど」

「柚木は内申点がほぼ0点、岸和田に至っては定期考査の点数もひどいもんだ。このままだとお前ら…………」


 怒りより憐れみを含んだ目が、柊吾に向けられる。


「卒業できん」

「んなっ……待ってくださいよ! 岸和田はともかく、俺はまだ大丈夫でしょ!?」

「むきー! 私を売るな! ねー、先生。柊吾もアウトですよね?」


 慌てて保身に走った柊吾の足に、いつも間にか完全復活した夏姫がしがみつく。


「おい! お前こそ俺を道連れにしてんじゃねえ!」

「ふーん。死なばもろともだもんね!」

「うるさい! あなた達、少し静かにしなさい!」


 ヒートアップしていく二人の口論にしびれを切らしたのか、清野が割って入る。その気迫に思わず押し黙った二人を見て、担任はこう付け加えた。


「そこで、だ。清野には二人の勉強を見てもらいたいんだ。もっとも岸和田は次のテストで全教科百点でも取らない限り難しいが、柚木の方はまだ何とかなるかもしれん。次の定期考査の点数で内申点をカバーできればの話だがな」

「私がですか? この二人に勉強を?」

「そうだ。クラスメイトを助けると思えば、委員長の仕事の一部だと言えなくもないだろう?」


 それを聞いて、清野は言葉を詰まらせた。彼女は体の半分が責任感で出来てるような女だ。委員長という言葉にはめっぽう弱い。恐らく担任もその事を分かって言ってるのだろう。


「どうだ、清野。頼まれてくれるか」


 ここまで言われてしまえば、清野の返事など聞かなくても分かった。


「……分かりました。難しい仕事ですが、やってみたいと思います」


 若干、不安の残る声色で清野は何とかそう告げると、振り返って鋭い視線を柊吾に浴びせた後、言った。


「やるからには徹底的にやるわよ。今日から放課後、みっちりたたき込んであげる」


 その結果がこれである。

 机に置かれた数学のテキストの空欄は、少しずつ埋まってきているものの、それは清野に「今日の最低限のノルマ」として課された分量の三分の一ほどに過ぎない。超至近距離から飛んでくる絶対零度の眼差しのせいか、普通に家で宿題をやっている時よりもはかどっていない気がする。


「……パパ。早く帰ろ?」


 その弊害として、かれこれ三十分以上も朱音を待たせてしまっている。清野の脳天チョップが、爆睡していた夏姫に炸裂したところで、柊吾は思わず苦言を呈す。


「なあ、いきなり根詰め過ぎても、あまり成果は出ないんじゃないか。夏姫ももう飽きてるみたいだし」

「そ、そーだそーだ! 私がもう飽きたことだし、本日はここまで!」

 それはお前が言う事じゃない。

「だめ! 心にそんな甘えがあるから落ちこぼれるのよ。こうなったら、限界ギリギリまで勉強漬けにして、勉強の事しか考えられなくしてやるっ……」


 なにこの人、ものすっごく怖いこと言ってるんですけど。怖気づいた柊吾がどうにか逃れる術を探していたところで、幸か不幸か、内ポケットに入れた携帯が鳴り響いた。ただの携帯電話では無い。コンパクトで黒い金属光沢を持つこの旧式ガラケーは、専用の衛星回線に接続、盗聴妨害のためにダミーの通話回線も開いている。仕事用の専用端末だ。

 突然の着信音に、一同が驚いて固まった一瞬を、柊吾は見逃さなかった。


「悪い、急用が入った! 先帰るわ!」


 目にも止まらぬ速さで朱音をお姫様抱っこで回収すると、そのまま廊下へ緊急脱出ベイルアウト。そこから猛ダッシュで戦線離脱。ここまでわずか0.5秒の早業である。


「こらー! 柚木ぃ! 逃げるんじゃないわよ!」


 おお、怒ってる怒ってる。明日、教室で会った時、どうしたもんか……。


「柊吾、お前は戦いから逃げようとしている! 逃亡者は銃殺される!」

「あんたは真面目に勉強してなさい!」


 ドゴッという鈍い音と共に、夏姫の呻き声が聞こえてくる。

 すまん、夏姫。後は任せたぞ。

 生贄となった夏姫にそっと手を合わせてから、柊吾は今も鳴り響き続ける携帯電話を無造作に取った。


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