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時の守人  作者: 冬木ゆあ
3.アルド王国
7/21

 翌日の早朝には夫婦にお礼を告げて北東へと進んだ。

 一時間ほど行くと地図通りに街道へと出た。

 人はなくただひっそりとした道だったが、たしかに道は遠く彼方まで続いている。

 イリスたちは街道を進んだ。

 カルロスとフィオナは外套のフードを被り、目立つ外見を隠しながら歩いた。

 昼は歩き、夜は野宿を繰り返す。

 首都に近づくに連れて人とすれ違うことも多くなった。

 外見を隠していても背丈で子供だと分かる。

 すれ違う人たちは三人をもの珍しそうに見ていた。



 夫婦と別れてから二週間ほど経った頃、道が二手に分かれた。

 一方は首都へと向かう道。もう一方は細い田舎道だ。

 イリスたちは当初の予定通り、田舎道へと進んだ。

 この道に入るとまた人通りが減った。



 細い道を歩きはじめて三日ほど経った頃のことだった。

 道の先から二人の馬に乗った衛兵と行き会った。

 イリスたちはそのまますれ違うだけだと思っていた。

 だが衛兵が馬を止めたのだ。

 そして馬を降り、イリスたちの前に立った。


「おい、待て。お前たちどこの子供だ?」


 イリスはうつむいたまま固まり、カルロスは警戒したような瞳を衛兵へ向けた。


「この先の村だよ」


 しかしフィオナはあいかわらず間延びした緊張感のない声でそう言った。

 衛兵を見上げて道の先を指差す。

 衛兵たちは顔を見合わせてフィオナの指の先を見た。


「チロ村か? こんな子供いたか?」

「おばあちゃんに会いに来ているんだ。この辺りが珍しくてついここまで来ちゃった。この子がもっと先まで行こうって言うから」


 フィオナが隣に立つカルロスを見た。

 カルロスはぎょっとした。

 すると衛兵は声高に笑い、カルロスの頭をフード越しに撫でる。


「お前も男の子だな。だが早く戻れよ。この辺りは人さらいが出るからな」

「へぇ。そういえばおばあちゃんもそんなことを言っていたな。おじさんたちはそれで見回りしているの?」

「そうだよ」


 衛兵はすでに警戒心を解いたようでフィオナに答える。


「へぇ。おじさんたちも大変だね。人さらいってどんな人? どこを根城にしているの?」

「それが分かっていたらいいんだが、まだ見つかってないんだ。何箇所かで同時に子供が攫われている。だからお前らもあんまり村から離れるなよ」

「そっか。気をつけるよ」


 衛兵たちは馬に跨って去って行く。

 フィオナは手を振って見送った。

 イリスとカルロスはほっと胸を撫で下ろした。


「こう言う時は堂々としてなきゃ」


 フィオナはにっと笑ってそう言った。それから表情を引き締める。


「この辺り、衛兵が多いかもね」

「そうだな。人攫いか。想定外だ。それも組織的な犯行のようだ」


 カルロスは苦々しく顔を歪める。

 それに反してフィオナはけろっとしている。


「よし、さっさと抜けよう」


 フィオナは歩き出した。

 カルロスがそれを止める。


「待て。引き返そう」

「なんで? ここまで三日だよ。戻ったら一週間が無駄になる」

「そうだが人攫いと行き会ったらどうする?」

「カルロスは考えすぎだよ。衛兵も見回っているんだから。この様子じゃ、街道沿いの方が衛兵の警戒が厳しそうじゃないか」


 フィオナはまた歩き出した。

 カルロスは重いため息をつきながら額に手を当てた。

 この胸を過る不安は杞憂なのだろうか。

 だが旅慣れたカルロスの感は紛れもなく引き返すべきだと言っている。

 イリスはカルロスを見て、フィオナを見た。


「このまま進もう。でも野宿は避けよう」


 イリスの一言に先を歩くフィオナが振り返り、カルロスは顔を上げた。


「フィオナの言うように引き返すには進み過ぎた。けど衛兵のこと、人攫いのことを考えたらこのまま進むのは無防備だと私も思う」

「だがこれから街道に合流するまで宿をとる金はない」

「うん。分かっている。だから地図をくれたおじさんのように納屋なり、家の敷地に泊めてくれる人を探そう。それなら少しは安全だと思う。どうかな?」


 フィオナとカルロスは少し考える素振りを見せた。


「そうだな。俺は賛成だ」

「あたしも。屋根があるところで眠れるのは大歓迎だよ」


 イリスは笑みを浮かべた。


 その日から野宿をやめた。

 日が暮れる前に村を見つけて泊めてくれるところを探した。

 だが人攫いが出ることもあってイリスたちを警戒し、断られることも多かった。

 けれど二日連続で野宿を避けることができた。

 昨日は老夫婦が、今日は幼い子供のいる家だった。

 イリスたちは納屋を借りることになった。

 細身の男がイリスたちを納屋に案内する。


「納屋で悪いな」

「いや、ありがたい」


 カルロスは緑の瞳を細めた。


「この辺りは人攫いが頻発している。子供だけで野宿は危ないよ」


 男は人の良さそうな笑みを浮かべて言うと納屋から出て行った。


 しばらくすると今度は女がやってきた。こちらも細身で綺麗な女だった。

 手には小振りの鍋を持っている。


「これ、食べな」


 そう言って差し出したのは牛乳で煮込んだ野菜のスープだった。

 イリスたちは目を輝かせる。


「いいのか?」


 カルロスが緑の瞳で女を見上げた。

 女は微笑む。


「いいんだよ。余りものだから気にしないで。――ほら、アレシアおいで」


 女は納屋の入口を振り返った。

 そこから幼い女の子がひょっこりと顔を出した。

 恥ずかしそうにもじもじとしながらお盆を手にして近寄ってくる。

 女はアレシアからお盆を受け取った。

 そこには三個のパンとお皿、スプーンが乗っている。


「食べ終わったら、そこにおいておきな。明日にでも取りに来るから」


 女はそう言って、アレシアの手をとって納屋をあとにした。


 三人はそれぞれスープを口にする。

 スープからは暖かな湯気が立ち上っていた。


「ああ、この暖かさ。身に染みるね」


 フィオナがご満悦な表情を浮かべている。

 カルロスは無言で食べ続け、イリスは味わうようにゆっくりと食べた。


 すぐに鍋は空になり、三人は満足そうに食後の余韻を楽しんでいた。


「これ返してくるね」


 イリスはお盆に空になった鍋や茶碗をのせて立ち上がった。


「明日取りに来るって言っていたじゃん」

「うん。でも、もう一度ちゃんとお礼したいし」


 イリスはそう言って納屋を出た。


 夜も更けて、村はしんと静まり返っている。

 空には星が散りばめられていた。

 息を吐くとほんの少し白い。

 気がつけば十一月に入っていた。

 旅をはじめてから一カ月が経ったのだ。


 イリスは隣の母屋のドアをノックする。すると男が顔を出した。

 ドアをノックした主を探すように視線を下げる。


「やぁ、君か。――おい、母さん、女の子が来たよ」


 男が家の中に向かって言ってからイリスを家の中へと招き入れる。


「これ、ご馳走様でした」


 イリスがお盆を差し出す。


「わざわざ持ってきてくれたのかい? 寒かったろう」


 イリスは首を横に振った。

 女がリビングに顔を出す。


「明日でよかったのに。――ああ、そうだ。こっちおいで」


 女がイリスを手招く。

 イリスはお盆を持ってついて行った。

 女は廊下を行き過ぎ、キッチンへと入った。

 そこには床に座るアレシアがいた。

 イリスを見ると女に駆け寄り、スカートの陰へと隠れる。

 女はキッチンの端に置かれた木箱から蜜柑を取り出した。


「これも食べる?」

「いいの?」

「いいよ。村の傍になっているやつだから。味は保証しないけどね」


 女はそう言って微笑んだ。

 三つの蜜柑をイリスに差し出す。

 イリスは受け取り、お礼を言おうとしたその時だった。

 馬の嘶きと荒々しい足音が聞こえ、男の猛々しい笑い声が聞こえてきた。

 女はびくりと身を震わせて傍らにいるアレシアの肩を抱いた。

 それからイリスに目を向ける。


「あんた、アレシアとここに隠れていな」


 そう言うと足早にリビングへと向かった。

 イリスは言われたとおりにアレシアの肩に手を添えてキッチンに身を顰めた。

 リビングからドアが蹴り破られたような音と男の怒鳴り声が聞こえた。

 イリスはキッチンのドアの傍に耳を当てた。

 男たちは金銭を要求しているようだった。


「か、金などない」


 この家の男の声が聞こえた。

 そのあと遠くで若い女の悲鳴も聞こえた。

 アレシアはイリスにしがみつくようにして震えている。


「ならガキでいいよ。いるんだろ?」


 その一言で、イリスはこの男たちが衛兵の言っていた人攫いだと気がついた。


「こ、子供はいない!」


 この家の男がそう言った途端、ドンと言う大きな音がした。

 なにかが壁に当たった音だ。


「あなた!」


 女の悲痛な声がして「やめて、やめてよ!」と叫ぶ声がした。


「子供がいない? 嘘を言うな!」


 下調べは済んでいるような口ぶりだ。

 イリスはアレシアの肩を掴む。


「ここにいて」

「おねぇちゃん?」

「大丈夫だから、ね?」


 イリスは笑みを浮かべた。

 それからキッチンを出て、リビングの扉をほんの少しだけ開く。

 中を伺うと、この家にいる人攫いは二人組のようだ。

 体格のいい男と、ひげ面の小さな男。

 床にはこの家の男が倒れ、女が庇うようにして野党を睨みつけていた。

 野党の手には剣が握られている。

 イリスは瞳を閉じて深呼吸した。そして薄い茶色の瞳を開いた。


「お父さん!」


 イリスは扉を開けて倒れた男に駆け寄る。

 男は頬を殴られただけのようで目をイリスに向けた。

 大きく見開いている。


「ほら、いるじゃないか」


 人さらいがにんまりと笑った。

 イリスの腕を掴んで引き寄せる。


「痛い!」


 あまりに乱暴に腕を掴まれ、イリスは痛みに顔を歪ませる。

 ひげ面の男がイリスの顔を掴んだ。


「ほう。上玉だな」


 そう一言だけ言ってイリスを小脇に抱えた。


「ダメだ! その子は……」

「お父さん!」


 イリスは家の男の声に被せるようにして言った。

 そしてその男の目を見て小さく首を振る。

 男は力なく腕を下ろした。


「すまない……」


 そう言って視線を下げた。


 納屋では騒ぎを聞きつけたカルロスとフィオナが明かりを消し、ドアの隙間から外を伺っていた。

 カルロスは剣を抜き、フィオナは樫の杖を握っていた。


 母屋から出てきた人攫いはイリスを抱えていた。


「イリス!」


 カルロスが飛び出そうとした時、フィオナが腕を掴んだ。

 カルロスが鋭い視線をフィオナへ向ける。

 フィオナは黄金の瞳をカルロスに向けて首を振った。


「今、あたしたちが出てもイリスを盾に取られて掴まるだけだ。機を待とう」


 カルロスは唇を噛んだ。

 フィオナの言う通りだ。

 カルロスは腰を降ろし、拳を床に叩きつけた。


「くそっ」

「あの子がいないな」


 フィオナが言った。

 カルロスはまた外を見る。

 母屋から出てきた子供はイリスだけだ。

 アレシアはいない。


「あの子の身代りになったのかな」


 フィオナは黄金の瞳を外に向けて冷静に言った。


「どうする?」


 カルロスはフィオナに尋ねた。


「まずは人攫いが村を去るのを待とう。あとを追うことはそう難しくない」

「だがもし見失ったら……」

「木に尋ねる。――アジトを見つけよう。いずれ隙を見せるはずだよ」


 カルロスは頷いた。


 イリスは体格のいい男に抱えられながら辺りを見回す。

 村には数十人という人攫いの集団がいた。

 家々に押し入っては子供を攫い出している。


 馬車に乗せられるとそこには既に四人の子供がいた。

 身を震わせ泣いている。


 馬車が動き出す頃には八人に増えていた。

 みな十二歳以下の子供ばかりだ。

 イリスはそっと馬車に張られた布の合間から外を見た。

 納屋に視線を向ける。そこにいるだろうカルロスとフィオナに。

 ――きっと来てくれる。

 イリスはそう確信していた。

 今自分がすべきこと、それはここにいる子供たちを守ることだ。



 悪夢の夜が終わった。

 三十分も経っていないはずなのに、とても長い時間のように感じた。

 カルロスとフィオナが納屋から出る。

 辺りには女の泣き叫ぶ声が悲痛に響き、男が力なく地面にへたり込んでいた。

 カルロスたちは隣接する母屋へと入った。

 男は床に力なく座り込み、女は泣いていた。


「大丈夫か?」


 カルロスは男に駆け寄った。


「すまない、あの子が……」


 男が青ざめた顔で言った。


「それよりお前の娘は?」


 カルロスの言葉で女がはっとしたようにキッチンへと駆けこんだ。

 カルロスたちもあとを追う。

 キッチンには床に丸くなって座るアレシアがいた。

 その顔は涙に濡れている。


「おかあさん!」


 アレシアは女に抱きついた。


「アレシア……」


 女もアレシアをぎゅっと抱きしめる。そして啜り泣いた。


「無事か。よかった」

「おねぇちゃんがここにいれば大丈夫だからって。……おねぇちゃんは? どこ?」


 カルロスはアレシアの頭を撫でた。


「イリスは大丈夫だよ」


 イリスなら大丈夫だ。

 いざとなればひとりで逃げられるだけの力量を持っている。

 それに人攫いは子供をすぐに殺すようなことはしないはずだ。

 そう自分の胸に言い聞かせた。


「行こうか」


 フィオナが言った。


「追うのか?」


 男が聞いた。

 カルロスは頷く。


「こっちへ」


 男の先導について行く。

 外に出て家の裏手へ回った。そこには鹿毛の馬が一頭だけいた。


「人の足では間に合わない。馬を使え」

「すまない」

「いや、あの子はアレシアの身代りになってくれたんだ。あの子を……必ず助け出してやって欲しい」


 男はそう言って顔を腕で覆った。

 カルロスは鹿毛の馬の首を撫でる。

 馬はじっとカルロスを見たあとそっと頬を寄せた。

 カルロスは笑みを浮かべて馬の首元を軽く叩く。

 自分の背丈よりも高い馬の背にひょいっと乗った。

 そしてフィオナの引き上げ、自分のうしろに乗せた。


「必ず助け出す」


 カルロスはそう言って村をあとにした。

 フィオナはカルロスの背にしがみつく。

 燃えるような赤い髪が風になびいた。

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