第3話 王宮、忙殺す
日中、地球で言えば午前10時頃、異世界時間:巳刻。
フミが落ちてきた異世界のとある一国~ディリトア王国~の季節は春。
日差しは柔らかく、人も生き物も動きは滑らかで、緑が活き活きと伸び育とうとしている。
フミ様の世界の常識は知らないがウチでは今日みたいな天気は婚儀式日和だ、と慌しく準備をするも侍女たちはお喋りを欠かさない。
夢で女神から異世界からの召喚者と歳若き魔術師についての重要な宣告を受けたというアンドレア国王の勅命により、本日の予算編成等の予定ほぼ全てをキャンセルし、主に王族及び公爵級が結婚の儀式のために使用する城内の聖堂-フミが召喚された場所でもある-内では、侍女、近衛兵及び魔術師たちが婚儀式のためだけに忙しそうに働いていた。
国王は当の魔術師イシュライラの勤める魔術庁トップである魔術庁長エラム・ディルグに宣告についての子細を述べてから一息ついて洩らした。
「ペクテーヌ様の慈悲がアレに降ってくるとは思わなかったな、アレの魔動力が…言っては悪いが…女神が哀れむほどの強さだということがよく分かった」
国王の夢の中で、女神ペクテーヌは祈念祭にちなみ誰かの願いを叶えようと世界中の祈りを聞いた瞬間、自分の魔動力が強すぎて子供を望めないというあの子の動揺がとても心に痛かったの、と眼を伏せて言っていたのだ。
文章に纏めると随分と感傷的な女神のようだが、国王に挨拶をする時など主に前半は完全にはっちゃけモードだった。(第2話参照)
後半は彼の魔動力に対する研究熱意と元来の力及び適性では確かに彼の血を受け継ぐ子供は望めまいとしんみりと語ってもいたのだが、第2話ではそんな感傷的なシーンは面倒なのでそこはかとなく省略されている(オイッ!)
それと、イシュライラ自身が夢の中でさらに別世界~いわるゆる妄想ワールド~に旅立ってしまったので、話を聞いてくれない当事者に拗ねた女神が国王に目を付け、前半明るく、後半しんみりと語っていただけに過ぎない。
要は国王様ともあろうお方が半分以上とばっちりを受けているだけなのだが、ソコの部分はイシュライラと女神のやり取りを知らないので問題は無い。
女神の熱い思いをガンガンと聞かされたお陰で若き魔術師に同情をよせつつ、宮廷魔術師の統括者、魔術庁長相手に女神の宣託を忠実に遂行するため、儀式に使う用具を淡々と点検しながら話すのであった。
「そうですな。力が強すぎて子が成せぬとは……自身を研究したイシュ本人が一番衝撃を受けておりましたからな。フミのことを気にしておるのかは昨日の時点ではよく判りませんでしたが、どちらもまだ寝かせております。しかし、『異世界人帰還方法の探索』命令の方は如何なさるおつもりですかな?」
「ふむ、それだが、緊急命令から外すが続けてくれ。夫婦喧嘩で実家に還ると言われたときに還れんのでは困るだろう?」
女神に夢の中であったにもかかわらずそのテンションに完敗し、還す気はないとは言われたものの、帰還方法自体があるのかどうかを聞くのをすっかり忘れていた国王。
そのようなやり取りがあったことをおくびにも出さず、庁長と前日出した命令についてをやり取りする。
「陛下、小粋な冗談なのか本気なのかが判かりません」
「一応冗談のつもりだ。……続けていれば何かしら別の発見があるかもしれんだろうし。ペクテーヌ様にも今度また夢で会えたら聞いておく……」
畏まりました、と言い終えるや否やそそくさと庁長が逃げるように魔術庁の重役に話しかけたことで、国王の小粋な冗談は見事通じず、何となく気まずい会話が終了するのであった。
一方、儀式会場設営を行っている近衛兵及び侍女たちはあくせくと働いていた。
誰もがこの儀式についての興奮、好奇心を抑えられない。
なんせ、国王の勅命による行事なのである、しかも婚儀式(=結婚式)。
元々勅命と言われるような命令などそんなにあるものではない。
地球であろうと、この我々から見た異世界ディリトア王国であろうと、例え戦時中であっても国家の行事・政務とはお偉方がテーブルを囲んであーだのこーだの言うようなモノで動くである。
普通はたった一人の言動で即座には決まらない。
例えソレの発信源が国王であっても、だ。
この度の勅命に関しては後付で重役達の承認を得ている。
それだけ女神様信仰が厚いのだろう。
一方、侍女たちは仕立て屋を囲み、花嫁衣装についてを熱心に確認し合う。
「それで、陛下曰くフミ様は胸部ほどの長さの黒髪でして、肌色はどちらかと言うと黄色味を帯びているそうですわ!お年は27と言うことでしたが真珠のように美しい肌だそうなのです!なので真珠をふんだんに使ったお衣装がよろしいかと!」
「えっと黄みがかった真珠のような肌の黒髪のお方ですか……」
こちらの世界でも結婚するのにはやはりウェディングドレス…日本語で言えば婚礼衣装が存在するらしく、城下の仕立て屋オルドー・ヴェリエを呼びつけて、まだ寝ている花嫁のためのドレスを作れという無茶振りをしていた。
「でも全体的に細くて小さいのだそうよ、陛下は5尺程度(約150cm)だろうと仰っていましたわ。あとお顔立ちは可愛らしいという形容がぴったりだと」
おおよその身長は陛下から聞いたということだが、肩幅、胸囲及び腰周りの不知など、あまりの無茶振りに仕立て屋オルドー氏は本気で匙(というか針)を投げそうになった。
余談だが、フミの身長は155cmで体重は秘密、胸囲80cmのウエスト60cm、ヒップ85cmでCカップの日本人の平均よりちょい痩せ気味の+アレ、私って安産型?というような体型であった。
ちなみに彼女の口癖は身長とバストサイズがあと5cm欲しかった、である。
どうやら彼女は巨乳に憧れているらしい。
とりあえず聞いた情報を元にオルドーは頭をフル回転させて考えた。
多少の誤差があっても見栄えする衣装かつ、黒髪に似合い、肌の美しさが損なわれないようにする……
前か後ろ開き…着付け易さと造形・作業時間から考えて、ある程度現場で補正しやすいように作るしかない。
そうすると確か何処かの民族衣装で見たことがあった。
我らがディリトア王国から南方に位置するサリエ島国の多数民族サリエの衣装だ。
横長の一枚布で下腹部を覆い、念のため2回巻きしてから右か左肩に布地を持っていき、胸元を覆うように隠す形をとる……。
(つまり地球で言うところのインドの民族衣装サリーである。)
それでは色は、無難に白か黒、黄味がかっているというなら赤や橙、金も似合うのではないだろうか?
そこでオルドーはっと気づく。
侍女たちは自分の同性である花嫁の衣装ばかりに気なっているから気にも留めていないのだが、男性側の衣装も用意しなければならない。
「失礼、衣装の色を決めるのに確認したいのだが、どなたか花婿の方の髪色はわかりますかな?」
一人の若い、年の頃は20歳前だろうかの侍女が答える。
「青ですわ、腰までの青い御髪に灰青色の瞳の。花婿はイシュライラ様ですわ」
聞いてもいないのに瞳の色まで教えてくれた。
「……あぁ、魔術師の……彼の寸法をわかる方はいるかな?」
そう問うと先ほどの侍女が顔を赤らめてイシュライラのサイズを答えた。
どうやら答えてくれた彼女はイシュライラのファンらしく、仕事は一応してはいるもののなんだか落ち着かないようであった。
生憎とオルドーは若い魔術師の容貌は知らなかったのだが、聞き及んだ情報を元に、ならば青、緑、金、白黒で纏め上げるかと決めた。
衣装の納期限は6刻(約6時間)後の申刻~地球で言えば午後4時頃~まで。
善は急げ、と彼はそのような色合いの生地があるったハズだと自身の記憶を確認し、婚礼衣装を製作するために駆け込み自身の店へと帰っていった。
彼は近くにいた位の高そうな魔術師に転送魔法を頼むことを忘れなかった、勿論無料で。
日暮れも近い、地球で言えば午後4時頃、異世界時間:申刻。
仕立て屋の婚礼衣装の納期限に、フミは按摩を受けていた。
未刻~午後2時頃~に起床したフミは侍女に傅かれ、あれよあれよと言う間に洗濯もとい風呂に入れられ、全身洗浄されると、まったりと豪勢ではあるが胃にもたれることは無い、野菜とハムらしきもののサンドウィッチ(一言で言うと異文化すぎて原材料分かりません)という朝食兼昼食を食べ終えてから、儀式でさらに肩がこるからと言われ、体を解きほぐすためにと按摩を受けていた。
按摩を受け、ダラーンとしている時に国王が現れる。
按摩師及び侍女達がいっせいに頭を下げた。
フミはどうしようか一瞬考え込むも国民じゃないからいいや、と仰向けでいた体勢を寝台に両手を付いてから起き上がり、目礼するという動作だけにとどまった。
「女神様からのお告げがあった。2刻後にフミの初仕事だ」
召喚直後の自己紹介時に仕事が欲しいと言ったフミに対し、国王は初仕事という言い回しで婚儀式の話を持ってきたようであった。
フミは2刻が何時間なのかがいまいち分からなかったが、コクと言う響きから4時間くらいかなっと勝手に理解した(解説はしていないが間違いである)。
「へぇ……女神様……現実的に居るんだ?」
「その眼は疑っているな?私の戴冠式の時にも夢の中に現れてくださったのだぞ。もっともあの時は祝福の言
葉だけだったが」
「で、どんなお告げを?」
「まずは婚儀式、それからあとは何が必要かは二人で判断すればいい」
「はぁ……コンギシキ……婚儀?……いや、献儀式か……ハイハイ」
フミは自分が何かに捧げられるイメージを抱き、脳内でコンを献と漢字変換した。
コンギ・シキではなく、コン・ギシキと発音されたのも一因かもしれない。
「ん?何だ……驚かないのか?」
「え?えぇ、まぁ」
何らかの意図、まぁ大いなる意思みたいな感じのがあって。私の知らないこんな世界に私自身が呼ばれたんでしょうし、というか絶対【ソノ為】に私自身が呼ばれたというのがこういう類の要でしょうから……とフミが覚悟を決めたように言った。
彼女は正直こんな展開ならばなんかマンガや小説のように死ぬことはないんじゃないかな……なんて考えていたりするのだ。
「理解の早い。相性は良さそうだ」
と思ったら大間違い。
見事勘違いをしているがスムーズに話が進むため、二人は勘違いしたまま話を進めていく。
これぞ異世界マジックもとい、トリップセオリー其の九である。
「こんな私で良いんですかね?……もっと綺麗な人とか可愛い人とかがよかったんじゃ?」
「……そんな卑下するような顔でもないだろう。まぁ確かに私の妻ほどではないが。……いや、ノロケではないぞ。相手はお前を一目見て気に入ったそうだ」
「ノロケ以外の何モノでないじゃないですか……気に入られてどーもありがとう?」
へぇ、気に入ったんだ?ってかどこで見られたんだろう、いや、顔じゃなくて魔力的なものが気に入ったのかもしれない。私って無尽蔵の魔力とかがあるのかな?と勘違いフミさんの妄想は続く。
「ありがとうの意味が分からなかったが……、手続きは簡単だ。長ったらしい祝詞が終わったら相手と口付けして書類に署名する。署名はフミの母国語、ニホン…だったか?ニホン語で構わない。以上だ。何か確認しておくことはあるか?」
「あー……(生贄は)生娘じゃないと駄目だ、とか言いませんよね?処女のことですよ、処女」
ココはセオリーとして普通女子高生位の若い娘で処女属性必須じゃないかなと思って言ってみた。
女子高生レベルの若さは気に入ったと聞いたので諦めた。
大体アジア人若く見えるし、きっと異世界補正付いて女子高生+10歳くらい歳食ってるけど、許容範囲内なんだろうと勝手に解釈しておいた。
処女性はこういう生贄には必須スキルだと勝手に思っているのだ。
男性コミック誌等の媒体に影響されすぎかもしれない。
フミは自慢じゃないが彼氏くらいいたことあったりするのだ、今は絶賛フリーだが。
別れた理由はデートするのが面倒臭いというフミの自分勝手さによる。
フミは基本的に集団行動が嫌いな性分であった。
「……何も問題ない……ハズだ」
関係ない、ときっぱり言い切りたいが、イシュライラや女神様の本心など分からず、曖昧な表現で終わるしかない国王であった。
確かにココ、ディリトア王国では、性にふしだらな者は男女及び貴族平民問わず敬遠されるが、ニホンとやら異世界ではむしろ純潔だけを伴侶に求めるのか、なんと厳しい世界なのか、と眼から鱗な国王様であった。
「じゃぁ、無いです」
チューするんかーぃ……
何の生贄になるのか聞くのも怖いしなぁ……
鱗とか気になるだろうし、ドラゴン系はちょっとなぁ……。
毛むくじゃらかどうかくらいは聞けばよかったかなぁ……
もっふもふだったらまぁいいけど、白虎とか九尾の狐とか……
と自分の相手とやらの容姿を可愛い系(ただしもっふもふ)で勝手に都合よく想像するフミであった。
ちなみにフミ的【毛むくじゃら】と【もっふもふ】の違いは、見た目がごっついか、可愛いか、らしい。
異世界トリップセオリー其の九:「勝手な解釈をして勘違いをする」見事クリア。
異世界トリップセオリー其の十:「自分が卑下するよりは容姿を褒められる」見事クリア。
書き殴った第3話。
勘違い編ともいう。
あと1話で完結予定。
むしろ第1章完結とかにしたい気もします。