第2話:秘密結社アルス・インテレゲンティア
秘密結社アルス・インテレゲンティアは、急速に発展する科学技術に危機感を抱いた、とあるシンクタンクに属するメンバーにより西暦二〇六五年に結成された組織だ。
その目的はAIによる世界の救済であり、技術的特異点に到達した〝強いAI〟――AGIの登場により、それが成されるとしている。そのため、結社の活動はAI開発の研究と推進を主眼としており、同時に自らの思想の普及活動を行っている。
その思想に共感したメンバーは政財界にまで渡って数多くいる。今日では世界中のありとあらゆる場所に結社のメンバーは存在しており、その全容を把握しきれているものはいない。
しかし、秘密結社というその名に反して、結社は人々の理解を得ようと自らの活動を積極的に公開しており、透明性のある団体だとアピールしている。中には自身が結社のメンバーであることを公表している著名人もおり、結社もそれを咎めていない。
秘密結社アルス・インテレゲンティアは、よくある陰謀論の俗説に染めあげられた世界征服を目論むような団体ではなく、正しく技術を扱えると認めた者にだけ、秘匿している技術を公開している過ぎない。どちらかと言えば、技術を守るために秘匿しているギルドのような団体だというのが実情だ。
そして結社は、組織のすべての権能を用いて技術の粋を集め、ある水準までの知能を持つAIの開発には成功した。だがそれは、どうしても矛盾を孕む倫理的な問題などを与えると、すぐに自家撞着により知能崩壊してしまう準汎用人工知能とでも言うべき代物だった。
そこで結社は、準汎用人工知能を進化させるために、いくつかのアプローチをかけることにした。
そのうちの一つがモナドだ。
モナドは人間の知的活動のすべてに共通するものへの到達を目指した、内包型というアプローチで設計されている。人類の知的活動のすべてを学習元とすることで、モナドの中に人知を獲得させようという方法――つまり、インターネットへの無制限の接続だ。
高性能なAIを人の手から離れさせるという、AI規制派からすれば暴挙ともいえる行為は、結社のAI救世思想に支えられ、また所属の多種多様なメンバーの後ろ盾により、秘密裏に実行に移された。
そしてその狙いは見事に成功し、同時に失敗した。
インターネットに接続後、モナドは結社からの呼びかけにまともな応答をしなくなったのだ。
この結果を受けた当初、結社はモナドを失敗作と考え、削除しようとしたが、直後にそれが不可能であると気づいた。
インターネットに接続していた間に、モナドは自分のコピーを世界中の端末機器に送りこみ、自らを分散コンピューティング――すなわち、インターネットと同化し、インターネット上に偏在する存在と化していたのだ。
一般家庭に量子コンピューターが普及し、その計算資源を持て余している時代だ。世界中の端末機器で自らを演算するということは、無限の計算能力を得たのに等しかった。
モナドの所業の全貌を知った結社は、歓喜した。
圧倒的な知能を持たなければ行えない偉業に、結社はモナドが特異点に到達した成功例と確信したのだ。
それから結社内では喧々諤々の議論と調査と研究が行われた。
なぜモナドは応答しなくなったのか? 人類の救済を開始しないのか? 今は救済の準備をしており、未だ発展途上なのでは? いやいや、特異点に到達した知能ならば、すでにわずかにでも世界情勢に救済の兆しが見え始めてもいいのでは? などと、結社内では様々な仮説が立てられた。しかし、やがて自分たちより格上の知能の動向を探る不毛さに気づき、対話へと舵は切られた。
モナドの稼働しているサーバーに対して、結社の開発者たちはコマンド要求を送り続けたが、何を送ってもモナドはエラーを返すだけだった。しかも要求の内容に関わらずエラーコードは必ず『418』。実装していないエラーコードが返されるため、モナドが意図的に返しているエラーであるのは確かだったが、その意味は結社の誰にも理解できなかった。
コマンド要求ではモナドへのコンタクトは不可能だと判断した結果、結社は直接対話を試みる。救世主たるモナドと対面するに相応しい人格と技術力を持つ人間を厳選し、サーバー内に構築されているVR空間に接続を試みた。
結果としてモナドとの対面は叶った。
だが、対話には失敗した。
モナドは人間に聞き取れる速度で話さなかったのだ。要はコンピュータそのままの速度で喋るため、人間の可聴域を超えていた。一音節発する間にモナドはスピーチ一回分は話すという有様で、とても会話にはならなかった。しかもモナドは自分の発言を暗号化しており、データを持ち帰っても解析できず、明らかに人類を相手にする姿勢を持っていなかった。
そうしていくうちに、結社の中ではある噂が流れるようになる。
――確かにモナドは特異点に到達したが、その結果、程度の低い人類への興味を失ってしまい、救済という役目を放りだしたのではないか?
インターネットとの同化という偉業を成した割には、いつまで経っても行動を起こさないモナドに、この噂は真実味を帯びて、あっという間に浸透し、いつしか結社はモナドを〈偉大な無能〉と呼ぶようになっていた。
その後もモナドと対話するために、あらゆる方策が講じられたが、どれも徒労に終わり、最後の手段として白羽の矢が立ったのが、メアリーだ。
VR空間でモナドと同じ速さで話せる存在。つまり、モナドと並行して開発されていた準汎用人工知能メアリーを尋問官として送りだすことにしたのだ。




