家族団欒。襲撃の秘密。
いやー、まさかのヴァルドが神木の守り龍とはびっくりですね。
▶︎ レオン・リヴァイアス/リオン・リヴァイア/ヴァルド・リヴァイアス/エリシア・リヴァイアス
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滝の音は、もう乱れていなかった。
先ほどまで血と殺気を含んでいた水は、
何事もなかったかのように、
ただ高いところから低いところへと落ちている。
それが、ひどく現実的で。
だからこそ、
リオンの手は、まだ震えていた。
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「……座れ」
ヴァルドの声は低かったが、
そこに怒気はなかった。
レオンは言われる前に、岩に腰を下ろしていた。
いや、座ったというより、落ちたに近い。
「兄ちゃん……」
「大丈夫だ」
即答だった。
だが、
その声はかすれていて、
肩から流れ落ちる血は止まっていない。
リオンが一歩近づく。
「血……」
「見るな」
ヴァルドが言った。
「これは、
“支払った側”の傷だ」
レオンは何も言わなかった。
否定も、肯定も。
ただ、呼吸を整えている。
その様子を、
ヴァルドはじっと見ていた。
そして、ゆっくりと言う。
「……よくやった」
それだけだった。
だが、
それ以上はいらなかった。
リオンははっとして、父を見る。
「父さん……?」
「今の一言は、
神木の守り龍としてではない」
ヴァルドは続ける。
「父としてだ」
レオンの指が、わずかに動いた。
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しばらくして。
血止めと最低限の処置を終え、
三人は滝から少し離れた場所に移動した。
倒れた魔獣の残骸は、
もう形を留めていない。
「……父さん」
リオンが、ようやく声を出す。
「なんで……ぼくだったの?」
その問いに、
ヴァルドはすぐに答えられなかった。
「……分からない」
正直な言葉だった。
「龍言を授かったのはレオンだ。
力を持つのも、目立つのも、兄の方だ」
「なのに、狙われたのはお前だった」
ヴァルドは拳を握る。
「それだけではない」
「神木の守り龍である私が、
あの距離まで侵入を許した」
「隠密に特化していたとしても本来ならあり得ない」
レオンが、かすれた声で言った。
「……魔王軍、ですか」
ヴァルドは、静かに頷いた。
「間違いない」
「ただし――
それ以上は分からない」
「今は、な」
その“な”に、
重い余白が含まれていた。
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帰路は、静かだった。
森は何も語らず、
神木も沈黙している。
それが、
逆に不気味だった。
だが、家に近づくにつれ、
リオンの足取りは少しずつ軽くなった。
扉を開けた瞬間。
「……おかえりなさい」
エリシアの声がした。
次の瞬間、
彼女は何も聞かずにレオンの前に立ち、
傷を見て、
そして抱き寄せた。
「よく、戻ってきたわ」
それだけで、
レオンの肩から力が抜けた。
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その夜は、
ささやかな食卓だった。
豪華な料理はない。
だが、
四人が同じ卓についたのは、久しぶりだった。
「……兄ちゃん」
リオンが、少し照れたように言う。
「龍言、かっこよかった」
レオンは一瞬、言葉に詰まってから言った。
「……怖かった」
「え?」
「"また"守れないかもしれないって思った」
リオンは、箸を止めた。
エリシアが微笑む。
「それでいいのよ」
「守る覚悟に怖さがない方が危険だわ」
ヴァルドも頷いた。
レオンは自分の龍言についてポツリポツリと語り出した。
「《ヴァル=ガルディア》は守護に特化した龍言だ」
「リオンの代わりに攻撃を全て引き受ける」
「だから、リオンは何事もなく俺が傷ついた」
リオンは黙って聞いている。
「その加護の誓約の対価として、呪いとして一時的に身体能力が極限まで引き上げられる」
「守るための力だ」
「……だから強くなった」
「強く“された”んだ」
ヴァルドは訂正する。
「レオン自身が守ると決めたからな」
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夜。
リオンとレオンが眠りについた後。
炉の火の前で、
エリシアとヴァルドは向かい合っていた。
「……大きくなったわね」
エリシアが、ぽつりと言う。
「ついこの前まで、
私の背中に隠れていたのに」
ヴァルドは、静かに頷いた。
「レオンの龍言習得を神木の長老会に報告が必要だ」
「龍言習得の、祝賀会のためね」
「……襲撃のことも?」
「もちろんだ」
エリシアは少し考え、
そして言った。
「ねえ、ヴァルド」
「あなた、ずっと違和感を感じていたでしょう」
ヴァルドは顔を上げた。
「……何の話だ」
エリシアは、火を見つめたまま続ける。
「リオンが生まれた夜」
「水がいつもと違ったじゃない」
その言葉に、
ヴァルドの表情がわずかに変わる。
「……覚えている」
エリシアは静かに語る。
「この子は普通ではない」
「魔力でもない、もっと古いものが部屋を満たしていた」
「あなたが言ったわね」
――竜だな、と。
「でも私は、
それだけじゃないと思った」
「森が、応えていた」
「祝福が重なっていた」
エリシアは、はっきりと言った。
「リオンは、
見つかってしまったのよ」
ヴァルドは、
ゆっくりと息を吐いた。
「……レオンが竜と邂逅したことで位置が確定した、か」
「ええ」
エリシアは頷く。
少しの沈黙が流れたあと、ヴァルドは重い口を開け
「……守ると決めたレオンの行動が、結果リオンを危険に晒したというのか」
苦虫を噛み潰したような顔をし、血が滴り落ちるほどに拳を握りしめていた。
「これではあの子が、レオンがあまりにも可哀想ではないか…」
エリシアの眼には龍言を唱えていないのに、ヴァルドがヴァル=ブラッドリーを使ったかのような錯覚を覚えた。
エリシアは静かに答えた。
「竜との初邂逅から龍言を授かって目覚めるまでに時間があるわ」
「その間に魔王軍が動いたのよ」
「目的はあくまでリオン。たまたまレオンの目覚めと重なってしまっただけなのよ」
「これなら説明がつくわ」
長い沈黙。
そして、ヴァルドは言った。
「……明日、神木の長老会に報告する」
「すべてをな」
エリシアは、静かに微笑んだ。
「大丈夫よ」
「まだ、奪われていない」
炉の火が、
ぱちりと音を立てた。
その光は、
眠る二人の子どもたちの部屋へと、
静かに届いていた。
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