父と子。夜。
▶︎ヴァルド・リヴァイアス
### 第十五話
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龍泉の近くに、夜が落ちた。
滝はまだ見えない。だが、音だけは常にそこにあった。遠雷のように低く、絶え間なく、地面を伝ってくる。
焚き火は小さい。大きくする必要はなかった。火があれば十分だ。
レオンは火の向こうに座り、木の枝で魚を焼いている。動きは無駄がなく、いつもと変わらない。
変わったのは、場所だけだ。
リオンは少し離れた岩に腰掛け、火と森と、時折聞こえる水音を交互に見ていた。
「……お母さん、今ごろ何してるかな」
独り言のようだった。
ヴァルドはすぐには答えない。魚を一度ひっくり返し、焼け具合を確かめてから口を開いた。
「心配している」
それだけだ。
「やっぱり?」
「ああ」
嘘は言わない。
2人の会話を聞きながら、レオンはふいに背筋を伸ばし、視線を滝のある方角に向けた。そのままほとんど動かない。目を閉じてもいない。
ただ、見ている。
「ねえ、お父さん」
リオンがもう一度、口を開いた。
「なんで……お母さんは来ちゃだめなの?」
分かっていて聞いている声だった。
ヴァルドは魚を差し出しながら答える。
「龍泉は、龍族の場所だ」
「理由は?」
「ない」
「……ないの?」
「決まりだからだ」
それ以上でも、それ以下でもない。
リオンは魚を受け取り、小さく齧った。
「ずるいね」
「そういうものだ」
ヴァルドはそれを否定しない。
少し沈黙が落ちる。
焚き火が小さく爆ぜ、森の奥で夜の獣が動く気配がした。
「じゃあさ」
リオンは、魚を食べ終えたあとで言った。
「なんで、ぼくはいいの?」
ヴァルドは一瞬だけ視線を上げ、リオンを見る。
「いずれ来ることになるからだ」
「……それだけ?」
少しだけ苦虫を噛み潰した様な顔をした後に素直に答える。
「……お前は特別だからだ」
「お前は、ここに来る理由がある」
「理由?」
「ああ」
ヴァルドは少し考え、言葉を選ぶ。
「お前は、見る側だからだ」
「見る?」
「レオンが何を選ぶのか。それを、覚えておけ」
リオンは、黙って頷いた。
夜が深くなるにつれ、滝の音が少しだけ近くなったように感じる。
実際に距離が縮んだわけではない。慣れただけだ。
それでも、音は確かに存在感を増していた。
レオンは立ち上がる。
「……父さん」
「何だ」
「ここで、待っていてくれ。必ず超えてみせる」
「ああ」
「終わるまで」
「そうだ」
それ以上の言葉は交わさない。
ヴァルドは、息子の背中を見る。
滝に向いているその背中は、まだ何も始まっていないのに、すでに遠い。
戦う背中ではない。逃げる背中でもない。
耐える背中だ。
ヴァルドは思う。
自分は、戦うことなら教えられる。守ることも、殺すこともだ。
だが、待つことだけは――教えられない。
これは、本人が越えるものだ。
「寝ろ」
ヴァルドは短く言った。
「明日も、ここだ」
「うん」
リオンは素直に返事をし、岩に横になる。
レオンは、そのまま滝の方角を見続けている。
夜は、静かに続いていく。
まだ、誰も滝壺には入っていない。
まだ、言葉も交わされていない。
だが、時間だけは確実に動き始めていた。
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