父と子。龍泉の滝。
▶︎レオン・リヴァイアス
### 第十三話
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夜明け前、家の中はまだ静かだった。
火は落ち、石壁は冷えきっている。外から聞こえるのは、森を渡る風と、遠くの水音だけだ。
レオンが身を起こすと、すでに隣の寝台は空いていた。
嫌な予感がして戸口を見ると、案の定、影が一つ揺れている。
「……兄ちゃん」
リオンだった。着替えは済ませているが、動きが落ち着かない。尾がそわそわと揺れている。
「起きてたのか」
「うん……なんか、眠れなくて」
レオンは小さく息を吐いた。
「今日は早い。遊びじゃない」
「知ってる」
「危ないこともある」
「分かってる」
間髪入れず返ってくる。
「……ついてくる気だな」
リオンは一瞬だけ視線を逸らし、それから強く頷いた。
「見るだけでいいから」
「父さんも来る」
「うん」
「静かにできるか」
「できる!」
即答だった。
その様子を、少し離れたところから見ていた影が動く。
「騒がしいな」
ヴァルドだった。すでに外出用の装いを整えている。
「……連れていくつもりか」
「邪魔はしない」
リオンが先に答える。
ヴァルドは一度だけリオンを見下ろし、次にレオンを見る。
「足手まといになるなら置いていく」
「ならない」
「ならいい」
それだけだった。
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外に出ると、冷えた空気が頬を打った。
村はまだ眠っている。石畳は朝露に濡れ、足音が響きやすい。
戸口に立つエリシアが、三人を見送っていた。
「行ってらっしゃい」
声は穏やかだが、目はしっかりとレオンを見ている。
「無理はしないで」
「ああ」
「リオン、ちゃんとお兄ちゃんの言うこと聞くのよ」
「うん!」
少し間を置いて、エリシアは付け加えた。
「……帰りは、日が高いうちに」
それが願いだと、レオンは理解した。
「分かっている」
エリシアはそれ以上何も言わず、ただ三人の背中を見送った。
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森に入ると、空気が変わる。
湿り気が増し、水の匂いが濃くなる。地面は柔らかく、苔が足裏に伝わる。
先を歩くヴァルドの背中は、無駄がない。迷いもない。
レオンはその少し後ろを歩き、リオンが遅れないよう、歩調を合わせていた。
「お父さん」
リオンが小さな声で言う。
「滝、すごい?」
「近づけば分かる」
それ以上の説明はない。
遠くから、低い水音が聞こえ始める。
風のようで、次第に重なり、確かな重さを持って耳に届く音。
リオンは無意識に口を閉じ、歩き方まで慎重になっていた。
「……音、でっかい」
「水は嘘をつかん」
ヴァルドが言った。
「強い場所ほど、はっきりと主張する」
レオンは、その言葉の意味を噛みしめる。
ここから先は、教わる側ではなく、向き合う側だ。
滝はまだ見えない。
だが、水の気配は確実に近づいていた。
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