小さな変化
家に帰り着くなり、俺はスマホを取り出した。
アプリ「Reality Editor」を起動する。
スキャン開始ボタンをタップし、自分にカメラを向ける。
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【橘 蒼太】
身体能力:51 / 100
知能:68 / 100
魅力:45 / 100
コミュ力:38 / 100
運:50 / 100
スキル:
- プログラミング Lv3
- 料理 Lv2
状態:健康
```
やはり、身体能力は51のままだ。
昨日、俺が変更した数値が、そのまま残っている。
そして今日、階段を上っても息切れしなかった。50m走のタイムも上がった。
偶然かもしれない。でも、あまりにもタイミングが良すぎる。
「もしかして……本当に効いてるのか?」
心臓がドキドキと高鳴る。
もしこれが本物なら。
もし本当に、このアプリで現実を変えられるなら。
俺は、俺自身を変えることができる。
平凡で、地味で、何の取り柄もない俺を。
試してみよう。
もっと大きな変化を。
編集ボタンをタップし、ステータス変更画面を開く。
身体能力を、51から60に変更してみる。
7ポイントの上昇。これならさすがに変化が分かるはずだ。
保存ボタンをタップする。
「変更を保存しますか?」
迷わず「はい」を選択。
次の瞬間。
「うっ……!」
体に、温かい感覚が走った。
いや、温かいというより、熱い。
体の内側から、何かが湧き上がってくるような感覚。
筋肉が、骨が、内臓が、すべてが変化していくような、不思議な感覚。
数十秒後、その感覚は消えた。
「はあ、はあ……」
息を整える。
体を動かしてみる。
腕を振る。足を動かす。ジャンプしてみる。
「軽い……!」
明らかに体が軽い。
いつもより、ずっと動きやすい。
これは……本物だ。
このアプリは、本物だ!
俺は興奮で体が震えた。
これがあれば、俺は変われる。
平凡な俺を、変えることができる!
* * *
その日から、俺は毎日アプリを使うようになった。
でも、一気に変えるのは危険だと思った。
急激に変わりすぎたら、周囲に不審がられる。
だから、少しずつ。慎重に。
翌日、身体能力をさらに5ポイント上げた。65。
その次の日、魅力を50に上げた。
少しだけ、鏡の中の自分の顔が整った気がした。
その次の日、知能を75に上げた。
頭の回転が速くなった気がする。講義の内容が、すんなりと理解できるようになった。
少しずつ、確実に。
俺は変わっていった。
* * *
1週間後。
大学での周囲の反応が、明らかに変わり始めた。
「橘、なんか最近雰囲気変わったな」
同じ講義を受けている学生の一人が声をかけてきた。
「そうか?」
「うん。なんていうか、垢抜けたっていうか」
嬉しいような、照れくさいような、複雑な気持ちだった。
講義中、教授に質問されたとき。
以前なら緊張して上手く答えられなかったが、今は違う。
スムーズに、的確に答えることができた。
「橘くん、よく理解しているね。素晴らしい」
教授に褒められた。
こんなこと、初めてだ。
昼休み、学食で一人で食事をしていると。
「あの、隣いいですか?」
女子学生が声をかけてきた。
「え、あ、はい……」
驚いて返事をする。
女子学生が隣に座った。
「橘くんですよね? 同じ学部の田中です」
「あ、ああ……よろしく」
「橘くん、最近よく見かけるなって思って。なんか雰囲気いいですよね」
「そ、そうかな……」
顔が熱くなる。
こんな風に、女子学生から話しかけられるなんて。
「良かったら、LINE交換しませんか?」
「え、いいの?」
「はい!」
スマホを取り出し、LINE交換をする。
女子学生は笑顔で手を振って、友達のところに戻っていった。
俺は呆然と、その後ろ姿を見送った。
(すごい……)
本当にすごい。
このアプリは、本当に本物だ。
俺の人生が、確実に変わっている。
* * *
バイト先でも、変化があった。
「橘くん、最近いい感じだね」
店長が声をかけてきた。
「え?」
「接客が丁寧になったし、お客さんからの評判もいいよ。このまま頑張ってね」
「あ、ありがとうございます」
自分では意識していなかったが、確かに接客がスムーズになっている気がする。
以前なら理不尽な客に怒鳴られると、ただ黙って頭を下げるしかできなかった。
でも今は違う。
冷静に対応できる。適切な言葉を選んで、相手を落ち着かせることができる。
これも、ステータスを上げた効果なのだろうか。
帰り道、夜空を見上げた。
満月が綺麗だ。
(俺、変われてる)
少しずつだけど、確実に。
平凡だった俺が、少しずつ変わっている。
この調子でいけば、もっと変われるかもしれない。
もっと、理想の自分に近づけるかもしれない。
でも、ふと不安も湧いてきた。
このアプリは、一体何なんだろう。
誰が作ったのか。何のために配布されているのか。
それに、「一般ユーザー版」という表記も気になる。
ということは、他にもバージョンがあるのか?
家に帰り、アプリをじっくりと調べてみることにした。
スマホの画面を開き、アプリのメニューを確認する。
「スキャン」「ステータス編集」「履歴」……。
そして、画面の一番下に、小さく「詳細設定」というボタンがあった。
今まで気づかなかった。
タップしてみる。
すると、さらに細かいメニューが表示された。
「アカウント情報」「使用制限」「ヘルプ」……。
その中に、「バージョン情報」というメニューがあった。
タップする。
画面に表示されたのは。
『Reality Editor ver 1.0 - 一般ユーザー版』
「一般ユーザー版……?」
もしかして、他にもバージョンがあるのか?
メニューを閉じて、もう一度設定画面を見回す。
すると、画面の隅に、ほとんど見えないような小さなリンクがあった。
『マスター権限メニューを開く』
指が震える。
これを開いたら、何かが変わる気がする。
でも、好奇心が勝った。
リンクをタップする。
画面が切り替わる。
そこには、今まで見たこともないメニューが表示されていた。
『マスター権限メニュー』
そして、その下に並ぶ機能の数々。
「スキル付与」「イベント発生」「アイテム生成」「時間操作」「ログ閲覧」「大規模イベント発生」「無制限のアイテム生成」「現実改変」……。
「何だこれ……」
一般ユーザー版とは、明らかに次元が違う。
これは……。
これは、もう「編集」なんてレベルじゃない。
まるで、神様のような力だ。
俺は、画面を凝視したまま、動けなくなった。
これが本当に使えるなら。
俺は、何でもできるんじゃないか?
そんな恐ろしくも、魅力的な考えが頭をよぎった。




