謎のアプリ
深夜2時。
ふと目が覚めた。
喉が渇いたのか、それとも悪い夢でも見たのか。理由は分からないが、目がぱっちりと開いてしまった。
ベッドの脇に置いてあるスマホを手に取る。画面を見ると、午前2時15分。
まだ寝るには早い時間ではないが、一度目が覚めるとなかなか眠れない。
スマホの画面を開き、なんとなくSNSを眺める。
この時間でも、タイムラインは動いていた。夜更かししている人は意外と多い。
しばらくスクロールしていると、画面に通知が表示された。
『あなたの人生を変えませんか?』
怪しい広告だ。
最近、こういう胡散臭い広告が増えた気がする。ワンクリックで稼げるとか、簡単に痩せられるとか、そういう類のものだ。
無視しようと思ったが、指が勝手にタップしてしまった。
画面が切り替わる。
そこには、シンプルなアプリのダウンロード画面が表示されていた。
『Reality Editor - 現実を編集するアプリ』
アプリ名からして怪しい。
説明文には、「あなたの人生をゲームのように編集できます」と書いてある。
「なんだこれ……」
冗談だろう。そんなアプリがあるわけがない。
でも、なぜか気になった。
好奇心、というやつだろうか。
ダウンロードボタンを押してしまった。
「ま、ウイルスとかだったら削除すればいいか」
そう自分に言い聞かせながら、インストールを待つ。
数秒後、アプリのインストールが完了した。
ホーム画面に、見慣れないアイコンが追加されている。シンプルな青いアイコンに、「RE」という文字。
恐る恐る、アプリを起動する。
画面が明るくなり、シンプルなUIが表示された。
中央に大きく「スキャン開始」というボタンがあるだけ。
説明も何もない。
「スキャン……?」
試しに、ボタンをタップしてみる。
すると、カメラが起動した。
スマホを自分に向けてみる。
画面の中の自分を映すと、突然、情報が表示された。
```
【橘 蒼太】
身体能力:48 / 100
知能:68 / 100
魅力:45 / 100
コミュ力:38 / 100
運:50 / 100
スキル:
- プログラミング Lv3
- 料理 Lv2
状態:健康
```
「は……?」
何だこれ。
ゲームのステータス画面みたいだ。
しかも、妙にリアルな数値が並んでいる。
身体能力48。確かに、俺は運動が得意なわけじゃない。平均よりちょっと下くらいだろう。
知能68。まあ、大学には入れたけど、特別頭がいいわけでもない。
魅力45。これは……正直、納得してしまう数値だ。
コミュ力38。低い。でも、これも納得だ。
運50。平均ってことか。
「なんだよ、これ……冗談アプリか?」
でも、妙にリアルだ。
画面を見ていると、ステータスの横に小さく「編集」というボタンがあることに気づいた。
タップしてみる。
すると、各ステータスの数値が変更できるようになった。
「編集……?」
試しに、「身体能力」を48から51に変更してみる。
画面に「変更を保存しますか?」と表示される。
冗談半分で、「はい」をタップした。
すると、画面に「変更が適用されました」というメッセージが表示された。
「……」
特に何も起きない。
体が軽くなるとか、力がみなぎるとか、そういうことは一切ない。
「やっぱりジョークアプリか」
まあ、そうだろう。現実をゲームのように編集できるなんて、そんなわけがない。
アプリを閉じて、スマホを置く。
どうせ明日になったら、このアプリのことなんて忘れているだろう。
そう思いながら、再び目を閉じた。
* * *
翌朝。
目覚まし時計の音で目が覚める。
いつもと同じ朝。いつもと同じ時間。
ベッドから起き上がると、なんとなく体が軽い気がした。
「気のせいか……?」
昨夜はよく眠れなかったはずなのに、不思議と体がスッキリしている。
洗面所で顔を洗い、身支度を整える。
そういえば、昨夜のアプリのこと。
スマホを手に取り、ホーム画面を見る。
あのアプリ、「Reality Editor」のアイコンがまだある。
夢じゃなかったんだ。
試しに起動してみる。
昨日と同じように、「スキャン開始」のボタンをタップし、自分にカメラを向ける。
```
【橘 蒼太】
身体能力:51 / 100
知能:68 / 100
魅力:45 / 100
コミュ力:38 / 100
運:50 / 100
```
身体能力51になっている。
昨夜、変更したままだ。
「……まさかな」
気のせいだろう。こんなアプリが本物なわけがない。
そう思いながらも、心のどこかで期待している自分がいた。
もしこれが本物だったら。
もし本当に、現実を編集できるアプリだったら。
俺の人生は、変わるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、俺は大学に向かった。
* * *
駅に着き、いつものように階段を上る。
最寄り駅は地下にあるので、地上に出るには長い階段を上らなければならない。
いつもなら、この階段を上るだけで息が切れる。
でも、今日は違った。
階段を駆け上がっても、全く息が切れない。
「あれ……?」
立ち止まって、自分の呼吸を確認する。
普通だ。乱れていない。
いつもなら、ここで一度立ち止まって休憩するのに。
「気のせいか……?」
それとも、たまたま調子がいいだけか。
首を傾げながら、大学に向かった。
* * *
午後、健康スポーツ実習があった。
大学には高校までのような体育の授業はないが、教養科目の一つとして健康スポーツ実習という科目がある。
今日はバスケットボールだ。
体育館に集まった学生たちを、教授が適当にチーム分けしていく。
正直、球技は得意じゃない。運動神経がいいわけでもないし、いつもなら後ろの方でボールが回ってこないように立っているタイプだ。
でも、今日は違った。
ゲームが始まると、体が軽い。
ボールを受け取ったとき、自然とドリブルができた。いつもなら手元がおぼつかないのに、今日はボールが吸い付くように手に馴染む。
ディフェンスの学生をかわして、シュートを打つ。
ボールがリングに向かって綺麗な放物線を描く。
ゴールに吸い込まれた。
「おお、ナイスシュート!」
チームメイトが声をあげる。
「橘、やるじゃん」
同じ実習の学生の一人が、驚いたように言った。
「あ、ああ……」
曖昧に返事をする。
自分でも驚いていた。
体の動きにキレがある。反応速度が速い。いつもの自分とは明らかに違う。
(まさか……あのアプリ……?)
いや、そんなわけがない。
偶然だ。たまたま調子が良かっただけだ。
でも、心のどこかで確信していた。
あのアプリは、本物かもしれない。
そう思うと、胸が高鳴った。
実習が終わり、急いで帰路についた。
早く家に帰って、あのアプリをもっと試してみたい。
もし本当に本物なら……。
俺の人生は、ここから変わるかもしれない。




