新しい日常の始まり
週末。
俺は渋谷駅で詩織を待っていた。
約束の時間の5分前。
少し緊張している自分がいる。
陽菜との時とは、また違う緊張感だ。
陽菜は幼馴染だから、どこか気楽さがある。
でも、詩織は違う。
まだ知り合って間もない。
しかも、俺が助けた相手だ。
どんな反応をするのか、予想がつかない。
「橘さん!」
声がして、振り返る。
詩織が、軽く手を振りながら歩いてきた。
彼女は今日、淡いピンクのワンピースを着ていた。
髪は軽く巻いていて、メイクも丁寧だ。
とても可愛い。
「待った?」
「いや、俺も今来たところ」
「良かった。じゃあ、行きましょうか」
詩織が笑顔で言う。
俺たちは、彼女が予約してくれたという和食のレストランに向かった。
* * *
レストランは、落ち着いた雰囲気の店だった。
個室に案内され、二人で向かい合って座る。
メニューを見ながら、詩織が言った。
「ここ、私のお気に入りのお店なんです。お魚が美味しくて」
「そうなんだ。楽しみだな」
注文を済ませ、料理が運ばれてくるのを待つ。
少し沈黙が続いた。
でも、コミュ力75のおかげで、自然と話題を見つけられる。
「藤宮さんは、何の専攻?」
「私は文学部です。日本文学を専攻してます」
「文学か。本が好きなの?」
「はい。昔から読書が好きで。特に、古典文学が好きなんです」
「古典文学……源氏物語とか?」
「そうです! 源氏物語、大好きなんです!」
詩織の目が、キラキラと輝いた。
好きなものの話をしている時の彼女は、とても生き生きしている。
その表情が、とても可愛かった。
料理が運ばれてきて、二人で食事を始める。
確かに、魚料理が美味しい。
詩織の選んだ店は、当たりだった。
「橘さんは、何の専攻ですか?」
「俺は情報工学。プログラミングとか、そういうのを勉強してる」
「すごいですね。理系なんですね」
「まあね。でも、そんなに得意ってわけじゃないけど」
「謙遜しないでください。きっとすごく優秀なんですよ」
詩織が、嬉しそうに笑う。
アプリで彼女の好感度を確認してみる。
```
【藤宮 詩織】
橘蒼太への好感度:78 / 100(恋愛対象として意識し始めている)
```
78。
かなり高い。
恋愛対象として意識し始めている、と表示されている。
これは……。
* * *
食事を終え、店を出る。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
「お礼ができて良かったです」
詩織が、嬉しそうに笑う。
「これで借りは返せましたね」
「借りなんて最初からないよ」
「いえ、私にとっては大きな借りでした。橘さんがいなかったら、どうなっていたか……」
詩織が、少し不安そうな顔をする。
「もう大丈夫。あいつらは、もう近づいてこないよ」
「……はい。橘さんがいてくれるから、安心です」
彼女の言葉に、少しドキッとする。
これは……。
「藤宮さん」
「詩織、でいいですよ」
「じゃあ、詩織さん。俺のことも、蒼太でいいよ」
「蒼太……さん」
詩織が、少し照れくさそうに名前を呼ぶ。
その仕草が、とても可愛かった。
「また、会えますか?」
詩織が、少し不安そうに聞いてくる。
「もちろん。また連絡するよ」
「はい! 楽しみにしてます!」
詩織が、嬉しそうに笑った。
別れ際、彼女は少し躊躇うように、俺に手を振った。
「じゃあ、また」
「また」
俺は、彼女の後ろ姿を見送った。
詩織との時間も、とても楽しかった。
陽菜とは違う、新鮮な感覚だ。
これは……どうなるんだろう。
* * *
家に帰り、ベッドに横になる。
今日一日を振り返る。
陽菜と詩織。
二人とも、俺に好意を持っている。
そして、俺も二人のことが気になっている。
これって、どうなんだろう。
二股、ってやつか?
でも、まだ付き合ってるわけじゃない。
だから、問題ないはずだ。
……本当に?
少し罪悪感が湧いてくる。
でも、同時に、この状況を楽しんでいる自分もいる。
二人の美少女から好かれている。
これは、以前の俺なら考えられなかった状況だ。
全部、このアプリのおかげだ。
スマホを手に取り、アプリを起動する。
画面には、自分のステータスが表示されている。
身体能力85、知能88、魅力82、コミュ力75、運60。
一週間前とは、まるで別人だ。
このアプリがあれば、俺は何でもできる。
理想の自分になれる。
でも、同時に思う。
このアプリは一体何なんだ。
誰が作ったのか。
なぜ自分にマスター権限があるのか。
謎は深まるばかりだ。
でも、今はそんなことを考えるより。
この日常を守ること。
陽菜も、詩織も、大切にしたい。
明日も、いい一日になるだろう。
そう思いながら、俺は目を閉じた。
* * *
翌日、大学で陽菜に会った。
「蒼太、おはよう!」
「おはよう」
陽菜が、いつものように元気に挨拶してくる。
彼女の笑顔を見ていると、昨日の不安が少し和らぐ。
「ねえ、今度の連休、一緒にどこか行かない?」
「連休?」
「うん、来週三連休あるでしょ? どこか旅行とか」
「旅行……いいね」
陽菜との旅行。
それは楽しそうだ。
「じゃあ、決まり! 私、色々調べておくね!」
陽菜が、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、幸せな気持ちになる。
そして、同時に思った。
この日常を、守りたい。
アプリがどうなろうと、この関係を守りたい。
それが、今の俺の一番の願いだ。
* * *
その日の夜。
俺は一人、部屋でアプリを見つめていた。
警告メッセージは、まだ表示されたままだ。
でも、今のところ、アプリは正常に動いている。
機能も、問題なく使える。
だったら、今はこのまま使い続けよう。
そして、もし問題が起きたら、その時に対処しよう。
俺は、前を向くことにした。
過去の平凡な俺ではなく。
今の、新しい俺として。
陽菜、詩織、そしてこれから出会うかもしれない人たち。
みんなとの関係を、大切にしていこう。
このアプリが俺に与えてくれたチャンスを、無駄にしないように。
そう決意して、俺はスマホを置いた。
新しい日常が、今、始まろうとしている。
これから、どんな展開が待っているのか。
期待と不安が入り混じるが、それも含めて、楽しみだ。
俺の物語は、まだ始まったばかりだ。
これから、もっと面白いことが起こるはずだ。
そう信じて、俺は明日へと向かう。
新しい俺として。
新しい人生を、生きていくために。




