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平凡な日常

 目覚まし時計のけたたましい音で目が覚める。


 スマホの画面を見ると、午前7時。いつもと変わらない朝だ。


 俺は橘蒼太。都内の大学に通う、どこにでもいる平凡な大学2年生だ。


 狭いワンルームのアパートで一人暮らしをしている。家賃は月6万円。親からの仕送りとバイト代でなんとか生活している、そんな毎日。


 ベッドから這い出て、洗面所で顔を洗う。鏡に映る自分の顔を見て、小さくため息をついた。


 地味だ。我ながら、本当に地味だと思う。


 黒髪、平均的な顔立ち、平均的な体型。街を歩いていても、誰も振り返らない。目立たない、空気のような存在。それが俺だ。


 大学に入ったら何か変わるかと思っていた。高校までとは違う、新しい自分になれるかもしれないと期待していた。


 でも、何も変わらなかった。


 講義に出て、バイトして、家に帰る。友人は少ないが、いないわけではない。でも、誰かと深く関わることもなく、ただ日々が過ぎていく。


「このままでいいのかな……」


 鏡の中の自分に問いかけても、答えは返ってこない。


 身支度を整え、アパートを出る。最寄り駅までは徒歩10分。平日の朝、通勤・通学ラッシュの時間帯だ。


 駅のホームは人でごった返していた。満員電車に押し込まれるようにして乗り込む。


 車内で、スマホをいじっている人、音楽を聞いている人、ぼんやりと窓の外を眺めている人。それぞれが自分の世界に閉じこもっている。


 俺もその一人だ。


 30分ほど揺られて、大学の最寄り駅に到着。駅から大学までは徒歩15分。朝の空気は少し冷たいが、歩いているうちに体が温まってくる。


 大学の門をくぐる。広いキャンパスには、もう多くの学生が集まっていた。


 グループで談笑している学生たち。恋人同士で歩いている学生たち。一人で黙々と歩いている学生たち。


 俺は最後のグループだ。


 1限目の講義は、情報工学の専門科目。俺は理系の情報工学専攻だ。


 講義室に入り、いつもの席に座る。窓際の後ろから3番目。目立たず、でも後ろすぎない、ちょうどいい位置。


 ノートパソコンを開き、講義の準備をする。


 教授が入ってきて、講義が始まった。プログラミングの基礎理論についての内容だ。


 俺はプログラミングが嫌いじゃない。むしろ、少し得意だと思っている。コンピュータは嘘をつかない。入力したとおりに動く。人間関係のように、複雑で面倒なことがない。


 でも、だからといって特別優秀というわけでもない。そこそこできる、という程度だ。


 講義を聞きながら、時々窓の外を眺める。


 青い空。白い雲。穏やかな秋の日。


(このまま、何も変わらずに大学を卒業して、どこかの会社に就職して、平凡な人生を送るのかな)


 漠然とした不安が、胸の奥に広がる。


 変わりたい。何かが欲しい。でも、何をすればいいのか分からない。


 そんな思いを抱えたまま、講義が終わった。


*  *  *


 昼休み。


 俺は一人で学食に向かった。


 学食は混雑していた。空いている席を探して、隅のテーブルに座る。


 今日のメニューは、唐揚げ定食。500円。安くて量があって、学生にはありがたい。


 一人で黙々と食事をしていると、隣のテーブルから楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 見ると、男女混合のグループが談笑していた。彼らはサークル仲間だろうか。とても楽しそうだ。


 俺もサークルに入ろうかと思ったことがある。でも、結局入らなかった。


 人見知りというわけではない。ただ、大勢の中に入っていくのが苦手なだけだ。


 スマホを取り出し、SNSを眺める。


 タイムラインには、友人たちの楽しそうな投稿が流れてくる。遊びに行った写真、美味しそうな料理の写真、イベントに参加した報告。


 それを見ていると、少し寂しくなる。


 でも、自分から誰かを誘う勇気もない。


 食事を終え、午後の講義に向かう。


*  *  *


 午後の講義を終え、俺はバイト先に向かった。


 バイト先は、大学近くのコンビニ。週に3回、夕方から夜までのシフトに入っている。


 時給は1250円。ほぼ最低賃金だ。


 制服に着替え、レジに立つ。


「いらっしゃいませ」


 お客さんが来るたびに、機械的に挨拶をする。商品をスキャンして、会計をする。単純作業の繰り返し。


 バイト自体は嫌いじゃない。むしろ、何も考えずにできるから楽だ。


 でも、時々理不尽なお客さんに当たることがある。


「おい、この弁当温めすぎだろ!」


 中年の男性が、怒鳴りながらレジに戻ってきた。


 俺が温めた弁当だ。確かに、少し温めすぎてしまったかもしれない。


「申し訳ございません。新しいものとお取り替えいたします」


 丁寧に謝罪し、新しい弁当を渡す。


 男性は不機嫌そうに、それを受け取って店を出ていった。


(はあ……)


 心の中でため息をつく。


 でも、表情には出さない。店員は笑顔でいなければならない。


 バイトが終わったのは、夜の10時。


 疲れた体を引きずるようにして、アパートに帰る。


 部屋に入り、シャワーを浴びる。温かいお湯が体を包み、少しだけ疲れが取れた気がする。


 ベッドに倒れ込み、スマホをいじる。


 SNS、ニュースサイト、動画サイト。特に見たいものがあるわけでもないが、なんとなく画面をスクロールする。


 時計を見ると、午前0時を過ぎていた。


 明日も朝から講義がある。そろそろ寝ないと。


 スマホを置き、目を閉じる。


 今日も、何も変わらない一日だった。


 明日も、きっと同じだろう。


 そんなことを考えながら、俺は眠りについた。



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