41 思い込み
沈黙が暫くつづいた。
重い空気を打ち破ったのはイーリスだ。
「やっと認められた。しかも神に認められたのよ! 嬉しくてたまらなかった。あんな家からは早く出たいと思ってた。世界樹の森は広くてこの全てが自分の物だと思ったら興奮したわ。前の管理人の貧相な小屋を潰して夢にまで見た私のためのお城を建てるのも簡単だった! 西の入口に面した国に森の入口の一部を開放する代わりに森では手に入れられない物を献上させたわ」
……おいおい、泣きそうな顔で何を言い出すのかと思ったら、お前が勝手に開放してたんかい!
向こうが勝手に攻め込んでるんだと思って問答無用で弾き出してしまったではないか。
世界樹の森に赴任したばかりの時に、侵略者だと思って、なんの話し合いもせずに結界で入ってこられないようにしてしまった。
「はじめのうちは良かったの。でも暫くして気が付いてしまった。ここは孤独だって。神様に体良く閉じ込められたんだって気が付いたの」
はい?……
「素敵なドレスもティーセットも見せる相手がいない私には必要なかった。何日も何ヶ月も誰とも口を利かず引きこもってるだけなんて、私を産んだアイツらと一緒に暮らしていた時より惨めじゃない!?」
あれ? さっきまでの方向性とだいぶ変わってますけど? キョトンとしてクラウス様と顔を見合わせる。
もぅ相手にするのもめんどうなのでクラウス様に丸投げして帰ろうか……
と、脱出ルートを模索していたらいつの間にかまたそっと腕を掴まれていた。
気安く腕掴みますけどね、腕掴むだけでも今はセクハラですよ。
はぁっ……
「そんなに寂しかったならその西の入口付近を開放してあげた国の人たちと交流して、友達でも作ったら良かったんじゃない?」
私の質問も雑だがとにかくこの手のくだらない話なら短く済ませたい。
「そんな事できないわ。私は皇族の血を引き、世界樹の森の管理人に選ばれた特別な人間よ! 普通の人間と対等に友達になんてなれるわけないでしょう」
はいはい。
「なるほど。それで?」
「私は聖女様とノルディアの皇族の血を継ぐ者! こんな森に閉じ込められたまま終われないと思ったのよ」
いや、勝手に閉じこもったのはどなたでしょう?
「私が継いだ血が、封印された洞窟の場所を知っていたから、この森が無くなればいいと思って封印を破ったわ」
「……え? それだけ?」
「それだけって何よ!」
「いや、さっきまで先祖の復讐だのなんだのと騒いでいたから、もっとこう、森に対してももう少し重厚な理由を期待していたというか……」
腕を掴まれている方から大きな溜め息が聞こえてきたが、溜め息をつきたいのは森の方である。
仕方が無いので溜め息を飲み込んで問いただす。
「世界樹の森が無くなったらこの世界全て無くなることくらいわかっていたんでしょう? そんな事になったら皇族の血もへったくれもなくなるけどそれでも構わないと思ったわけ?」
「……そんな事まで考えるわけないじゃない」
うそだろ? 考えないわけがないだろう。
「世界樹の森がなくなってしまえばいいとは思ったけど、この世界がなくなればいいとは思わなかったわ。本当よ」
本当なら本当で、浅慮にも程がある。
「それで、封印を解いたことがバレてシルバ……こほん……シルヴァヌス様に全ての力を奪われて投げ出された、と」
「私はシルヴァヌス様に求められて世界樹の森の管理人になったのよ、なのに一度与えた力まで奪うなんてひどいと思ったわ」
「でも、閉じ込められたのが気に入らなかったのよね? 結果的に森から解放されたんだから思い通りになったんじゃないの?」
「そういうことじゃないでしょう? どうしてわからないの?」
もぅ子供の八つ当たりだ、大袈裟に眉を八の字にしてクラウス様に強い視線を送った。
彼は再度大きな溜め息をついて私の腕を放し一歩前に出て仕方なく私の代わりに話しはじめた。
「森を追放されたのも力を奪われたのも当然だろう、むしろ五体満足で生かされているだけでも森の神の慈愛を感じるくらいだ。神が、君が人生をやり直す機会を与えてくれたというのになぜそんな素晴らしい仕事を手放して帝国に復讐しようなどという発想に至るのかさっぱり理解できん!」
「またこの国が聖女を欲すればいいと思い付いたの。そうしたらその時現れるのは本物の聖女の血を継ぐ私でしょう?忘れているなら思い出させてあげようと思ったのよ。この国には聖女がいた、と。そして今また聖女が必要だと。私は先の聖女様のように帝国に使われて捨てられるようなヘマはしないわ。この血を呪いでなんて終わらせない。この血を使ってこの国を手に入れてやろうと思ったのよ。きっと聖女様もそれを望んでいるわ」
話が変わってきている気がするのだが……
「要するにあなたは自分の存在を認めて欲しかっただけね。でもあなた自身が一番自分のこと認めてなかったのが失敗の原因よ。シルバ……シルヴァヌス様があなたを世界樹の森の管理人に据えたのはあなたが継いだ聖女や皇族の血などではなく、あなた自身が持っていた才能を認めたからよ。血への思い込みが邪魔して凄い才能を自覚できなかったのね」
まったく、もったいないことこの上ない。
「……そう、なの?」
「呪いの洞窟だって血が知っていたわけじゃなくて、あなたの気象を操る才能が異変を感じ取ったんじゃないの? それに導かれたのでは?」
イーリスは気象を操ることが出来るという、聖女にも負けない才能を持っていたらしい。
癇癪を起こして滅びの魔法陣のあった洞窟や、フェンリルが全滅させた騎士団を沈めた湖などあちこちに雷をぶっ放して、封印が壊れたとシルバが言っていた。
イーリスは目を伏せて何かを逡巡しているようだった。
さて。いい加減本当にもう帰ろう。イーリスをどうするかはこの国の人が決めればいい。シルバは既にこの子を追放しているし、森の呪いは解決済みだ!
皇帝やクラウス様が大いに頭を悩ませるといい。丸投げバンザイ。
「フッラ、フリーン、お待たせ! 森に帰ろう!」




