40 正義
私が何を言ってもイーリスは睨みつけるだけだった。
「もうめんどくさいから死罪でよいではありませんか」
私はまたクラウス様に小声で訴える。
「さっき、貴族がどうのと言った口でよくそんなことが言えますね」
クラウス様に同じく小声で叱られてしまった。
「黙秘をされる意味がわかりません。私はあなたを直接罰する立場にありませんし、話を聞かなくても結果は変わりません。言いたいことがあれば聞こうと思っただけですから。世界樹の森に言いたいことがあったからこんな事をしたのではないですか?」
イーリスは睨むのをやめて手前の椅子にちょこんと腰掛けた。
「私は大昔の聖女の血が流れる皇族の末裔なの。この血は呪われているのよ」
もぅ呪いはおなかいっぱいです。
「やはりあなたは昔この国に起こったことを、この国の歴史を知っていたのですね、なぜそれを私たちに伝えてくれなかったんですか!」
クラウス様が苦々しい顔で感情を押し殺しているようだ。
「言ったでしょう? 呪われた血だと。話せなかったのよ、だから私たちはこの国の人達が知らない事実を抱えて孤独だった、父はこの血を残す為だけに母との間に私を作ったの。愛されたことなんてなかったし、自分にも流れる呪いの血への怒りの矛先を私に向けていたわ。聖女様は被害者よ!? どうしてあなたたちは自分たちの犯した罪を忘れて幸せに生きているのに、私たち聖女様の子孫が苦しまなきゃならないのよ」
なるほどー。物事、見方が変われば捉え方もちがうのだなぁ〜。
「200年の呪いに終止符を打つのは私しかいないと思ったの、だから聖女様の受けた仕打ちの復讐として、200年も私たちに押しつけてきた呪いをあなた方皇族とノルディアの民に返そうとしただけよ」
クラウス様が拳をにぎり、唇にギュッと力を入れるのがわかった。
「呪いの血なんてありませんよ」
森の神であるシルバは、フェンリルが救った聖女チカコの子供を『見逃した』だけだ。
世界を滅ぼそうとした聖女に激怒しただろうがフェンリルが助けてしまった子供にまで怒ってはいないし、むしろ、皇族、民衆全ての記憶を奪った中で唯一記憶を残して『見逃した』。
それだけだ。他人に話せないようになどしていない。
イーリスの代に『話せない』と思わせたのはおそらく、先の時代に話しても誰も信じてくれなかったからだろう。
当然だ、その人しか知らないそんな話など事実だと信じる方がおかしい。
そして、イーリスたちの先祖は自分を、自分の子孫を守るために話すのをやめて、呪いの血だと言い伝えたのだろう。
そして年月が過ぎ、自分たちを守るための「呪いの血」は、自分たちを縛るものになってしまった。
「思い込み?……そんなわけないわ」
「それから、復讐って言うけど聖女召喚に関する神罰はあなたも知るようにすでにこの国にくだされています。聖女様と皇帝の子もフェンリルによって助けられたからあなたが今ここに居る。聖女様も……」
聖女チカコ様がこの国から受けた仕打ちは確かに思うところがある。しかし、シルバの立場から見れば、世界樹の森を、世界を滅ぼそうとした罪がある。善悪など、ちょっとした角度で簡単にひっくり返る。
私たちが世界の理に干渉しようとするなどおこがましい。
「聖女様も……先日私が解呪して元の世界に戻られました。もう私たちが干渉すべきことではありませんよ」
私まで妙な気分になってしまった。私にはもう関係のない話なのに。昇華されない私たち三人の想いが部屋の中で重く沈む。
「聖女様や、あなたの先祖の方々の想いとは別にあなたの想いがあったんじゃないの?」
いくら自分と血が繋がっていようと、会ったことも無い聖女様や死んだ先祖のために呪いに終止符を打つだの、復讐だとと言って大きな罪を犯すのは、現代社会で石田三成の子孫だから関ヶ原で東軍に寝返った者の子孫も引っ括めて徳川が作り出したこの日本に復讐する! とか言い出すくらい、的はずれだ。
でも「復讐」という名前を付けると「正義」にひっくり返る。
「正義」を理由にすると、とたんに人は暴走する。
父に愛されなかった行き場のない曖昧な怒りは、「正義」と名を変えて国家と社会への復讐となった。
部屋の空気がさらに一段沈む……




