36 神の理
「座ってください」
「もぅ座ってるってば」
安定のシルバへの証人尋問である。
「これはどういうことでしょう?」
私はクラウス様に借りたノルディアの皇室に受け継がれている歴史書をシルバの前に出した。
「ん? これは何?」
「あー! ちょっと! クッキー食べた手で触らないでくださいよ」
重厚な装丁の歴史書を神とはいえクッキーの油で汚されては困る。
「人間は読めないそうです」
「だろうね。たぶんボクが消したんだと思う」
「でも私には読めます」
「それもそうだろうねー」
クラウスも皇帝でさえもこの書は白紙にしか見えないらしい。なのに何故か、代々禁書扱いで守り、受け継がれてきた。
しかし私には全て読めた。遥か昔のこの国の歴史が。
「先日私は洞窟で聖女チカコの記憶を、残留思念から視ました。この歴史書は彼女の記憶を裏付けるものです」
要するに事実だ。
こんなに重要な歴史上の事実をクラウスは知らないと言った。白紙だから読みようもないと。とても信じられるものではないが、嘘をついているようにも見えなかった。
そして今シルバがあっさり認めた。
クッキーを頬張りながら、昨日の夕飯の話でもするかのように。
「本当に人間は知らないのですか」
「ボクはね、森を傷付けられるのが嫌いなんだよ」
一瞬空気が凍てつく。
鳥肌がたった。
いつものようににこやかな笑顔から発した言葉に今まで感じたことのない恐怖をおぼえ、出会ってから初めてシルバを怖いと思った。
あぁ、本当に神だったのか。
今更ながら理解した。
約200年近く前戦争終結後のノルディアは聖女召喚の儀式を行った。
人間の召喚が禁忌とされているのは神の術だからだ。神にしか使えない術を自国を救うために使ってしまった。
そしてその儀式の行使には神の力が当然必要だ。
当時はまだウンディーネの力を源流とする川が霊脈となってノルディアにも注がれていた。
魔術師は霊脈を辿って世界樹の根から神力を無断で奪った。
「世界樹ってね、いわばボクの分身だ」
なるほど。神側から見れば、身勝手な理由で神の分身を勝手に傷付けるなど万死に値する。
一方、ノルディアの人間からすれば国が窮地に陥り、たくさんの国民の命が失われ、希望が尽きた先でただ一つ残された手段だったかもしれない。
「さらにその聖女がこの森で呪いを発動させて世界を滅ぼそうとしたんだ」
「…………」
私は少し勘違いしていた。
勝手に聖女チカコを、皇女和宮様を憐れみ、情を抱いてしまった。だがこの聖女は森を攻撃したのだ。
シルバの怒りはノルディアの人間と聖女チカコに向けられている。
胸が締め付けられる思いがした。
神とは、己の正義を貫く存在、貫けるのが神だ。
だが人は違う。
愛や恐怖や後悔に絡めとられ、かろうじて握りしめていた小さな正義さえ自分の手で壊してしまう。
「それで神罰を下したのですね」
世界樹の森からの恩恵を取り上げ、聖女召喚に関する一切の記憶を人間から奪った。もちろん神力を借りるような大魔法も二度と使えない。
……おや?
「だったらどうして私に森の北口に店を出すように勧めたのですか?」
この森の恩恵と言えるかどうかはともかく、関係を絶っていたノルディアとの接点を作ってしまうことにはなる。実際皇族と出会ってしまっている。
「トワちゃんに呪いに気が付いて欲しかったからだよ。だってよく調べもせずにさっさと洞窟封印してさ、あとは放置するつもりでしょう」
ゔっ……
たしかに、そのうち消えるかなー、くらいだった。
「あの……答えて貰えないかもしれませんが、聖女チカコの命も神罰として奪いましたか」
こんなことを聞くことに意味は無い。そうであろうが無かろうが結果は何も変わらなかっただろうし、私の感情にも影響しない。
それでも尋ねずにはいられなかった。
「そんなことはしてないよ、ボクは結果にしか興味が無い」
「そう……ですか。あの……子供を助けたのは何故ですか? 今の話の流れだと少し違和感があるんですが」
「いや、赤ん坊を助けたのはフェンリルだよ。ボクはただフェンリルに滅びの呪いを消し、森を守るように命じただけ。それ以外は何も言ってない」
なるほど、違和感はなくなった。シルバの正義は森だ。それ以外のことは認知すらしていないのかもしれない。認識していないものは存在していないのと同じことだ。
聖女や、聖女の子孫の生死など興味すらない。
凍てつくような理屈だが、これがこの世界の理だ。
「それで? 私に呪いの存在を気付かせてどうしたかったんですか?」
「あの子、元の世界に還してあげてよ」
ああ、まぁそうなりますよね……
「あの子すごい力持っててさ、このまま帰れない思いと魂の欠片残されるとこの先何千年も残留思念が消えないどころかいずれトワちゃんの封印破ってまたこの世界滅ぼそうとするよ」
えぇーこわい。
とんでもないお力をお持ちのお方に、とんでもない仕打ちをしたノルディアを私も少し恨みたくなってきた。
「それは。私も還して差し上げたいですけどどうしたらいいんですか?骨なんて残ってなかったと思いますよ」
骨でも残っていれば日本に持ち帰ってどうにかすることも出来たかもしれないが。
「トワちゃんあっちの世界の創造神の眷属でしょう。しかも今この森の管理者でもある。ね? トワちゃんにしかできない」
ほう? この森の管理人は誰でも良かったわけではないということか。
チャラくて胡散臭いこの神様はついうっかりあちらの神の眷属になっていながら、自覚せずに暇そうだった私を見つけて拾っただけかと思っていた。
「トワちゃんがやってくれなければいつかこの森は崩壊する。でもそれならそれで仕方ない。そうなったらボクが直接手を出せるからね。めんどくさいけど改めてこの世界を一から創り直すよ」
シルバはこちらの創造神のようだ。
地球は太陽と宇宙に端を発し、こちらの世界は世界樹を起源とする。仏教での創造神は大日如来、太陽と宇宙そのものだ。そしてシルバは世界樹の森そのものなのだ。
「トワちゃんが洞窟で記憶を見たのも、ボクが取り上げた記憶を読めるのも神の力だ。この森を管理するのもそれだけの力が使えれば簡単だったんだけど、魔法とか使っちゃうからややこしくなったよねー」
は……?
「え、まって。私の魔法って無駄だったの? じゃなんでそんな力くれたの?」
「だって欲しいって言うから? 報酬はそれで良いって言ったからラッキー! って思って」
なんだこのザワザワする気持ちは! 騙されたともいえないけど、納得も出来ない!
急に恥ずかしくなってきた!
チートだと思って得意気に魔法を使っていた過去の自分の姿を思い浮かべて羞恥で眩暈がしてきた。
「もぅ今日は帰ってもらえます?」
「えー、呼びつけたのはそっちでしょう。このクッキーもっとある?」
クッキー持ってさっさと帰れ!




