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世界樹の森、守ります。  作者: 杉本 雨
第3章 それぞれの想い

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33 聖女


 西暦1877年 日本


 皇女 和宮親子内親王(かずのみやちかこないしんのう)は病芳しくなく、療養のために箱根の湯治場へ向かっていた。東京から旧東海道を通り、馬車が箱根峠に差し掛かった時強い光が天から降り注ぐ。

 馬の嘶きと引き換えに視界が奪われた。

 光がおさまった気配を感じ恐る恐る目を開けるとそこは馬車の中ではなく、日本とは異なる世界に聖女として召喚されていた。


 幕末から明治への騒乱期を生き、病に冒されたが残り僅かな人生くらいあの人の御霊を守り、心安らかにそして新しい歴史を歩み始めたこの国の役に立つことを望んで過ごしていたがそれすらも許してはもらえぬようだ。



 召喚されたこの地ノルディア帝国は隣国との戦争が10年近くも続き、戦勝後も財政難と大地の荒廃から疫病が蔓延し多くの国民の生命が失われていた。


 和宮は親子(チカコ)と名乗った。

 聖女として強い力をもって国民の期待に応え、この国を救った。冒されていた病はこの世界に来て魔力が覚醒したお陰か食生活の違いかは分からぬが快癒していた。和宮が召喚されたのはその時代その瞬間たまたま聖女としての適正があったためと思われるが確かな理由など誰もわからない。

 和宮は聖女として崇められ当時の皇帝レオニス三世との間に子も出来、ここで生活していくのも悪くないと思い始めていた。


 だが、ここでも神は和宮に安寧など与えくれるつもりはないようだった。



 聖女チカコの豊かな力で、やわらかく肥沃な土地と国力を取り戻したノルディアは、異世界の血をこの歴史ある帝国に残すことを拒み、役目を終えた聖女と皇帝との子は戦争の功労者であったヴァルクライン家に下賜し、聖女の名誉も奪った。さらにそれだけでは飽き足らず皇帝との間に生まれた赤子が男子だったために後の憂いを無くすためにまだ乳離れすらしていない子供に刺客を放った。



 刺客の気配を察した和宮は息子を抱いて逃げるが屈強な帝国の騎士団から逃げ遂せるわけもなかった。

 聖女の力は癒す力。大地を癒し、人を癒すが戦える力はない。ありったけの魔力で我が子に結界を張り、人が立ち入れぬ禁忌の森、世界樹の森に逃げ込む。

 追手の騎士団には容赦なくこの森の洗礼が浴びせられる。この森に住む魔物たちが外部からの侵入者を攻撃しているようだったが、和宮は運良く魔物に遭遇する事なく森の奥へと進み、もぅ魔力も体力も尽きるという頃に洞窟を見付けた。中の危険を考慮する力など残っているわけもなく迷わず洞窟の奥へと駆け込んだ。

 洞窟の中は危険どころか温かく静寂が流れ、少し進むと開けた広い場所に突き当たり、その端に倒れ込んで我が子を抱きしめた。


 まだ16歳だった時、大動乱期だった幕末の日本で公武合体の一助として降嫁させられ、行きたくなかったけれど嫁いだ先では愛された。そして自分も愛した。だが家茂は帰ってこなかった。彼と過ごしたのはわずか2年半。

 そして来たくもなかったこちらの世界でも降下させられ、苦労して産んだ子供を殺されようとしている。


「私はあなたたちを助けたのに!」


 悔しさと怒りが残り僅かな生命の灯火を燃え上がらせた。

「帰りたい! あの人が眠る地へ、私が生まれた世界へ」

 和宮はこの広場に魔法陣を描き始める。

 禁書庫に潜り込んで自分を召喚した魔法陣を研究していた。いつか帰るための帰還の魔法陣を。だが城から追放されたため完成させることは出来なかった。

 でもこの生命を代償とすれば必ず成功する。

 ここに隠れていても自分もこの子も助かる道は無い。ならばたとえ死体となってもこの子と共に帰る!!


「この生命を贄に我と我が子を、愛する者の元へ……」


 …………

 何も起こらなかった。

 そこはさっきと変わらず洞窟の中だった。


 失敗した。


「こんな世界など滅んでしまえばいい!!」



 その瞬間、洞窟の外まで溢れるほどの禍々しい闇が2人を包んだ。


 闇が蠢く魔法陣の真ん中で和宮は息絶えていた。




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