31 振り出し
私はクラウス様に手紙を出した。
呼び出すのも失礼極まりない気もしたが、私の方から勝手に皇宮に押しかけていく訳にもいかない。今の聖女が世界樹の元管理人ではないか?と思い至ってしまったらどうにも気になって仕方がないのだ。
「お呼び立てするような真似をして申し訳ありません」
手紙を出してすぐにクラウス様たちが店に訪れてくれた。
「いいえ、むしろ喜び勇んでとんで来ました」
不快そうな顔をすることもなく、上機嫌にケーキを食べてくれている。いい人だ。イケメンだし、引く手あまただろうに独身だという噂を聞いたことがある。なにか他人にはわからない決定的な欠陥でもあるのだろうか。なんて口にしようものならさすがに首がとぶな。いかんいかん。
「蒼牙の森のエリスを覚えてらっしゃいますか?」
「もちろん、可愛らしいお嬢さんでしたから」
そういうことじゃない。
「そのエリスがこんな物を見付けてくれました」
私はエリスから預かった紅瘴石をテーブルの上に乗せる。
「これは紅瘴石という魔石で、陽の光を吸収すると有毒な気体が発生します。それが滅紫の靄に見えるのです。森のあまり深くない場所で有毒な気体を発生させれば、人々に瘴気だと誤認させることもできるでしょう」
「これを、誰かが故意に仕掛けたと?」
「おそらく。なぜなら、この魔石は世界樹の森にしか存在しない物なのです。あちこちの森に自然にゴロゴロ転がっているはずがありません」
「えっと、そうなると……」
「はい、犯人は私と考えるのが自然です。でも残念ながら私ではありません」
別にここで罪をきせられたところで私は痛くも痒くもない。むしろそれならそれで「責任取ります」とか適応なこと言って私が浄化して回ればさっさと解決して手っ取り早い。後ろ指を指されるようになったところで後ろに目は付いていないので気が付かないから問題ない。
「それはそうでしょうね。あなたがこんなめんどくさいことをするとは思えませんし、国ごと吹き飛ばせそうですものね」
冗談ですよと、冗談のようにはみえない笑顔でニッコリされた。
「この気体は魔物の精神に作用し、異常行動を引き起こして生態系を乱します。さらに厄介なのは、本物の瘴気と違って風に流され自然に消えたように見せかけながら実際には土壌に染み込んでしまう点です。気付かずに放置すれば森だけでなく、いずれ帝国全土の土壌を汚染する可能性があります。」
そうなれば最悪人間が住めない土地が増え、この国は確実に窮地へ追い込まれるだろう。
「他の森にもコレが埋められていないか確認してください。もちろん、魔力が抜けていることを確認してから触れてくださいね」
「わかりました、ルシウス!」
「はっ!」
それだけで、ルシウス様が静かに部屋を出ていった。
「それで、誰なのですか? トワさんは見当が付いてるのでしょう?」
「先日ポロっと言ってしまいましたが、以前この森は崩壊寸前でした。その時の森の管理人が1年以上前に免職になっています……」
「そうでしたか。それで代わりにトワさんがこの森に赴任されたということですね。前の管理人の方が怪しいというのはわかりました。でもその方が今、どこにいるかわかっているのですか?」
「はい、それです。あくまでも私の推測ですが、今そちらにいる聖女様ではないかと」
「……やはりそうなりますか」
頭のいい方だ、話の途中からわかっていたのだろう。納得すると同時になにかを考えはじめたようだ。
「ですが、世界樹の森の管理人であればかなりの力を持っているのではありませんか?私には聖女様がそれほどの力をお持ちのようにはみえないのですが」
「はい。特別な力なんてありません。魔力すらないそうです」
「……どういうことでしょう?」
いつもとは違う薄っぺらい笑顔を張り付けている。腹立たしさを隠しているのだろう。
「実は私も詳しくは知らないのですよ。ただ、この森から追放する際に全ての力を無くしています」
シルバは力がないから聖女じゃないと言ったが、力がないからこんなめんどくさい小細工をして聖女の座に着いているのではないだろうか。
「クラウス様、聖女様のお名前はなんと仰るのですか?」
「イーリス・ヴァルクライン様だ」
ヴァルクライン?日本人の私は舌を噛みそうだ。
「貴族ですか?」
「そのようだが、帝国にはヴァルクラインという家名は存在しません」
「他国の貴族で関係があったりは?」
「いや、全く聞いたことのない家名です」
そういえば、前の管理人は貴族の血が流れていて、先祖には聖女もいるようなことを1番初めに聞いたような……聞いてないような……
うーん、興味のないことを収納しておけるほど、記憶力に余裕のある人間ではないのではっきり思い出せない。
「つかぬ事をお伺いしますが、昔ノルディア帝国には本物の聖女様がいらっしゃいましたか?」
「聖女様ですか? いえ、歴史上我が国に聖女が降り立ったのは今回が初めてです。ですので皇帝も我々もわからないことが多く、判断に遅れがでてしまっているのですよ」
確かに聖女と出逢うのが初めてなら、聖女に何が出来て何が出来ないのか、どういった存在なのか、何も分からず本人の言う事を鵜呑みにするしかないだろう。
もし今の聖女がこの森の前の管理人だとするならば、元は他の国の子ということになる。
「ヴァルクラインという家名が存在しないならイーリス様がこの国を引っかき回す理由がわかりませんね?やはり違うのでしょうか……」
「うーん……」
クラウス様もうんうん唸り出してしまった。
ゴールが見えてきたと思ったら振り出しに戻された気分だ。




