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世界樹の森、守ります。  作者: 杉本 雨
第2章 帝都編

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29 水の恩恵

 

 クラウス様は国内で聖女が浄化済みの森や畑を再調査し、エリスは自分の森の調査をはじめることになった。

 私はひとまずいつも通り、店でコーヒーを飲みながらサボっ……書類仕事をしている。


 フェンリルから聞いた話が引っかかってはいるが、蒼牙の森の事も気になる。

 世界樹(うち)の森で湧いていた瘴気はどす黒く、漆黒の靄で風に靡くこともなくその場に立ち込めていた。

 だが、エリスがはじめに見つけた瘴気は、暗い紫(滅紫)の靄で風に乗って森の外まで流れ、更に、シルバから貰う管理者能力(とくてん)により瘴気に耐性があるはずのエリスが真っ先に倒れた。おそらく蒼牙の森に湧いた物は瘴気ではなかったのだろう。だが、私たちが森へ行った時、瘴気のようなものが湧いていた場所の土壌はたしかに本物の瘴気に染まっていた。獣や魔物たちの異常行動も同時期から始まっていることから、瘴気のようなものの件と無関係とは思えない。そもそも人間がわざと瘴気を発生させたり魔物たちを操ったり出来るものなのだろうか?


 できるとしたら、やはり聖女の力……なのだろうか。

 聖女は街を襲う魔物たちを森へ戻し、瘴気を消して、クラウス様の要望に応えて聖水を作って民に与えた。それらの実績から貴族からも庶民からも広く支持されている。

 そんな彼女が聖女の力を悪用してるとしたら……


 あるいはクラウス様の推測通り万が一偽物だとしたら……



 もう1つ私が考えるべきはフェンリルのあの話の方だ。


 うちの森の洞窟にあった滅びの魔法はフェンリルでも消せずに封印したと言っていた。しかも、私がこの森に来たばかりの頃、なぜかはわからないが封印などされておらず禍々しい瘴気がダダ漏れだった、ということは、何百年も経った今でもあの洞窟の中にはまだ滅びの魔法陣が消えずに残っている。

 私の、浄化を伴う結界で自然と消えてないかなーなんて都合のいい期待をしたくもなるが、さすがにそうそう上手くいくものでもない。フェンリルでも消せなかった物を私が消せるはずもないし、フェンリルの封印がもし経年劣化で効果が無くなっていたのなら、私の結界も永遠ではないだろう。

 めんどくさいな……



 何ひとつ問題が解決しないまま暫くして

 クラウス様たちが店に来た。


「いらっしゃいませ、お疲れのようですね」

「忙しくしていたせいでコーヒーをきらせてしまいましてね」

「コーヒーの飲みすぎは良くないそうですよ?逆に適量なら体に良いとききますけど」



 応接室に招いたクラウス様御一行が紅茶を1口飲んでほぅっと息をつく。

「森の件ですけど全て調べ直しましたが、案の定蒼牙の森と同じような状況でした。ですが、トワさんのお陰で調査をした者たちは全員無事です。今日はそのお礼に来たのですよ」


 蒼牙の森のように土を掘り返して瘴気が湧いてくる可能性を考えてこっそり私の聖水を提供しておいたのだ。


「これをトワさんに」

 そう言ってクラウス様が小さな鉢をテーブルに置いた。


「珍しいお花ですね。初めて見ました」

 花の苗のようだが茎は細く真っ直ぐで、葉は針のように繊細で氷の羽のようにキラキラしている。蕾も小さく指先ほどだが磨き上げた真珠のように淡い光と冷気を宿していた。



「これはノルディアの皇宮にしか咲かない白銀の花です。あなたに喜んで頂ける物を考えるのは非常に難しかったのですが」


 そう言われてみると自分でも欲しいものは思い浮かばない。

「とても素敵な贈り物ですが、聖水の代金はすでに頂いていますし、そんな貴重な花を皇宮の外で育ててもよろしいのですか?」


「この花は育てるのが難しいので代々皇宮でしか咲かないのですよ。でもあなたが世界樹の森で咲かせてくださったら私たちノルディアの人間も嬉しいですよ」


 ちょっと胡散臭いがキラキラの笑顔を向けられ、素直に頂くことにした。


「それで、森の土の浄化は大丈夫そうですか?」

「それなんですよね」

 クラウス様の話では、普通の聖属性魔導師では土地や空間をまるごと浄化したり、大規模結界を張ることはできないそうだ。貴重な人材には違いないが今回は彼らの力だけで解決するのは難しい。


「聖女様に状況を伝えたのですがね、瘴気が湧きやすい土地なのだろうと仰って、こちらも彼女の力不足を示すだけの根拠も証拠もありません。不安ではありますがまた聖女様に頼るしかありませんね」


 瘴気が湧きやすいとはなんなんだ? 湧きやすいなら理由があるはずだがその理由を考えたりはしないのか? なににしても、断片的に話を聞くその聖女から誠実さのようなものはあまり感じられない。このまま聖女に頼りきって大丈夫なのだろうか。 


***


 自分でも案外お人好しだなぁと感心しながら、私は今水の神ウンディーネ様の泉に向かっている。

 この泉を源流とした清流が、根を張る世界樹の足元を巡り、森の隅々まで流れ出す。


「トワだ! おみやげある?」

「あまいのある?」

「キラキラもってる?」

「はやくちょーだい!」

 相変わらず水の精霊たちは私のお土産にしか興味がない。たまに来る親戚のおばさんとでも思っているのだろうか。


「やぁ久しぶりだね」

 水が小さく揺れるとウンディーネが精霊たちの奥で泉の縁に片肘をつくような仕草で笑っていた。


「今日もお美しいですね」

 ウンディーネ様は男神だが、その辺の美女など軽く凌駕する。彼の美しさは性別という概念すら意味をなさない。


「それで?」

 彼は楽しそうに首をかしげ、指先で水をはじいて遊んでいるようだ。かれが水を弄ぶとそこから拡がった波紋が川の流れとなる。


「実は相談がありまして」

 私はウンディーネ様に現在のノルディアの状況を説明した。


「……なるほどねえ、それで自分が手を出さずに人間の国を浄化する方法を聞きに来たってわけね?」

「平たく言うとそういうことです」

「基本的に理性的で冷たそうなのに、存外お人好しだねぇ。放っておけばいいのに。その国が瘴気で滅びたところでこの森に影響はないよ?その皇弟のこと好きなの?」


 ん?……

「あぁ、全く考えたことないですけど有り得ませんね。たぶん良い方だとは思いますが色々な意味で違う世界の人ですから」

「へぇー、夢がないな。つまんない」


 なにがつまらないのだろう?ぷくっと頬を膨らませて不満顔をされたが不満なのはこちらの方だ。


「まぁいいや。ともかく相談に乗ってあげたいところだけど、できることはないな。今はまだこの森の中でさえ充分潤ってるとはいえない。やがてこの川が森の境界を越えて人の国へと至り水の恩恵を与えることはあるだろうけど、北のノルディアに届くことはないよ」


 ノルディアには届かないとはどういう意味だろう? 地理的に遠いという意味だろうか? 


「ノルディアには聖女とやらがいるんでしょう?だったら任せておけばいいんじゃない?」


 その聖女を頼らずに済む方法を模索しているのだが、できることはないと言われてしまったら仕方がない。




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