26 森の謎
光の角度でところどころ金色に輝くフェンリルの瑠璃色の毛並みは、まさに金粉が点在したラピスラズリのように美しい。
私たちは蒼牙の森の管理小屋、エリスの家に集まった。
クラウス、ルシウス、ローダーはもうすっかり良くなったようで、エリスが煎れてくれたハーブティーを飲んでいる。
「クラウス様、念の為結界は張りましたが、気分が悪くはございませんか?」
「私たちのためにお手数をおかけして申し訳ありません、ここは全く問題ないです。私がお話を聞きたかったのにご迷惑をお掛けすることになってしまって…」
見た目の冷たい印象と、身分の高さゆえに近寄りがたいと思い込んでいたのは私の方だったのか。言葉を交わす度に彼の誠実さと奥に潜む静かな温かさの気配を感じ、苦手だったはずの存在が和らいでいることに気がついた...
フェンリルにはあとで古竜に持っていくつもりだったフロストホッグの角煮を大盛りで差し上げている。
フロストホッグは世界樹の森に住む白い猪でかなり強い。魔物の減った森でも結構生き残っていたらしく、こいつらばかり増えても困るので古竜が間引いてくれているというわけだ。ちなみに脂がのっているので美味しくいただくには角煮が一番だ。
「それで、どうしてエリスはこの森の瘴気で生死を彷徨うなんて失態をおかしたのかしら。」
フリーンはなぜかエリスに当たりがキツい気がする...
「はい……申し訳ありません。」
「あー、ごめんね、会った時も言ったけど私たち、責めるつもりもないし、あなたを責められるような立場でもないから気にしないで話してくれる?」
私はチラッとフリーンを睨んで制した。
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瘴気が発生した日、エリスは獣たちがいつもと違う騒ぎ方をしていることに気が付き森の奥に行こうとした。だが、森の入口の方から嗅いだことのない変な臭いがしてきたので確認しに向かうと滅紫の靄が風に乗って森の外に流れていた。このままではシエレの村まで流れてしまうと、エリスは慌てて森を出た...ところで倒れて意識をなくしてしまったそうだ。その後村長がエリスを見付けて村まで運んでくれたがそこから先程まで意識が朦朧としたまま、やはり聖女が浄化に来たことなどは知らずに寝ていたそうだ。
「この森は古からシエレの方々と共にありました。森の浅い地帯は間伐や採集をお任せし、私は獣や魔物たちから彼らを守っていました。」
それはそうだろう。見たところシエレという村の住人は50人にも満たない。そしてこの距離だ。相互依存しない方がおかしい。
だからそれはいい。何も問題はないし不思議なことも無い。
でも、ひっかかる、なにがおかしいのだろう。
「そうだ!お前が森からいなくなってから大変だったのだぞ!」
「うわー!!フェンリルさん!たいへん!」
角煮を食べ終わったフェンリルが話に入ってきたのだが、口の周りや衿元の毛が茶色く照りっ照り、になっている。夜空の美しい毛並みが台無しでがっかりだ。
私は触る許可を得て、甘塩っぱい照りっ照りをタオルでゴシゴシ拭き取った。
「あとで洗った方が良いと思いますよ。」
「ふんっ、これくらいちょっと毛繕いすれば問題ない。大袈裟にさわぎおって。話の腰を折るでないわ。」
「はいはい、すみません。それで、大変というのはさっきの乱闘のことですか?」
「そうだ。そこの娘がいなくなって少ししてからだが魔物たちがおかしくなってな、我が蹴散らしておったが、キリがなくて何度森ごと葬ってやろうと思ったことか。」
「ふふふっ。フェンリルさん、なんだかんだ言って優しいんですね。」
蒼牙の森は世界樹の森程の規模ではない、フェンリル自身が言う通り森ごと消し炭にすることも可能だろうし、自分が出ていくという選択肢だってある。どちらもしないでエリス不在の森を守っていたのだ。
私はわふっ!と首にしがみついて甘塩っぱい臭いの残る顎下をわしゃわしゃ撫でた。
ちなみにフッラとフリーンのことはまだモフっていない。
「何をしている!ゴロゴロ……」
怒ってるけど気持ちが良いらしい。フェンリルってネコ科か?
フェンリルの毛は太くてしっかりしているのに柔らかくてサラサラで塩っぱい臭いがするがキラキラしてやはり美しい。
「フェンリルは人の言葉が話せるのですね。」
あ...クラウスの言葉にハッとした。こちらの世界に来てから古竜も世界樹も精霊たちも普通に意思疎通ができていたのでそういうものだと思ってしまっていた。
「あれ?普通、フェンリルは喋らないのですか?」
「いえ、知能の高い神獣は人の言葉を話すという伝承は存在するのですが、実際に出会った者の話を聞いたことはないので。」
「ふん!全てのフェンリルが人の言葉を話せるわけではない、それに人間に姿を見せることもほぼ無いからな。そこの人間が驚くのも仕方あるまい。」
へぇー。フェンリルってたくさんいるんだねぇ。
「あ、それで本題に戻しますが、原因ってわかります?」
「いや、わからぬなー。何者かに精神支配されているというわけではなさそうだったが、
お前の浄化魔法で自我を取り戻したところをみると呪いや魔法で狂わされた可能性はあるな。」
「呪い?...エリスは?心当たりとかある?」
「いえ。それに瘴気が発生する予兆のようなものは全くなかったんです。しかもあんなに森の浅い場所で瘴気が湧くはずありませんし、獣たちの異常も心当たりがありません。」
「村の者以外の何者かに入り込まれる可能性はありますか?トワさんの店は害意ある者はそもそも入れないようですし、さらに森の奥には人間は入れないようですが?」
クラウス様、正解!まぁ当然バレるよね。
でもクラウス様は自然現象ではなく何者かの介在を疑っているのだな。
「そうね、エリスはそういう制約設けてる?」
「いえ、森の全てに結界を張る程の力はありませんから、そこまでの制約ではありません。深い森の中心は獣たちが多いので人間は立ち入りづらくしてるくらいで、入口付近なら誰でも入れます。」
「それはそうですよね!やはりトワさんは特別なのでしょうね。」
クラウス様がキラキラしい笑顔を私に向ける。...胡散臭い。
しかし森全体に結界張るのって大変なのね……それに完全な鎖国状態っていうのも良くないのかもしれない。私はやっちゃってるけど。




