21 よその森の管理人
ここは森の入口にある私の店『雪ノ花』の応接室だ。
目の前には冷たい色の目が印象的なこの国の皇弟が淹れ直したカフェラテを飲みながらマカロンを食べて寛いでいる。
「それで?救世主が現れない、ってどういう意味ですか?」
できれば聞こえなかった振りをしてスルーしたいが、今更そういう訳にもいきそうにない。
「皇家に受け継がれている伝承があるのですよ。」
伝承かー。
「それって何か根拠があるのですかね?」
「あぁ。神と交わした誓約書が残されているという話ですが残念ながら私は実物を見たことはありません。」
だいぶマユツバな話だがこの世界の、雪に閉ざされたこの国の人達が信じていても不思議ではないだろう。
「神との誓約書の真偽はともかく、聖女は私の感覚では救世主に値するかと思うのですが違うのでしょうか?もしくは偽物とでも...」
「それを確かめる術はないものかと思いまして。」
当然まずそこは疑うべきだろう。聖女への信仰心で見ないふりをするような愚かな人間が皇族であってほしいとも思わない。
「ですが、実際この国を救ってるわけですよね。それに何か疑問に思うことでもあるのですか?私が言うのもなんですが、この森の結界と比べるのは如何なものかと思いますよ。」
言い方に迷うがこの森が人外の力で成り立っていることはそれとなく主張する。
詳しくはわからないが聖女が張る結界と古竜が張る結界は本質的に違うだろう。単純な魔力量の勝負でも古竜が聖女に負けるとも思えない。どちらが強いという問題ではなく比較対象ではない気がする。
「小さな事の積み重ねです。我が国に張られた結界からはほとんど魔力を感じないとか、魔物や瘴気被害がこの帝都の近くばかりだとか」
「うーん。」
唸り声が漏れてしまったが言葉が続かず沈黙が流れた。
違和感とか勘のようなものなのだろうが根拠としては弱い。しかしこのテの方の勘はたいてい外れない。
「被害にあって聖女様が癒した森の管理人に話は聞きましたか?」
思わぬ言葉で沈黙を破ったのはフリーンだった。
「え。この森の他にも管理人っているの?」
私もびっくりである。
クラウス様もハッとした顔をして今まで存在感を消していたフリーンをみている。
「あ。ご紹介してませんでしたね。こちらは共同経営者で森の同僚のフリーンです。私の従者などではありませんのでお気をつけ下さい。」
フリーンも末席とはいえ神の眷属だ、態度に気をつけろよ、と臭わせておかないとクラウス様が危ない。かも知れない。
「そうでしたか、大変失礼致しました。クラウディウスと申します、以後よろしくお願い致します。」
賢い方は助かる。
「それでフリーン、他の森にも管理人が配置されてるなんて初めて聞いたんだけど。」
「私は、というか私たち帝国の人間はこの店の話を聞くまで森に管理人が存在することすら聞いたことがありませんでしたので、全ての森にいるなんて考えてもみませんでした。」
「全てではありません。むしろほとんど居ません。この森は別として、何らかの理由で管理が必要な森にだけ管理人が配置されております。被害に遭った森を教えて頂けますか?」
そう言ってフリーンが書棚から帝国の地図を持ってきてテーブルに拡げる。
クラウス様とお付の2人が地図を覗き込み、フリーンに説明しているが...
...私は現在この場で存在価値を完全に失っている...
「蒼牙の森には管理人がいるハズですがここも聖女様が癒したのですか。」
地図上で帝都に近い大きめの森をフリーンが指差す。
「はい、ここは被害が酷いほうで瘴気が森から出て住民もいまだに伏せっている者も多いと聞いています。」
...ん?
「あ、あのぅ…」
よくわかっていない私が存在感を主張するのは気が引けるが小さく手を挙げて会話に割り込む。
「あのぅ…聖女様はその具合い悪い人達のことは癒したりはしないのですか。」
「あぁ。トワさんはご存知ないんですね。瘴気には魔力は利かないのですよ。なので癒しの魔法もポーションも効きません。」
「聖女様の聖水は?」
「「「聖水?」」」
クラウス陣営が3人で同じ顔をして問いかける。
「あれ?フリーン、そんな即死しない程度の瘴気なら聖水飲めば浄化出来るんじゃないの。」
「出来ますね...」
......
「どうやら私たちの常識や認識は森の方々とは随分違うようですね。」
「まぁ私はたいして詳しくないんですけどね。」
ハハハッと乾いた笑いで誤魔化すが本当に私は何も知らないに近い。再度存在感を消してフリーンに主導権を戻す。
「聖女様はともかく、瘴気が森の外まで漏れ出すなんて管理人は何をしていたのでしょうか。」
フリーンが不満そうに呟く。
それはそうだろう。瘴気が湧いてしまうのは仕方ない…のかどうかは知らないが、仕方ないとしても、森の事は森で収める為に管理人が配置されてるんだろうに。
「ちなみに私たちがその方に会って話すのは可能ですか?」
「どうでしょう。森の中の管理小屋に居るとは思いますがそこまで辿り着けるかどうか…」
フリーンによると、管理人は森に出入り出来る者を制限できるそうだ。
私はめんどくさくて全ての出入りを禁じてしまったが、周りの住民と共存しているパターンも多いらしく、その場合木こりだけ出入りできるとか森に面した村の人間は出入りできるとか、細かいセキュリティ管理が可能なのが森の管理人というわけだ。
…そういうの前もってちゃんと説明して欲しいよね。
「それなら貴族の方が自由に入るのは無理でしょうね。」
フリーンが申し訳なさそうにクラウス様を見詰める。
「だったらその被害に遭われた村の方に聞いたらどうですか。村の長老みたいな方ならその森の管理人の事も知ってるのではありませんか。」
まぁ貴族の騎士が聞いても教えてくれないかもしれないけどね。フリーンなら会いに行けそうだがそこまでしてあげるつもりもないだろう。




