イーリス
イーリスはこの国の端にあるネーブという小さな村に生まれた。父は働かず、母が内職や近所の畑を手伝って日銭を稼いでいた。
父は暴力をふるうことはなかったがいつも不満そうな顔をイーリスに向けていた。
母は日々に疲れておりイーリスに構う余裕などないようでまるでいないものとして扱われていた。
近所の子供もイーリスとは遊ばなかった。意地悪をするでもなく、ただイーリスには近付かぬようにと教えられているのを忠実に守っているだけだ。
父はいつも本を読んでいた。
このような村で読み書きができる者などほとんどいなかったので父が本を読む姿は不思議だった。だが、読み書きはできたがそれだけだ。
その才を活かして何かができる訳ではなく、又、何かをしようとも思わない。そういう人だ。
「ねぇ父さん、私に字を教えてよ。」
何も与えてくれない両親に何をねだればいいのかすらわからないイーリスがやっと思い付いた「おねだり」だった。
それほどにイーリスは物を知らない。
貧しい親でも1番大切なものを子供に与えることは出来るのだが、そんなものの存在すら知らない。
「苦労して文字なんて覚えなくていい。俺たちはただ生きてりゃいいんだ。生きて血を繋ぐのが俺たちの仕事だ。」
その時のイーリスは意味を理解出来なかったが、その後二度と両親に何かをねだることはしなかった。




