18 雪ノ花
森の北側の入口にトワが開いたその店は、人を阻む禁忌の森にやさしく輝く春の木漏れ日だ。
扉を開けると、木の香りとともにほのかな甘い匂いが漂い、広々とした店内の奥まで光が差し込んでいる。棚にはトワが作った菓子や、森の住人たちが作った手織りの布やアクセサリー、綺麗な瓶に入った化粧品まで、色とりどりの品が整然と並んでいた。
客の姿は多くない。それでも、上質な衣をまとった人々が、ひとつひとつの品を興味深げに眺めている。上品な会話や控えめな笑い声が、店の空気を温めているようだ。
【雪ノ花】日本では梅の花を指す雪中花からトワが作った店名だ。梅は春先に咲く、雪の中でも花を付ける強さがあり、希望の花だ。世界樹の森もまだまだ桜が咲き乱れるような春は戻ってこない。だがこの世界の中心で枯れかけても尚高貴な生命を灯し、世界の希望であり続けている。
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私が崩壊寸前の世界樹の森に赴任して半年が過ぎた。森の神であるシルバにこの北側の入口に店を出すように勧められてかなり迷ったが、自分の人生で自分の店を持つなんて想像もしていなかったので、また好奇心に負けてしまった。
この世界は人間至上主義傾向があり獣人や亜人などの扱いは良くない。
森の北側の入口に面したノルディア帝国は多人種を受け入れているせいか、亜人への差別もそこまで酷くないようだが貴族などはやはり獣人や亜人を奴隷程度にしか思っていない。
だが、私はこちらの世界の人間に知り合いがいないので森に住む「人間以外」の人たちに店を手伝ってもらうしかない。
なので私と古竜様が張った結界の境目に店を作ったのだ。店の部分だけ少し結界を弱め、森に害意ある者だけが立ち入れないようにした。要するに人間でも入れるが、森の住人に対して悪意を持ってる人は結界に阻まれるという寸法だ。
さらにこの世界樹の森は人の支配を受けていないいわば独立国だ。この森の中は治外法権、森の民たちも森を出なければ私が守れる。
だが、そのせいでどうしても貴族の客は少なく、客のほとんどは富裕層の平民だ。
まぁ、帝都で大流行なんてことになったら面倒なので丁度いいが。家賃などの固定費がほとんどかからないこの店で、従業員である森の民たちが生活できればいいのだから。
そんな事を考えながら店の奥の執務室で仕事をしていると人型のフリーンが入ってきた。ちなみにフッラとフリーンは同僚として店で働いてくれることになり、毎日は来られない私の代わりにふたりで店を切り盛りしてくれている。
「どうしたのフリーン?」
初めの頃はフッラとフリーンのビジネス対応に少々寂しい思いもしたが、やっと同僚として距離を詰めることが出来た。ちなみにまだモフらせてはもらっていない。
「トワに会いたいっていうお客様が来てるんだけど、どう見ても高位貴族だよ、どうする?」
「高位貴族なんて珍しいけど、店に入ってこれたなら悪い人たちじゃないだろうし、通してくれる?」
「了解、応接室に通すね!」
高位の貴族ならば要件に心当たりがある。
さて、どう出るか...
私が応接室に移動するとすぐに扉がノックされフリーンが大きく扉を開くと3人の男性が入ってきた。
真ん中の男性は30代前半だろうか、整った顔立ちは派手ではないが目が離せない魅力がある。髪は夜の藍を閉じ込めたように暗く、瞳はその闇に溶け込むような深いエメラルドグリーンで、冷たいその色は光を受けると僅かに温度を帯びる。
斜め後ろに位置取る2人は護衛だろうか、
1人はシルバーグレーの髪に感情の読めない淡い琥珀色の瞳でにこにこと愛想がよく、
対照的にもう1人は3人の中で1番若そうな、ダークブラウンの髪にアイスブルーの瞳の無愛想な男性だ。
3人とも立ち姿には隙がなく、控えめだが上質の外套を羽織っている。
「初めまして、クラウディウス・ノルディアと申します。」
はい。やっぱり皇族でした。




