タイトル未定2025/08/14 21:44
前書き
皮膚と脳は、どうしても切り離せない――そんな直感から、この物語は生まれた。
発生学的に見れば、どちらも同じ外胚葉から生まれた兄弟のような組織だ。
皮膚のターンオーバーはおよそ25日と言われている。だが、それは全身一斉ではない。
あらゆる皮膚には個別の周期があり、人間の感覚というセンサーを守るため、数日のずれを持たせているのではないか。
右半身と左半身で微妙に異なる動きをしている可能性すらある――実際、私自身、右半身から皮膚が剥がれ始め、数週間後に左半身が同じ現象を迎えるのを見た。
この物語は、そんな「皮膚の記憶」という荒唐無稽な仮説をもとに構成されている。
そして、もしこの仮説が正しいなら――私たちの文明は、既に危うい足場の上に立っているのかもしれない。
その治療法は「ルシード・スキン」と呼ばれた。
本来は皮膚再生のための遺伝子治療で、加齢や損傷で失われた肌を若返らせることを目的としていた。
だが、臨床現場で奇妙な副作用が報告され始める。
25日ごとに、患者の記憶が途切れる。
最初は術後のストレスや薬剤の副作用だと考えられた。
だが症例が増えるにつれ、医師たちは不安を隠せなくなった。
それは単なる忘れ物ではない。まるで人間の“初期化”のように、名前や家族、仕事や趣味すら、ある日を境に霧のように消えるのだ。
さらに不可解な現象が起きた。
戦地で片腕を失った兵士が施術を受け、25日後、失われたはずの腕を完全に取り戻していた。
その兵士は涙を流し、医師と握手を交わした。
だが25日後、その笑顔は消え、彼は自分の腕が二本ある理由を知らなかった。
再生は祝福だったが、記憶のない祝福は空洞のように冷たかった。
規制当局は動き、ルシード・スキンは臨床中止となった。
だが、地下市場は瞬く間に形成され、富裕層の美容目的、軍事利用、医療観光、闇手術が横行した。
人々は過去を消し、新しい顔と共に新しい人生を始めた。
やがて気づかれたことがある。
25日周期の記憶消失は、皮膚のターンオーバーと完全に同期している――ということだ。
発生学的に、皮膚と脳は同じ外胚葉から発達する。
もし皮膚細胞の再生パターンが、脳神経回路の再構築と同期しているなら、皮膚の更新は記憶の“書き換え窓”にもなり得る。
その周期を知っている者は、外部から情報を流し込むことができる。
25日ごとの更新タイミングで、特定の映像や音声を繰り返し浴びせれば、
人はそれを「自分の記憶」だと思い込み、行動を変える――そんな恐ろしい可能性が浮上した。
都市には奇妙な現象が広がった。
特定の日になると、全員が同じ広告を見ている。
ある政治スローガンや製品名が、街の至るところで同時に刷り込まれる。
その数日後、人々は同じ話題で盛り上がり、同じ買い物をし、同じ投票先を選ぶ。
だが誰も、それが「25日ごとの記憶更新」に合わせて流されているとは気づかない。
この時代の人間は、外見も若く、健康的だった。
街には事故も病気もほとんどなかった。
だが、会話はどれも短命だった。
友情も、恋愛も、家族の物語も、25日以上続くことはなかった。
終盤(妄想)
ふと、私は考えてしまう。
この技術で、認知症は治せるのではないか。
失われた神経回路を再構築し、記憶の欠落を防ぐことができるはずだ。
だが、その議論は一度もなされなかった。
使われたのは、兵士の戦意維持、スパイの情報消去、
そして消費行動の最適化だけだった。
健康診断や美容施術で人々のターンオーバー周期を把握できる者たちは、
その“書き換え窓”を狙って広告やプロパガンダを流す。
それは効率的すぎて、逆に恐ろしい。
もしそれが事実だとしたら――
人類は、自分の脳の鍵を見つけながら、その扉を自ら閉じてしまったのかもしれない。
あとがき
ここで描かれた事象は、決して完全な空想ではない。
皮膚と脳の発生学的つながり、細胞再生の周期性、そして外部刺激による記憶の固定化――
丁寧に調べれば、現実にも見つかる可能性が高い。
もしそれを知っている者が悪用すれば、記憶操作や消費誘導、政治的洗脳は現実となる。
私が考えてしまうのは、被害妄想かもしれない。
だが、もし世界のどこかで既にそれが始まっているとしたら――
私たちは、知らないうちに何度も“書き換えられた自分”として生きているのかもしれない。




