遺された朝
この時代にできることって多くはないな。多分
―――ヒイロ(14歳)―――
朝靄が田を淡く包む中、村の小さな墓地の土が新しく掘り返されている。
誰もが手を合わせ、その土の中に眠る幼かった遺体に黙祷している。その遺体の母親は顔を伏せている。赤ん坊は生まれて間もなく、息を引き取ってしまった。ヒイロたち手のひらに残る土の匂いを感じながら、静かに土をかぶせた。
前世の記憶では、幼児の死は深い悲嘆と絶望を何度も呼んだ。だがこの世界で過ごす日々の中で、緑影村の人々は「子というのは死にやすいもの」という現実を受け入れていた。
それでも、何人かは胸の内には深い悲しみが波立っている。抱擁する者、無言で薪割りをする者、遠くで唄を口ずさむ者がいる。ヒイロはその様子を見て、自分がこの村で見つけた「日々の喜び」が、同時に壊れやすいものだと再認識した。
赤ん坊の死を見届けた直後、ヒイロは「同じことを繰り返させない」と心に決めた。今日から実行する簡易だが効果的な対策を、村の長老と助産を担う女性たちに伝え、実践に移すことにした。具体的な方針は次の通り。
• 飲料水の煮沸を徹底する。水を入れた土器での沸騰するまでの加熱を必須とさせる。
• 調理は十分な加熱を原則とし、生肉や生魚の直接提供を避ける。残り物は必ず再加熱する習慣を付ける。
助産する者は綺麗に手を洗い、簡易的な清潔布(煮沸した樹皮布)を用いる。
• 出血や悪臭、発熱など異常が見られた場合は即時隔離し、経過を観察して必要なら共同で看護する。
• 助産・周産期の簡潔な衛生法を身振りで示す実技講習を開催し、若い女性たちと手を動かして覚える。
これらのやることの一つに疑問を持った村長がヒイロに尋ねた。
村長「隔離って、寂しくないか?」
それに対して真面目な表情でヒイロは言った。
ヒイロ「でもこれは、感染を防ぐためなんだ。」
夕方、火の周りに村の若母たちを集め、ヒイロは布を煮沸して見せ、清潔布の折り方、産後の体拭きの手順などを教えていった。
夜、墓の前で小さな火を焚き、村は声を合わせて短い祈りを捧げた。ヒイロは祈りの終わりに、来る朝からまた水を煮る音、布を煮る湯気、そして教えを受けた者同士が互いに手を差し伸べる光景を思い描いた。悲しみを抱えつつ、具体的な行動が村の中で回り始めるのを感じ、ヒイロは静かに呼吸を整えた。
明日からの作業は続く。生命を守るための小さな規則は、やがて村の習慣となり、いつか誰かが「前よりも子が生き残る割合が増えた」と告げる日が来るだろう。ヒイロはその日を、静かに信じている。




