炭と水の手洗い
ハルシネーションには気をつけていきたいです。
—――ヒイロ(13歳)視点―――
朝露が消えぬ畔の縁に、ヒイロはツルマメや小豆を畦に植え終えた子供たちを集めた。
目の前には、火床から取り出した炭からできた灰、手には小振りの縄文土器の浅鉢をかかえ、もう一方の手には山で削いだ樹皮の裂片を束ねたものを持つ。
「みんな、土と泥を触った後、これで手を洗おう」
まず浅鉢に清らかな渓流の水を注ぎ、指先で泥を軽く擦り落とす。
次に焚き火の灰をひと掴み、水に手を浸し、爪の溝や手首にも灰水を行き渡らせる。
そして最後には、樹皮の布片で手首から指先まで優しく拭き取る。
それを見ていた1人の男の子が疑問に思い、ヒイロに聞いた。
「どうしてそんな事をしているの?」
ヒイロは微笑みながら答えた。
「土には見えない雑菌がついている。小さな擦り傷でも化膿したら大変だからね」
子どもたちが順番に真似をすると、朝日を浴びた指先がほんのり白く光った。
朝露が輝く畔の縁で、ヒイロは子どもたちを円に集めた。
子どもたちの手は真っ黒になるが、顔を見合わせて笑い声が響く。
「兄ちゃん、この手なら安心して鍬も振れるね!」
ヒイロは小さく頷いた。
――五年前、まだ八歳だったころ。
狩猟の手伝いをしていたヒイロは、罠を片付ける最中に枝先で腕を擦りむいた。
村の大人たちはただ布で押さえただけで、翌日には傷が赤く腫れてしまった。
ヒイロは焚き火の炭を拾うと、石の陰で粉にし、小川の水で溶かして傷に塗ってみた。
じわりと痛みが和らぎ、翌朝には腫れも引いて、小さな跡も残らなかった。
◇◇◇◇◇◇
あの日の経験が、「炭と水」で雑菌を抑える知恵として胸に刻まれたのだ。
朝日に照らされた田んぼを背に、炭と水が生んだ小さな知恵が子どもたちの手を守り続けていた。
浅鉢に溜まった灰水の匂いが田んぼの風景に混ざり、少年の小さな知恵が村の衛生を支えている。




