北の川岸
夏の終わりの夕暮れ、地震から三日目。用水路と堤の安全を確かめる必要を感じたヒイロ(8歳)とアサトは、緑影村から北へ続く獣道を選び、山裾の川岸へ向かった。
ひび割れた土塁や崩れた杉の根を越え、二人はやがて川幅の広い淵にたどり着く。岸辺には折れた杭が散らばり、土砂が小さく堆積している。地震の影響は思ったより軽微だったが、念のため流路を目視で確かめる。
川の向こう岸に立つ二人の男が目に入った。
• (男A):筋骨隆々とした体格。肩近くまで伸びた黒髪を革ひもで後ろで束ね、漆黑の藍染め布を肩に掛けている。
• (男B):細身で背が高く、長い髪を骨製の玉でまとめ、鹿皮の腰布に細かな刺繍が施されている。
男Aが川面を見つめながら声をかけた。
「そちらはどこから来たんだ?」
ヒイロは川石を指でなぞりながら答える。
「緑影村です。地震の影響で用水路が壊れていないか、上流を見に来ました」
男Bが手にしていた魚骨をそっと下ろし、にこりと笑う。
「俺たちはただ漁の途中でな。川魚の骨を干してただけだ。俺はタカシ、こいつはケン。うちは北の方に集落があるが、まだ正規の代表じゃない」
タカシは肩をすくめ、笑いを含んだ声で答える。
「用心深い村だから、紹介がないと門戸を開かんよ」
ヒイロはしっかりと頷き、礼を述べた。
「教えてくれてありがとうございます。後日、緑影村の村長トオルを連れて正式にご挨拶に伺います」
ケンは木の杭を指し示しながら言う。
「待ってるぜ。そのときは川の状態も一緒に見てやろう」
二人は再び魚骨を杭に戻し、タカシは石の上に網を畳んだ。
帰路、稲穂の波を背に、ヒイロはアサトに囁いた。
「緑影村だけじゃない、新しい村への橋渡しが始まるね」
アサトは微笑み、夜空に浮かぶ星を見上げた。
「どんな文化や知恵を持っているのか、楽しみだよ」
地震の爪痕を確かめた先に、まだ知らぬ世界への扉が静かに開かれようとしていた。




